【連載小説】第二部 #6「あっとほーむ ~幸せに続く道~」翼の見つけた答え
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<翼>
六
朝の天気予報を見て心配になる。台風が沖縄を直撃すると報じられていたからだ。沖縄には今、悠斗がいる。明日帰る予定になっているが、この様子では飛行機も飛ばないだろう。
早く帰ってきて欲しいと願う一方で、悠斗に告げた「何かしらの答え」を見つけられていない俺は、このままでは合わせる顔がないとも思っている。「策なし・答えなし」ではダメなのだ。三人暮らしをやめるか、続けるか。続けるならそのための策は……? どんな形であっても、悠斗が戻る前に俺なりの「解」は見つけておかなければならない。
それはそれとして……。
一時的とはいえ、初めて「一人暮らし」をしてみて思うのは、生きた心地がしないということだ。出勤時間が来たらテレビを消して施錠し、家を出る。そして仕事が終わったら自分で鍵を開け、部屋の電気やエアコンのスイッチを押して無言で飯を食う。毎日が味気ないったらありゃしない。
ここへ来て俺は、家族のありがたみを痛感しているわけだ。家族と一緒に暮らすというのは当然煩わしさもあるが、なんだかんだ言って人の温もりが感じられるもの、それが欲しくて俺は長らく実家暮らしをしていたのだと思い知る。
「さぁて、そろそろ行くか……」
誰に言うともなく呟いた俺は、実家に帰しためぐちゃんを想いながら、そして悠斗の身を案じながら仕事に向かう。
*
昼休みにスマホをチェックすると案の定、悠斗から「飛行機が飛ばないからもう一泊する」と連絡が入っていた。
(やっぱり……)
俺の一人暮らしも一日延びてしまったと落胆する。メールを見たついでに台風情報もみてみると、沖縄に上陸予定の他にもう一つ、新たに発生した台風の情報が追加されていた。しかもこっちは「前線を刺激しながら関東に上陸する恐れあり」と書いてある。その影響か、しばらく晴れだった予報も雨に変わっていた。それを見た俺の心にも雲が広がり、憂鬱になる。
*
今日発生した台風は、急激に速度を上げながら関東に接近しているらしい。その証拠に、日中はいい天気だったのに、午後から雲が広がってきて今にも雨が降りそうな空になっている。ニュースによれば、ゲリラ豪雨の懸念もあるという。
それを知った園長は、夏休み中の預かり保育の子どもが全員帰宅し次第、職員もすぐに退勤するよう指示した。正直、家に戻っても一人なのでありがた迷惑な話ではあったのだが、園長の命令では仕方がない。俺は帰りしな、スーパーで適当な食材を買って早めに帰宅した。
音のない部屋に一人きりでいると息が詰まるから、真っ先にテレビをつける。しかしそのテレビも夕方のニュースばかりで面白くない。
「ああ、こんなことならめぐちゃんを帰すんじゃなかったなぁ……」
普段、いかにめぐちゃんのおしゃべりが場を賑わせているかを痛感する。もちろん「寂しいから帰ってきて」といえば飛んでやってくるだろうが、そんなことをすれば悠斗を裏切ることになる。ほんの数日我慢すればもとの生活に戻れるところを、一時の気の迷いのせいで台無しにしてしまっては元も子もない。
結局、テレビは消した。無音のまま晩ご飯の支度を始める。その代わり、寂しさを紛らわせるように「一人芝居」を始める。役者は俺Aと、ツッコミ役の俺B。最初の台詞は俺Aからだ。
「しっかし、何で俺はこんなにも遠慮してるんだぁ? めぐちゃんが好きなら悠斗のことなんて気にしないで愛し合っちゃえばいいじゃん? そう思わないか?
……馬鹿いえよ。今の翼がいるのは悠斗のおかげだろ? ここだって悠斗の家なんだし。翼は悠斗に恩義を感じてないのか? よくもそんなことが言えるな?
……そりゃあ感謝してるさ。だからこそ、決断できずにいるんじゃないか。くっそぉ、悠斗があんなにいいやつじゃなけりゃ、とっくに決着はついていただろうに。
……悠斗のせいにするのかよ。単純に嫌われる勇気がないだけだろう?
……ああ、そうさ。俺は悠斗に嫌われたくない。めぐちゃんを愛する一方で悠斗のことも好きだからさ。失いたくないんだ。
……なら覚悟を決めるしかないな。友情を取るならめぐちゃんを諦めるってな。
……いやいや! それはない!
……じゃあ、悠斗を裏切るのか?
……んー、それもない!
