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【連載小説】第三部 #2「あっとほーむ ~幸せに続く道~」ふたつの卒業

前回のお話(#1)はこちら

前回のお話:

鈴宮家で始まった野上家の人々との暮らしに充実感を覚える悠斗。いつものようにオジイの介護をしていたある日、「自宅を売ろうと思っている。売れた暁にはそのお金を受け取ってもらえないか」と言われて困惑する。

その話をオジイの息子たちに伝えると、長男の路教みちたかに猛反発される。彼には他人である悠斗になぜそこまでするのかが理解できないらしかった。しかし、友人の彰博はじめ、これまで悠斗と関わってきた野上家の人々が彼の人柄を保証すると、ようやく矛を収めた。そして話し合いの末、路教も週末限定で両親の介護をすることになったのだった。


<めぐ>


 翼くんと結婚してもわたしの暮らしは変わらない。卒業までは高校にも通うし、朝は相変わらず悠くんがバイクで送ってくれる。しいて挙げるとするなら、住所が変わったことくらいだろうか。

 クラスメイトが必死になって受験勉強に励む中、わたしは比較的のんびりと残りの学校生活を送っている。というのも、卒業後は進学しないと決めたからだ。その代わり、いま働いている喫茶店「ワライバ」で引き続き雇ってもらう予定になっている。翼くんが社会勉強は必要だと言っているし、わたしも「ワライバ」で働くことが楽しいと感じ始めている。料理の腕も少しずつ上がってきているから、このまま修業を続けていこうというわけだ。

 友人の木乃香このかはわたしのことを大層うらやましがっていて「あたしも早く結婚したい!」と口では言っているものの、父親の後を継いで菓子職人になるべく目下、受験勉強に励んでいる。ときどき巫女さんの仕事をしていたから、てっきり神社の後を継ぐのかと思っていたが、わたしの結婚式で悠くんに口の悪さを指摘され、向いていないことが分かったのだとか。

 在学中は週に四日ほどアルバイトをしている。基本、年中無休の店だが、「新婚さんの夫婦生活を応援したいから」というオーナーの計らいで、土曜は必ず休めるよう、シフトを組んでもらっている。おかげさまで今日も朝から翼くんのために手料理を作ることができる。

「めぐちゃん、最近料理がうまくなったよね。バリエーションも増えたし。まじうまー!」
 朝ご飯に覚えたてのオムレツを作ったら翼くんが褒めてくれた。

「でしょう! 我ながら上手にできたと思う!」

「ねぇ、ねぇ、めぐちゃんも食べてごらんよ。ホントにおいしいから。さぁ、口を開けて。俺が食べさせてあ・げ・る♡」
 ニコニコ笑顔の翼くんが、スプーンを差し出して待っている。

「んもぅ! 一口だけだよ?」
 照れながらも差し出されたオムレツを頬張る。

「んー、おいしぃ♡」

「だろ? 俺が食べさせてあげたから、うまさも倍増さ」

 こんなわたしたちの様子をジト目で見ているのは悠くんである。
「……お前ら。結婚したからってイチャイチャしすぎだろ。それとも何か? おれに見せつけてんのか? ……まぁ、仲が良いに越したことはないんだけど」

「妬いてるの? しゃーないなぁ。悠斗にも食べさせてやるよ。ほら、あーん」

「……遠慮する」
 悠くんはため息をつくと、自身の食事に集中し始めた。

 呆れているように見える悠くんだが、実は仲良くしているわたしたちの姿を見ることに幸せを感じているのは知っている。だからわたしたちも、彼と三人でいるときは結婚前と同様に振る舞うようにしている。さすがに、祖父母の世話をするため週末泊まりでやってくる伯父やパパの前では、恥ずかしくてできないけれど。

 今週末の当番はパパだ。パパはいつも、わたしたちが朝食を終え、一休みした頃にやってくる。

「今日は大事な話があるんだ。全員、居間に集まってくれるかな」
 パパはやってくるなりそう言った。

 祖父を車椅子に乗せる手伝いをし、居間まで連れていく。全員が揃ったところでパパが報告する。

「実家を手放す件だけど、不動産屋に相談したところ、すぐに買い手を見つけたいなら更地にした方がいいだろうという話だった。近隣にもそういった方法で手放した人がいるらしい。まぁ、予想はしていたけど、取り壊すとなればもうあの家とは本当にさよならをすることになる。そこで父さんや母さん、それからみんなの意見を聞かせてほしいんだ」

