見出し画像

【連載小説】#5「クロス×クロス ―cross × clothes―」 憧れと現実

前回のお話(#4)はこちら

前回のお話・・・
男装の似合う自分になるため、長年伸ばしてきた髪を切ったミーナ。その理由を問われ、根底にある思いが親への反抗心だったこと、そして、友人に塁を奪われることに嫌悪感を持っていることに気づく。ミーナの塁への思いは……?
塁はミーナから再び想われているのでしょうか? その塁の心情は? 続きは本編をお読みください(*^O^*)

ミーナからたくさん服を借りたのはいいが、マイクロミニスカートなんて、オレが穿いてどうする? 普段のあいつの服装は知っていたはずなのに、いざそれが手元にやってくると扱いに困ってしまう。一番無難なのはサロペットだけ。悩んだあげく、今日はそれを着てバイトに向かう。

夏休み限定で受けたプロ野球球場でのバイトだが、今日は急遽、お声がかかった。大学生アルバイトの一人が休むことになり、もう一日出て欲しいという話になったのだ。

午前授業でおしまいの二学期初日は暇だったから、オレとしては好都合。二つ返事で了解し、女装して出かけるというわけだ。

女装して行っても、期限付きのアルバイト仲間は、オレの私服なんて全く見てない。だから気軽に女装を楽しんでいる。

今日の試合は、都内の球場をホームにしている東京ブルースカイと、関西をホームにしている阪神スターキャッツとの対決。オレはビールを売り歩きながら、チラチラと試合を観戦する。

カーン!

乾いた木の音が球場にこだまする。周囲がどよめき、思わずグラウンドに目をやる。打った球はライトスタンドに入った。ホームランだ。

(すっげーな、今季何本目だ?)

大卒で今年入団したばかりの、東京ブルースカイ期待の星、永江孝太郎ながえこうたろう。一年目ながらもレギュラーで五番を任され、ホームランを量産している。入団会見をテレビで見たとき、埼玉県川越市のK高出身だって聞いて、それ以来密かに注目していた選手だ。

攻守が入れ替わる。元気よくマウンドにやってきたのもK高出身者で、今年急成長中の入団四年目、本郷祐輔ほんごうゆうすけ投手だ。高校時代に、先の永江とバッテリーを組んでいたといい、同じチームでプレイできると分かってからはいきなり成績がよくなりレギュラー入り。今季の防御率は1.25。お陰で東京ブルースカイはぶっちぎりの一位独走状態なのだ。

やっぱりK高の野球部員はすごい。オレも入りたかったけど、偏差値的に無理だった。頭もよくて野球も出来て……なんて、うらやましすぎだろう?

(それに比べてオレは……。)

絶好調の二人を尻目に、自分の日常を思い出しては落ち込む。

結局、今日の試合は5対0で東京ブルースカイが勝利を収めた。ビールもよく売れた。最後のバイトを問題なく終えたオレは、ここへ来たときとは真反対のどんよりとした気分でミーナの服に着替え、球場を出たのだった。

いつもの習慣でスマホをチェックすると、兄ちゃんからメールが入っていた。時間があるときでいいから、またかおりさんが仕立てた服を着てみて欲しいという依頼だった。

兄ちゃんたちのアパートは、帰宅途中にある。どうせ家に帰ってもやることがないし、ついでに寄って飯でもごちそうしてもらおう。その旨を素早くメール画面に打ち込み、送信する。

平日夜の下り電車は会社帰りの人で混み合っていたが、オレは運良く座ることが出来た。バイトの疲れと気分の落ち込みのせいで「あ~~っっ……」とおっさんみたいなため息をつく。