……おいおい、それじゃ全然前に進まねぇじゃん! はっきりしろよ、翼!」
一人芝居をしてみても、進むのは晩ご飯の支度だけ。俺たちの関係改善のための妙案は残念ながらすぐには出てこない。
「くっそぉー。何で俺は一人きりなのに肉じゃがなんて作ってんだー!」
切り終えた具材を見て空しくなる。こんなにたくさんの野菜を一人で食べきれるはずもないのに、俺は一体どうするつもりだったのか……。
結局、食べてくれる人がいるから料理をするのだと知る。二日目くらいまではなんとも思わなかったが、四日目ともなると気持ちも萎えてくる。いつだったか、一人暮らしの悠斗が出来合いの惣菜ばかり買ってきていたのを批難したことがあったが、今ならその気持ちも分かる。
とにかく作り始めたからには完成させようと気持ちを切り替え、なんとか鍋に具材を放り込む。調味料を入れて火をつければあとは煮えるのを待つだけ。簡単なことのはずなのに、一人だとおっくうなのはきっと第三者の目がないからだ。人は人の中にいなければ努力を怠りたくなる生き物らしい。
椅子に腰掛ける。と、壁に掛けてある、三人で撮った写真が目に入る。
(悠斗は沖縄でちゃんと自分探しが出来たんだろうか。めぐちゃんは実家でアキ兄たちと家族団らんを楽しんでいる頃だろうか……)
唐突に、実家から持ってきていたアルバムが見たくなる。おもむろに立ち上がり、悠斗と共有の部屋からとってくる。
そのアルバムは俺が小学生から中学生ごろまでの写真が収めてあるものだ。学友と写る写真が続いたかと思うと突然、ぎこちない様子で赤ちゃんを抱く俺と、まだ幼かった妹の三人が写った写真が出てくる。これが、めぐちゃんとの初めての出会い。これぞ本物の記念写真だ。
その後は定期的にめぐちゃんが登場する。俺もめぐちゃんも笑顔。時には俺がカメラマンになってめぐちゃんを被写体にした写真も。
(あの時はまるで俺自身が父親になったみたいな気持ちだったな……)
それはアキ兄も同じで、一緒になってめぐちゃんにカメラを向けてはデレデレしていたっけ。
調子よくアルバムを繰っていると、一枚だけ俺が野球のユニフォームを着ている写真が見つかった。すぐに飛ばしたが、一瞬にして嫌な思い出がよみがえる。
その年は世界大会のせいで野球がちょっとしたブームになり、中一だった俺は学友の誘いを拒めないまま野球部に所属したのだった。当然、嫌いな野球にのめり込めるはずもなく、一学期で退部。そのあとは精神的に不安定になったこともあって放課後は良くアキ兄の家に出入りしていた。めぐちゃんとの遊びを通じて「保育の仕事がしたい」と思うようになったのはこの時期だ。
アキ兄やエリ姉が、俺とめぐちゃんを写した写真が何枚も続く。公園で遊んでいるとよく兄妹に間違われたっけ。「翼くん」がなかなか言えなくて長らく「つっくん」と呼ばれていたのが懐かしい。
俺が高校で演劇に打ち込むようになり、まためぐちゃんも小学生に上がると遊ぶ機会はぐっと減った。それでも、会えば必ず俺にすり寄ってきて「今どんな役を演じているの?」とか「新しい曲、弾けるようになった?」とか尋ねてくれた。興味を持ってくれるのが嬉しかった俺は、適当な理由を見つけては頻繁に遊びに行ったものだ。
悠斗の話をするようになったのもその頃。話しぶりからめぐちゃんが彼を好いているのは薄々感じていた。だから当時は話題にされるのが本当に嫌だったし、結婚話も猛反対したのだが、今ではその悠斗と一緒に暮らし、おそろいの指輪までしているんだから、人生分からないものだ。
最後までアルバムをめくってみて思うのは、めぐちゃんは俺の人生の一部だということ。めぐちゃんがいなければきっと今の俺は存在しない。その彼女が俺のことを好きだと言ってくれている。こんなに素敵なことはない。
寂しいはずの一人飯は、めぐちゃんとの出来事を回想したおかげでなんとか乗り切ることが出来た。作りすぎた肉じゃがもそれなりに食べた。それでも余った分はどうしようかと思ったとき、ふと悠斗の亡き家族のことを思い出した。仏前に供えるのにちょうどいい量。
「残り物ですみませんが、よかったら食べてください。悠斗が無事に帰れるように力をお貸し下さい。お願いします」
ゴロゴロ……。
手を合わせていると、外から轟音がした。雷……? 窓の外を見る。するとにわかに大粒の雨が降り出して辺りはあっという間にけぶり始めた。
「こりゃあ、早めに帰らせてもらってよかったな……」