「おじいちゃんとおばあちゃんの家を壊しちゃうの……?」
 取り壊されるイメージが浮かび、切なくなる。
「思い出がなくなっちゃうってことだよね……? わたしは寂しいな……」

「めぐちゃん。そう言ってくれるのはありがたいけど、あの古い家に住みたいという人が現れるとは思えない。上物は壊してしまって、あの土地が気に入った人に新しい家を建ててもらうのがいいと、おばあちゃんは思うわ」

「うむ。じいちゃんも同じ考えだ。……世代交代というやつだ。仕方がない。そうやって命も家も巡っていくんだから」

「…………」
 淡々と語る祖父母の言葉に納得がいかなかった。まるで祖父母たちも家と一緒に寿命を迎えてしまうように感じたからだ。

 黙り込むわたしを見て、翼くんが肩を抱いてくれた。
「……俺から一つ、提案があるんだけどさ」

 彼は一同を見回してから言う。
「家を壊しちゃうのは仕方がないのかもしれないけど、せめて、ばあちゃんが育ててきた庭木だけは救えないかな。このうちでも、アキ兄んちでも、俺の実家でもいい。思い出を、残したいんだ」

「それは名案だな」
 悠くんが同意する。
「生きてる庭木を家ごと潰すなんて、考えただけで心苦しいぜ。一本だけでももらい受けよう。移植を嫌わない木なら、新しい環境でも育つだろうさ」

 悠くんと翼くんはうなずき合った。そしてわたしと目が合うとウインクをした。

「庭木を受け継いでくれるなんて素敵な話ね。ぜひそうしてくれると嬉しいわ。わたしたちがこの世を去っても、わたしたちと共に生きてきた木が残ればあなたたちも寂しくないでしょう」
 祖母は子どものように喜んだ。祖父もうなずいている。それを見たパパも納得した様子だ。

「それじゃあ、家を取り壊す話は進めていくとして、その前に庭木を保護する方向で動こうか。僕んちの庭は狭いけど、一本くらいなら場所を確保して引き取るよ。兄貴んちでも引き取ってもらえるかどうか、早速打診してみよう」

 パパはすぐに電話をかけ始めた。それを見てほっとしていると、翼くんが顔を寄せてきた。

「大丈夫さ、めぐちゃん。思い出はちゃんと残る。だから心配しないで」

「ありがとう。翼くんがナイスな提案をしてくれたおかげだよ」

「ううん。俺だって、一つでも思い出が残る方がいいもん。……そうだ。家の中のものも、思い出になりそうな品があったら引き取ろうよ。ああ言うのって、こっちの思い出なんて知りもしない人たちが重機で一気に壊しちゃうイメージがあるじゃん?」

「そうだね。そうしよう」

「おれは梅の木がいいなぁ」
 悠くんが早速もらい受けたい木の候補を挙げる。
「何年か前の正月、野上家で新年会をしたときオバアが飲ませてくれた自家製梅酒をうちでも作ってみたいもんだ」

「おっ、それいいな! 俺も梅の木がいい!」

「じゃあわたしは梅ジャムを作ろうかな」

 談笑しているわたしたちを見て祖母が微笑む。
「いいわねぇ。木一本からこんなにも会話が弾むんですもの。家をたたんだってちっとも寂しくないじゃない? ねぇ、おじいさん?」

「そうだなぁ。どうせなら一本と言わず、庭ごと持って行ってくれてもいいぞ?」
 祖父の言葉を聞いたわたしたちは大笑いをした。

◇◇◇

 年が明けた冬のある日。庭師によって祖父母の家の庭木が掘り起こされ、梅の木は無事、鈴宮家へと移された。移植後、長ければ数年は花をつけないという話だったが、鈴宮家での生活を満喫しながら、花が咲く日を楽しみに待つことにしよう。

 庭木がすっかりなくなった祖父母の家の庭。そこに立ったとき、急に幼い頃の記憶がよみがえってきて切なくなった。やっぱり女の子の孫はかわいいと言って、庭の片隅に咲くシロツメクサで花かんむりを作ってくれた祖母と、それを嬉しそうに見ていた祖父はもう、自由に動き回れないほど老齢になってしまった。今日だって、祖父母だけ鈴宮家で留守番をしている。