電車が動き出す。オレはミーナが貸してくれたツバ広の麦わら帽で顔を覆い隠し、頭の後ろで手を組んだ状態でふんぞり返っていた。

と、オレの前に立っている人が何度も足を蹴ってきた。うぜーな、と思って麦わら帽子を少し持ち上げそいつを睨む。その瞬間、目があって固まった。

「やっぱりお前か。橋本塁」

「ひ、人違いです……」

必然的に声が裏返る。しかし、余計に怪しまれたのか、オレの名を呼んだ人間はオレから帽子を剥ぎ取った。

「ひいっ……!」

「……その格好はどうした? マジでヤベーぞ」

同級生の飯村廉いいむられんだった。先日、異装で初めて電車に乗ったとき、ミーナに注意された男子高校生の中にいた友だちがこいつ。

「何でオレだって分かったんだよぉ。うまいこと変装できてたはずだ。それに、会うのは中学卒業以来だろうが」

「足元に置いてあるバッグに名前書いてあったぞ。それと……女性がそんなふうに脇毛をさらして平然としてるはずがないしな」

「うっ……」

慌てて腕をおろして脇を締めるがすでに手遅れ。いまだ清楚な女の仕草を身につけられていないのがあだとなってしまった。

「こんな時間に帰宅か?」
 廉に問われて答える。

「都内の球場でビール売りのバイトした帰り。今日の試合はすごかったぜ? お前の通ってるK高野球部の先輩たちが大活躍での大勝利だ」

「そうか……」

「でもあれか、今年のK高は3回戦敗退だったっけ? あのK高も、最近は鳴かず飛ばずだよなあ」

K高は、永江選手がキャプテンとしてチームを率いていたとき初めて甲子園に出場し、その後数年は、県内でK高を敗れる学校はないとまで言われるほどの強豪校だった。

「仕方ないよ、あの代が特別だったんだ。今の代は甲子園なんて目指してない。もともと進学校だしな。高校まで野球を楽しめればいいって連中ばかりだ。……そう、ろくなやつしか居ない」

「マジで? もったいねえなあ。……そういう廉は、こんな時間まで何してたんだよ? 制服姿で。予備校の帰りとか?」

「あー……俺は……」
 真面目に聞いたつもりだったが、廉は急にトーンダウンした。

「ん? 何かあったのか?」

「…………」

廉は辺りをキョロキョロしたかと思うと、オレに顔を寄せて耳打ちをする。

「……ちょっとばっかし悪い連中に絡まれててな。ゲーセンで金、使わされてたんだ。有り金全部使い果たしたって言ったら、やっと解放されてこの時間」

「おいおい、何だってお前みたいな出来るやつが絡まれなきゃならない?」

「んー、それがすっごく言いにくいし、俺もまだ信じられないんだけどさ……」

廉がそう切り出したとき、ちょうど最初の停車駅について隣の席が空いた。オレの隣に腰掛けた廉は、声を抑えながら理由わけを話し始める。

「実は俺の妹が……自分はレズだって言うんだよ。俺も親もどうしたらいいか分からなくて戸惑っているところに、あろうことかそのことが妹の学校経由で漏れて大騒ぎ。誰が漏らしたのかは分からないけど、とにかくあっという間に俺のところにまで飛び火して『お前の妹、レズなんだってな。お前もホモなのか』って」

「言いがかりにもほどがあるな」

「連中も同じ野球部だったんだけど、俺の成績とか部活でレギュラーだったこととかが気に入らないんだよ。だから、いい口実を見つけたとばかりにそんなことを言ってくるんだよ、きっと」

レズの妹、と聞いてオレはミーナから聞いた話を思いだした。
「廉の妹って、今何年生? 学校、どこ?」

「M女子高のニ年だけど」

「……ソフトボール部?」

「え、なんで知ってんの?」

「うわっ、マジかー……」

「えっ、なになに?」
 戸惑う廉に、オレは元カノが同性愛者らしい後輩に告白された話をしてやった。

「……世の中、狭いもんだなぁ」
 廉はため息をつき、しばらくの間うなだれていた。オレも同じようにじっとしていると、何かに気づいたように廉が言う。

「……違うのかな、おかしいのは俺の方なんだろうか。妹のこともあるけど、お前だってそんな格好してるし。俺の知らない間に、男と女の垣根がなくなっちゃったのか? 塁、そうなのか?」

「馬鹿が。んなわけねーだろ」
 真面目な廉に、冷静なツッコミを入れる。

「だよなあ。やっぱりおかしいのは妹の方か、あはは」
 廉は笑ったが、オレはちっとも笑えなかった。身内にホモがいるのに、笑えるわけない。

「お前の妹はおかしくねえよ、ちっとも」

「えっ……」

「本当はそう思ってないくせに。……かばったんじゃねえのか? だから目ぇ付けられてんじゃねえの?」

「…………」

「……実は、オレの兄ちゃんも同性愛者なんだよ。だからそんなふうに、冗談でも身内を笑いものにするのはやめろよ」

「えっ、そうだったの? 兄ちゃんって、純にいのことだよな?」

当時から家族には男好きを公言していた兄ちゃんだが、地元の少年野球チームのメンバーにはあえて告げてはいなかったようだ。思いっきり垢抜けたのは高二の時だったと記憶している。廉が知るよしもない。

廉は兄ちゃんのことを知りたがった。オレは兄ちゃんが、倒錯していてもうまく生きてることを教えてやった。

「そうか。塁も、周りの人も純にいに理解があるんだな。……確かに俺は一度、妹をかばったかもしれない。でも、『もっとばらすぞ』って脅されて、あいつらの言いなりになってる。悔しいけど、四人も相手じゃ言い返せない。情けない話さ」