こんな雨の中をバイクで帰ろうものなら、途中で立ち往生していたかもしれない。園長の機転には感謝しなければ。
「えっ……」
けぶる窓の外を見ていたら、何やら動く小さな影が見えて目を疑う。子ども……? 慌てて玄関から飛び出す。
傘はあまり役に立たなかったが、とにかく子どもが心配で傘を差し出す。
「こんな雨の中にいたら危ないよ! おうちの人はどこ?」
「わーん! おとーさん! おとーさーん!」
三歳くらいの男の子は泣きながら父親を呼び続けている。
「とにかく、こっちへおいで。この雨の中でおうちの人を探すのは大変だ。雨がやむまで待とう」
俺は男の子を悠斗の家に連れ帰った。
玄関の中に引き入れてよく見てみると、数件隣の家に住む男の子だと分かった。職業柄、近隣に子どもがいるとつい目が行ってしまうので覚えていた。外から見た感じ、親は共働きっぽいけど、今日はどうしたのだろうか……。
俺は玄関口に置きっぱなしの仕事鞄からエプロンを取り出して仕事モードになった。男の子はそれを見て表情を変える。
「実は俺、幼稚園の先生なんだ。つばさっぴって呼んで。お名前教えてくれる?」
「……もとき」
「へぇ、もとき君っていうのか。おうちの人が帰ってくるまで、先生と一緒に遊ぼうよ」
「…………」
誘ってみたが、男の子は人見知りなのか黙り込んでしまった。
(困ったな……)
幼稚園は集団生活の場だから、教師は子ども同士の遊ぶ様子を見守っていれば大抵はうまくいく。しかし今は一対一。絵本もおもちゃもない状況では教師も無力だ。
(こんなとき、悠斗がいてくれたら……)
仮にも彼には子育ての経験がある。かなり前のことだとしても子育て経験があると無しとじゃ大違いだ。俺にはこの状況を打開する策が思いつかない……。とりあえず、無言はキツいので話しかけてみる。
「……さっき、お父さんを呼んでいたよね? 雨が降るまでは、もとき君と一緒だったの?」
「…………」
「それじゃあお母さんは? お仕事かな?」
俺の問いに、責められていると感じたのか、もとき君は再び泣き始めた。
「ああ、ごめんね。おうちの人がいなくなっちゃって、寂しいよね。どこに行っちゃったのかな? 戻ってくるまで先生が一緒にいてあげるから大丈夫だよ」
抱き上げて背中をさすってやるが、泣き止むどころかより激しく泣き始めてしまう。
(くそっ……。俺は幼稚園の先生だぞ? 保育のプロだぞ?)
しかし所詮、教師は親には勝てない。それは仕事をしていて常に感じることだ。親と保育者は違う。めぐちゃんが小さい頃、エリ姉も常々言っていたっけ。子育ても幼稚園で出来たらいいのにって。
エリ姉は生まれつきの病気で赤ちゃんを産むことが出来ない身体だった。だけど子どもを育ててみたいと望み、めぐちゃんをもらい受けたと聞く。お腹を痛めていない人間の前にある日突然、赤ちゃんが現れる。それが自分の子どもであり、その瞬間から親として接していかなければならないというのは、一体どんな気持ちなのだろう。
男親にも通ずる体験をしているエリ姉に、いつだったか尋ねたことがある。そのときエリ姉はこう答えた。
「不思議なもので、この子が私の子どもなんだと思った瞬間には、もう親なのよね。男の人だってきっとそうだと思う。生物にはちゃんと、子育て本能が備わってるんだなって思ったものよ」
「なんとしても守りたいって思えるもの? 血が繋がってなくても?」
「自分の助けがなければ生きていけない赤子が目の前にいれば、誰だってそう思うものよ。子どもにとってもそう。育ててくれる人が唯一無二の親。血の繋がりなんてこれっぽっちも関係ない。守り、守られる。親子ってそういうものだと思ってる。特に小さいうちは、ね」
エリ姉の言葉を思い出したら、もとき君の両親に対する怒りの気持ちが湧いてきた。この子を置いて親は一体どこへ行ってしまったのか……。まだ親が近くにいないと不安がる年齢なのに。
そんなことを考えている間にも雷鳴が何度となく辺りに響く。そのたびにもとき君は大声を上げ、親でもない俺の胸にすがりついてくる。
「大丈夫、大丈夫……」
俺はそうやって声を掛け、背中をさすってやることしか出来ない。
(もし俺がこの子の親なら、なんて声を掛けるだろう……)
想像してみたが思いつくことが出来ない。
俺は高校で野球部主将だった父親に厳しく育てられた。こんなふうに泣こうものなら「泣くな!」と一喝されもした。
父にとって年少の俺は部活で言うところの「後輩」みたいなものだったのだろうと、和解した今なら想像がつく。だけど親子は、先輩後輩の関係とは違う。だからといって甘やかしたり、共感だけしていればいいかと言えばそれも違う。