「家を取り壊す前に、親族で記念写真を撮る予定。だから、そんな顔をしないで」

 パパがうつむくわたしの隣に立つ。眼鏡の奥の表情をうかがい知ることはできなかったが、その声は少し震えていたような気がした。

「……ありがとう。おれたちの育った家。長い間、ご苦労さん」
 家の壁をいたわるように伯父が言う。
「……よく、この壁に向かって投げたり打ったりしたもんだ。ほら、少し球の跡がついているだろう? あの頃はひたすら野球してたっけなぁ。懐かしいよ……」

 伯父は元高校球児。今でも暇さえあればバットを振っているらしい。それを聞いてパパは当時のことを思い出したようだ。

「あの頃は壁が壊れるんじゃないかと、いつもヒヤヒヤしていたよ。いや、一度ひび割れたことがあったような……?」

「それは壁じゃなくて窓ガラスだ。バッティング練習の球が逸れて割ったことがある」

「ああ、そうだった。窓ガラスが割れる音を聞いたのは、あの時が最初で最後だよ。母さんが顔を真っ赤にして怒る姿を見たのもね」

「……まぁ、昔のことだ」
 伯父はちょっと居心地が悪そうに肩をすくめた。

「……なにはともあれ、だ。良かったことも悪かったこともおれたちの記憶の中にある。つまり、おれたちが生きている限り残り続ける。何も寂しがることはないんだよ、めぐちゃん」

「そうですね……」
 伯父の言葉には重みがあった。きっと、わたしよりも伯父やパパの方がずっとこの家に愛着を持っていて別れを惜しんでいるからに違いない。

「せっかくですから、聞かせて頂けませんか? ここでの思い出を。この場所で」
 わたしはパパと伯父に提案した。

「もちろん」
「おれたちが喧嘩した話しかないけど、それでも良ければ」
 二人はそう言って早速家の中に入る。わたしたちもそれに続く。

 懐かしい匂いに出迎えられ、夏休みに何度も泊まりで遊びに来た記憶がよみがえる。当時はまだ白かった壁がすっかり日に焼けて変色しているのを見て、年月の経過を嫌でも感じる。

「そう言えば、学校から帰るなり玄関先にランドセルを放り投げては、そのまま遊びに行ってたっけなぁ」

「兄貴はいつも外遊びしてたよね。僕はチェスばかりしてたけど」
 家の中を歩き回りながら、二人は懐かしそうに語り始める。

 傾斜の急な階段から何度も転げ落ちたこと。パパが幼い頃は、居間で一緒にチェスをしていたこと(伯父とパパとは六歳離れている)。食事の支度をする祖母の後ろ姿を見ながら、お腹を空かせて待っていたこと。ほんの一時だったが、パパと祖父母、そして伯父夫婦の五人で暮らした時期があったこと。そして奇しくもそれがきっかけでパパの人生に転機が訪れたこと。また、家の前で翼くんが生まれた記念写真を撮るとき、それぞれが一回ずつ抱いて撮影したので最後には赤ちゃんの翼くんを大泣きさせたことなど……。

 次から次へといろいろな話が出て来る。悠くんはもちろん、翼くんも初めて聞く話が多かったようだ。わたしたちはいつまでもパパたち兄弟の話を聞いていた。

「意外と仲良くやってたのかな、おれたち。結局、喧嘩したことは思い出せなかったな」
「それだけの年月が流れたんだよ。喧嘩した思い出が美化されるほどに」
「そうかもな……」

 伯父とパパはしみじみと語り合い、続いて家の中の物品の整理をはじめた。必要なものは引き取り、不要なものはこれを機に処分するのだという。

「捨てなきゃいけないなんて、何だかもったいない気もするけど……」
 未使用のタオルや食器類を見て呟くと、悠くんが首を横に振る。

「めぐ、こういう時こそ思い切りが必要だ。おれは両親の所有物を処分したことがあるから分かる。親の所有物は親のもの。おれたちが引き受けない方がいいんだ」

「なるほど。鈴宮君の言うとおりかもしれないな。よし、それじゃあ必要なものだけ残して、後は処分するくらいのつもりで仕分けるか」
 伯父はそう言って気合いを入れ、タンスの中身の整理に着手したのだった。

 直感的に作業していったおかげで、手元に残すものはずいぶんと少なくて済んだ。それを持ち帰って祖父母に見せたところ、二人は懐かしそうに微笑んだ。

「このブローチはおじいさんと結婚した頃にプレゼントされたものよ」
「へぇ! 素敵!」
「もし気に入ったならめぐちゃんにあげる。わたしにはもう必要ないから」
「うん。ありがとう。それならお言葉に甘えて」