その人数を聞いて、先日電車で乗り合わせた、あのふざけていた面々を思い出した。そうか、きっとあいつらが廉を揺すっているんだ。思い返せば、廉だけは悪ふざけに参加していなかった。やっぱりあのとき、オレが声をかければよかったと今更ながらに後悔する。

廉はなおも神妙な顔で言う。

「なあ、塁。お前のその格好も、純にいを理解するためにしてるの? 女装したら、同性愛者の気持ち、分かる?」

「あー、いや……。こんな格好したって、同性愛者の気持ちなんて分かりゃしねえよ。だから、廉は変な気を起こさなくていい」

「じゃ、なんで?」

「オレはただ面白がってるだけ。……目立ちたいだけだよ」

「ああ、塁は誰よりも目立ちたがりだったな。それで女装か。分からないでもないな」
 廉は、オレが小学生の時に、目立ちたいがためにやらかした数々の逸話を列挙した。

そう。オレは目立つことなら何でもやってきた。それが過激になって女装って形を取ってるだけのこと。それだって、やっぱりいつかは冷めて他のことに手を出すに違いない。

「そんなに目立ってどうする?」
 案の定、廉が聞いてきた。すぐには答えられなかった。

「なあ、そんなに目立ちたいんならさ、あいつらを一泡吹かせてやってくんない?」
 黙っていると、廉が妙な提案を持ちかけてきた。

「あいつらって、お前の妹を差別してくる連中のこと?」

「そう。塁がその格好で女のフリしてやつらに近寄る。だけど、その瞬間に男だとばらして大暴れする。どう? なかなかしびれる作戦じゃないか?」

「暴れてどうすんだよ?」

「妹のことをダシにして俺を揺するのはやめろって言ってくれりゃあいい。あいつらだっておとなしくなるだろう」

「おいおい、オレが言ったくらいでおとなしくなるような奴らなのかよ?」

「たぶん、大丈夫。その化け物じみた顔で拳振り上げたら、誰だって逃げ出すよ」

「この顔のどこが化け物なんだよぉ?」

「ええ? ちゃんと自分の顔、見てから外に出てきたのか? 化粧が濃すぎるだろ」

「んん?」

持ってきた手鏡を覗いてみてぎょっとする。球場のトイレで慌ててメイクをしたせいか、思いのほかチークとアイシャドーが濃かったのだ。それを見て廉が笑った。

「相変わらず面白いやつだな、塁は」

「うっせー!」
 反論すると、下車予定の駅名がアナウンスされた。

「あ、オレ次で降りないと。兄ちゃんのところに寄ってくんだ。悪いけど、ここまで」

「そうか。……今日は偶然でも、会えて良かったよ。今の話、ちょっと考えてみてくれると有り難いな。いい返事を期待してるよ」

廉はオレに連絡先の交換を申し出た。仕方なく応じる。やれやれ、面倒なことになったものだ。なんで自分の下手なメイクを逆手に取って暴れなきゃいけないんだ? それが解せない。

☆☆☆

連絡先を交換しあい、廉と別れたオレは、モヤモヤしながら兄ちゃんたちのアパートへ向かった。アパートに駆け込むと、玄関に見慣れた靴が置いてあった。

「ミーナも来てるのかよ……」

「何よぉ。来てちゃ悪い?」
 この部屋の住人より先に、ミーナが姿を現した。

「って言うか、何でミーナまでここに?」

「塁と一緒で、新作を着て欲しいって連絡をもらったからよ。ちょうど、友だちとブルースカイ対スターキャッツ戦を見てきた帰り道だったから寄ったってわけ」

「えっ、ミーナも球場に来てたの? オレ、今日はバイトだったんだぜ?」

「うっそ! 夏休み限定じゃなかったの?」

「急遽、頼まれたんだよ」

「あっぶな。会わなくてよかった」

「そりゃあ、こっちの台詞!」
 そんなことより、なんか食わしてー。オレは部屋の奥にいる兄ちゃんにせがんだ。

「バイト、お疲れさん。おにぎりくらいしか用意できなかったけど、腹の足しにしてよ。おれが直々に握ったんだ、有り難く食べるように」

確かに兄ちゃんが握ったのだろう、爆弾サイズの握り飯がお皿にドンッと置いてあった。あまりにも空腹だったので、見てくれも味も気にせずにかぶりつく。一通り平らげてようやく腹も気分も落ち着いた。