(親子ってのは難しいな……)
それでも俺は、いつか父親になりたいと願っている。……俺ならうまくやれる自信があるからなのだろうか。それとも……。
*
二十分程あやしていると、雨の音が弱まってきたのに気づいた。
「雨、止みそうだよ。外を見てみようか」
抱き上げて一緒に窓際まで行く。そのときヘッドライトの明かりが見え、一台の車が家の前を通り過ぎていった。
「あ、おとうさんの車だ!」
辺りはとっくに暗いというのに、もとき君は父親の車とすぐに気づき、俺の腕をすり抜けて玄関に走って行った。慌てて後に続き、靴を履かせるのを手伝って一緒に外に出る。
「もとき?! どうやって鍵を……。家にいなさいって言ったじゃないか!」
車から降りてきた父親は、もとき君の姿を見るなり戸惑いの表情を見せた。助手席からは母親が降りてきてやはり驚いた顔をしている。
「おとうさんを追いかけようとしたんだ。だけど、すぐに見えなくなっちゃって……。そしたら、つばさっぴセンセイが……おとうさんがもどるまで、いっしょにいようって」
もとき君が後ろにいた俺を指さした。
「先生……?」
「あ、幼稚園の先生をしている者です。今は、そこの鈴宮家に住んでいます。たまたま外を見たら雨の中にいるもとき君に気がついたので、安全のため保護させていただきました」
「ああ、そうだったんですか……。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
父親は深々と頭を下げた。
「雨が降るから迎えに来て欲しいと妻に頼まれて車を出したのですが、ほんの少しの時間だし、もときはDVDに夢中だったのでつい家に置いていってしまいました。まさか、鍵を開けて外に出て行くとは思いもせず……。今後はこのようなことはしないようにします。保護してくださって本当にありがとうございました。……ほら、もときも頭を下げなさい」
父親はそう言って嫌がるもとき君の頭を押した。親の事情も分からないではないが、ここは保育者として一言いっておかねばなるまい。
「……子どもだから分からないだろうと思って置き去りにするなど、言語道断です。子どもは親の不在を肌で感じるものです。今回は俺が見つけたからよかったけど、次に同じようなことがあったら無事でいられる保証はありませんよ」
「はい……」
しゅんとする父親の横で、母親も平謝りする。
「私が迎えを頼んだのがいけなかったんです。雨がやむまで駅で待つか、タクシーで帰れば済むことだったのに、在宅勤務の主人につい頼ってしまい……。すみませんでした……」
「謝って欲しいんじゃありません。……自分のお子さんのことをもっと大事にしてやって欲しい。それだけのことです」
俺の言葉に二人はうなずき、何度も頭を下げた。
「つばさっぴセンセイ、ありがとう。こんどはあそぼうね」
親と会えて安心したのか、もとき君がようやく俺に話しかけてくれた。心を開いてくれたならこっちのものだ。
「よかったな、お父さんとお母さんが帰ってきてくれて。うん、今度は何か、おもちゃを持っておいで。一緒にあそぼうな」
「うん!」
もとき君は嬉しそうに笑った。やっぱり子どもは笑っていた方がかわいい。
*
もとき君親子と別れ、再び一人の家に戻る。どっと疲れを感じ、畳にへたり込む。こんなときこそ、俺の奮闘ぶりを聞いてくれる相手がいてくれたらと思うが、部屋はしんと静まりかえっている。
(やっぱり、家の中は賑やかな方がいいな。三人暮らしも楽しいけど、子どもがいればもっと……)
子育ては大変だし、想定外のことだってきっと起きるだろう。そのたびにヒヤヒヤしたり、怒ったり謝ったり……。だけど、それがあると分かっていても俺は子どもを……自分の子を育てたい。今日の出来事でその気持ちが強くなった。そう。俺はようやく一つの解を導き出したのだ。
(二人にはちゃんと伝えよう。おれの想いを……。これは俺一人で実現できることじゃない)
台風は直に過ぎ去る。そうすれば悠斗が戻り、めぐちゃんも帰ってくる。だけど次に三人暮らしが始まったら、俺たちの関係はきっと、変わる。
俺は新しく始まるであろう日々に思いを馳せながら、最近撮ったスマホの写真に目を落とした。
(続きはこちら(#7)から読めます)
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