「翼にはこれをあげよう。じいちゃんが退職するまで毎日身につけていた腕時計だ。今は電池が切れているから止まっているが、おそらくはまだ使えるだろう」

「えっ、いいの? こういうのは父さんかアキ兄にあげた方が……」

「実は路教みちたかにも彰博あきひろにも、結婚するときに腕時計をプレゼントしていてな。有り難いことに今も大事に使ってくれているようだから心配はいらないよ。翼には、じいちゃんのお古で申し訳ないが、結婚祝いの品だと思って受け取って欲しい」

 翼くんの隣に寄り添って祖父が差し出した腕時計を見てみると、スイスの有名な時計メーカーのロゴが入っていた。皮バンドは傷んでいるものの、文字盤には傷一つ見当たらない。

「本当に? じいちゃん、ありがとう。……おぉ。なんか急に大人の男になった気分だ」
 翼くんは早速腕時計を身につけて笑みを浮かべた。

「済まんね。悠斗さんにはこれと言ってあげられるものがなくて」
 祖父がちょっと申し訳なさそうに呟いた。が、悠くんは首を横に振る。

「いえ。自分はオジイやオバアと一緒に暮らす時間があれば充分です。それに、立派な梅の木をもらってますから」
 それを聞いた祖父母は顔を見合わせて満足そうにうなずいたのだった。

◇◇◇

 祖父母の家の片付けをすべて終えたのは三月上旬のこと。以前から、売却前には親族全員で最後の時間を過ごそうと話していたのだが、いよいよその日を決める段になったとき「どうせなら、めぐちゃんの卒業と一緒にしちゃおうよ」と提案してきたのは翼くんだった。

 わたしも家も「卒業」。一同が会するのにはぴったりの日だと全員が賛同し、卒業式を終えた日の午後、わたしたちは祖父母の家に集合したのだった。

 午前中に涙の卒業式を終えたばかりのわたしは、まだその時の気持ちを引きずっていたこともあって黙り込んでいた。そのせいか室内が重苦しく感じる。食卓にずらりと並ぶ酒や寿司、オードブルの豪華さとは対照的である。

 しかしその空気を吹き飛ばしたのは祖父だった。祖父はビールを各人のグラスに注ぐよう指示すると、自らもビールがなみなみと注がれたグラスを手に取った。

「しみったれるのは無しだ。今日はいつもの調子で盛大に飲んで騒ごう! それじゃあ、乾杯! めぐ、卒業おめでとう!」

 祖父が乾杯の音頭を取った瞬間「今日で最後」という雰囲気はなくなり、全員が破顔した。これでこそ野上家だ。宴会が進むにつれ、家中に笑い声も響く。

「ほら、高校を卒業したんだし、形だけでも付き合いなさい。家の中なら構うことはない」
 ジュースをつぎ足そうとしていたら、陽気になった祖父がビール瓶を差し出してきた。そこへすかさずパパがやってくる。

「父さん、飲酒年齢は二十歳だよ。めぐはまだ十八……」

「彰博は真面目すぎる! じいちゃんがいいと言ったらいいんだ! 本当は彰博だって娘と飲みたいんじゃないのか?」

「えぇっ……?」

 戸惑うパパにわたしが追い打ちをかけるように言う。
「パパ。ちょっとだけ飲んでみていい? 一度、おじいちゃんと飲みたいと思ってたんだよね」

「めぐ……!」

「わっはっは! めぐの方がずっと分かってるじゃないか!」
 祖父は口を大きく開けて笑い、新しいグラスにビールを注いでくれた。

「改めて、卒業おめでとう。乾杯!」

「かんぱーい!」

 泡だらけのグラスに口をつける。苦くてとてもおいしいとは思えなかったが、祖父が満面の笑みを浮かべているからこっちも笑顔でいようと決める。そこへ翼くんと悠くんもやってくる。