「塁はバイトも女装して行ってるんだ? ミニスカは穿かないの?」
 食べ終わったのを見て、ミーナがさっそく絡んできた。

「ありゃあ短すぎるぜ! マイクロミニばっかよこしやがって! お陰でこれしか着るのがなかったっつーの!」

「えー? 似合うと思ったのになあ」

「本気とは思えないけど!」

オレとミーナが今にも喧嘩しそうなのを見越して、兄ちゃんとかおりさんが仲裁に入り、新作の服を着るよう促す。オレは兄ちゃんの部屋で着替えを済ませると、みんなの前で披露した。

今度の服は冬向けの、厚手の羽織り物とコーデュロイパンツ。やはり季節感のある色合いでありながら、フリルやリボンにはアクセントカラーが用いられていて個性的な服に仕上がっている。
 
「うーん。もう少し肩幅にゆとりをもたせた方がいいかしら? やっぱりスポーツマンは体つきががっしりしているわね」

かおりさんはオレの周りを何周もしながら、具合の悪そうなところを見つけてはメモを取っていく。

「これ、完成したら売りに出すんっすか?」

「最終確認をミカさんにお願いして、OKをもらえたら受注生産って形で売りに出してみようと思ってる。まあ、どのくらい注文があるか分からないけど、純さんのブログの読者さんの中には、今から心待ちにしている人もいるみたい。その数を目安にやってみるつもり。一人で作りきれなくなったときは、外注することも考えているわ」

「へえ……。じゃあ、将来的にはこれを仕事に?」

「出来たらいいなと思ってる。……純さんのお陰で私にも夢と呼べるものが出来たんだもの。……そうそう、前回試着してもらったときの写真を公開したら、結構な反響があったのよ。あなたたち、モデルさんのね」

かおりさんはそう言うと、兄ちゃんにブログを見せるよういった。兄ちゃんは手際よくパソコンを立ち上げ、ブログページを開く。見せてもらったページにはたくさんのコメントが載っていた。

――モデルさん、ナイスバディ! かっこいい!
――宝塚スターみたい! ジュンジュンの知り合いですか?! 顔も見てみたい!

「前回のは、顔が写らないように写真を加工して載せたんだけど、それでもこの反響っぷりなんだ。すごいでしょ?」

兄ちゃんがスクロールするコメント欄を見て、これが自分たち宛のメッセージなのかと思うと嬉しくなった。

「顔を見てみたいってコメントがメチャクチャ多いな!」
 おれが言うと、兄ちゃんはうんうん、とうなずいた。

「もし、二人さえよければ、今日撮らせてもらった分からは顔も載せてみようかと思うんだけど、どう? モデルさんの意見を聞かせてよ」

「オレは構わないよ」

「私も大丈夫です」

「じゃあ決まりね」
 かおりさんはカメラを持ったまま嬉しそうに言った。

「さて、もう遅いわ。明日も学校でしょう? 家まで送るわ」
 チラリと時計を見たかおりさんは、オレに着替えるよう言いつけ、自身はさっとカバンを持った。

「えー、帰らなきゃだめなのー? 兄ちゃん、泊めてくれよー。明日は学校休むー」

「はあ……? お前の寝るとこなんてないよ」

「ねこのぬいぐるみをどかせば……」

「ダメダメ。ここは、『にゃんねこ』の寝床なんだから」

『にゃんねこ』って言うのは、兄ちゃんたちが大好きな癒しキャラの名前だ。このねこをこよなく愛する二人の部屋は、ぬいぐるみであふれかえっている。オレにはさっぱり理解できないけど、『にゃんねこ』って言う共通の趣味があるから二人はうまくいってるんだろうな、きっと。

二人に追い出される格好で、オレとミーナはかおりさんの運転する車で家まで送ってもらうことになった。


(続きはこちら(#6)から読めます)


💖本日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます(^-^)💖
あなたの「スキ」やコメント、フォローが励みになります。
ぜひよろしくお願いします(*^-^*)


あなたに寄り添う、いろうたのオススメ記事はこちら↓

🔳自己紹介
🔳いろうたの記事 サイトマップ
🔳敏感な親子のゆっくり生活(マガジン)
🔳完結小説あらすじ
🔳いろうたの主張まとめ(マガジン)
🔳HSP向け記事まとめ(マガジン)
ストア(ミンネ)にて、心を癒やす「文字アート」販売中です

いつも最後まで読んでくださって感謝です💖私の気づきや考え方に共感したという方は他の方へどんどんシェア&拡散してください💕たくさんの方に読んでもらうのが何よりのサポートです🥰スキ&コメント&フォローもぜひ💖内気な性格ですが、あなたの突撃は大歓迎😆よろしくお願いします💖