「おっ? めぐちゃん、ビールデビュー? んじゃ、俺とも乾杯しようぜ」

「オジイから飲酒解禁令が出たのか? それならおれも混ぜてくれよ」

「えー、いいのかなぁ……? どうなっても知らないよ?」
 思わずぼやくと、その場にいた全員が大笑いをしたのだった。

 日が傾きかけたころ。宴会を終えたわたしたちは上機嫌で外に出た。いよいよ最後の写真を撮る時間がやってきたのだ。

 車椅子に乗った祖父と背中を丸めた祖母が最前列。二人を囲むようにわたしたちが並ぶ。

「よーし、それじゃあ撮るぜ!」
 デジタルカメラのタイマーをセットした伯父がシャッターボタンを押し、急いでこっちに回り込む。

「イエーイ!」

 お酒が入っているから全員赤ら顔。そしてやたらとテンションが高い。いい年のおじさんたちはピースサインを出したり、肩を組んだりしているが、真面目くさった顔で写るよりこっちの方が我が家らしくていいのかもしれない。

 撮れた写真を確認すると、全員が最高にいい笑顔で写っている。特に祖父母の笑顔が素敵だ。

「ありがとう。みんな、ありがとう。じいちゃんは本当に幸せ者だよ。これでもう思い残すことはない」
 祖父はみんなと握手を交わし、何度も何度も礼を言った。

「何言ってるの、じいちゃん。この家がなくなっても俺たちの暮らしは続いていく。明日もあさっても。……さぁ、帰ろう、鈴宮家に」

 翼くんが祖父の肩に手を置いて帰宅を促す。祖父は小さく微笑んだ。

◇◇◇

 それから二週間が経ち、とうとう家の解体日を迎えた。

 今日は「ワライバ」の仕事は休み。現場に足を向けることもできるが、わたしは祖父母と共に鈴宮家で過ごすことにした。

 窓から柔らかな春のが差し込んでいる。庭に目を移せば色鮮やかに咲く春の花々や蝶の姿。それを見ていたら、小学生の頃の記憶がよみがえってきた。

「あぁ……。春休みには良く、おばあちゃんとあの家の縁側でサンドイッチを食べたよね。お庭に咲いていた桜や花壇に植わった花々を見ながら、花見団子を食べたこともあったっけ……」

 しかし、それはもう出来ない……。深いため息をつくと祖母が言う。

「あの家は大きな役目を果たし終えたのよ。だから、これでよかったのよ……」

 そう言いながらも祖母は目に涙を浮かべていた。わたしはその手を取って微笑んだが、自分の目からも涙がこぼれ落ちてしまった。祖母がわたしの手を握り返す。

「変ね……。思い出は確かに胸の中にしまってあるのに、どうして涙が出てくるのかしら……。めぐちゃんを悲しませてしまったからかしら……?」

「それは、あの場所と思い出が一緒になっているからだよ……」
 祖父が呟く。
「泣けてくるのは、それだけ長く住んだ証拠だとじいちゃんは思うよ……。しかし、もう礼は言った。思い出の品も継承した。だから、涙を流すのもきっとこれで最後だ……」

「そうね……。親友と最期のお別れをするときは悲しいけれど、ちゃんとお別れした後は気持ちも落ち着いてくるものね……」

 祖父母は互いに見つめ合い、うなずき合った。まるで二人だけにしか分からない想いを確かめ合うかのように。

「……そうだ、二人においしい緑茶を淹れてあげる」
 わたしは返事も待たずに台所へ向かった。胸がざわつき、再び涙が込み上げてきたからだ。

 祖父母にはもう、人生のゴールが見えているとしか思えなかった。二人は今、人生を振り返ってひとつひとつ向き合い、命を終える準備をしているとしか……。

 目から温かいものがポタポタとこぼれ落ちる。お茶を淹れると言ったのに、涙のせいでまったく作業が進まない。その時だ。

――いつになったら願ってくれるの? わたしは早く会いたいよ……――

 頭の中に聞こえて来たのは、半年ほど前に見た夢で聞いた悠くんの亡くなった娘、愛菜まなちゃんの魂の声だった。直接在りし日の姿を見たわけではないが、悠くんが同じ日に同じ夢を見たと言っていたのだから間違いない。

 あのとき彼女はこう言った。私はあなたの赤ちゃん候補の一人。あなたが望めば、誰かの命と引き換えに、あなたのもとに生まれることができる、と。

 あれ以来、夢を見ることも声を聞くこともなかったが、白昼堂々、再び語りかけてきたと言うことは、声の主は焦っているのか……。それとも誰かの死が迫っていることを暗に伝えようとしているのか……。いずれにしても、今は望みを叶えてやるときではない。

(わたしにはまだ、別れを告げられない人がいる。たとえあなたが誕生を待ち望んでいるとしても……!)

――じゃあ、もう少しだけ待つね……――

 毅然とした態度で言い返すと、それきり声は聞こえなくなった。


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