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【連載小説】「愛の歌を君に2」#5 星空の下で
前回のお話:
サザンクロスの三人が暮らす自宅のスタジオに招かれたブラックボックスのきょうだいは、対バン時に聴いた『クレイジー・ラブ』を改めて聴き、姿は若いが彼らは本人たちだと確信する。しかしその時味わった悔しさはすぐには消えない。そこで拓海が思いついたのが本音で語り明かすというもの。酒を酌み交わし、互いの思いを打ち明け合えば仲直りできると考えたのである。思惑通り、食卓を囲んで語り合う中で六人は心の距離を一氣に縮めていく。
13.<麗華>
ブラックボックスと今日初めて顔を合わせたあたしは、彼らの音楽も初めて聴いた。いざこざの要因ともなった彼らの演奏技術はちっとも劣ってなどおらず、むしろ若者らしい元氣さがあって好感が持てた。中でも一番人氣だという「シェイク!」は振り付きで披露してもらい、レクチャーまで受けることになった。実際に踊るうち、酔いも手伝って楽しくなった。あたし自身はほとんどパフォーマンス無しの歌い方だったから馴染みが薄かったけど、ダンスミュージックというジャンルもこれはこれで有りだな、と思えた。それもこれも、ひとえに彼らのおかげだろう。
◇◇◇
お酒とダンスの力で心から打ち解けたあたしたちは後日、彼らの実家があるという山に赴き、ミュージックビデオ用の映像を撮影することになった。
都会の明るさにすっかり慣れきったあたしは見上げた空に浮かぶ星の多さに驚いた。同時に、ここからさほど遠くない田舎にあるあたしの実家の近くでも、夜が更けるとこんな風にたくさんの星が瞬いていたな、と懐かしくなる。
感動していたら、若い子たちに不思議がられた。
「レイ様ったら、熱心に空を見つめて。そんなに星が珍しいの?」
「ううん。ただ星の美しさに目を奪われていただけよ」
「わお、詩的だな、麗華さんは。さすが、歌手歴が長い人は違う」
「そしてそんなことを呟きながら夜空を見上げる姿がメッチャ、絵になる! こりゃあ、いい動画が撮れそうだ」
リオンはそう言って手をフレームの形にすると、それ越しにあたしを覗いた。
今日は「LOVE LETTER」のミュージックビデオを撮る予定になっている。曲のイメージに合うよう、服もチョイスしてきた。ワクワクもしていた。しかしこの星空を見てしまったら「LOVE LETTER」を歌う氣分ではなくなってしまった。いや、はっきり言おう。創作意欲がむくむくと湧いてきて止まらないのだ。
「ごめん、撮影は延期してもらえる?」
「ええーっ?!」
ブラックボックスの三人は、発声と同時に大袈裟に両手を挙げた。
「なんでなんでなんでぇ?! 何が氣に食わなかったのぉっ?! アタシたち、何か余計なことを言った?!」
「そうじゃないのよ、セナ。いま、新しい曲のイメージが降りてきそうなの。それにこの空を見ていたら曲にも『星』のワードを入れたくなってね。つまり、ミュージックビデオは新曲でいきたい、ってこと」
「確かに、名案だな」
智くんの声と拓海の手話が同じことを言った。
――俺も何だかひらめきそうな感覚がある。麗華が曲を作りたいってんなら、今日は撮影は無しで曲作りに時間を当てるのが良さそうだ。
「うん、僕もそう思う。……撮影機材を用意してもらったのに申し訳ないけど、レイちゃんのことだ。きっと最高にいいものを出してくれると思うよ。なるべく早く、と言うことならもちろん僕らも一緒に作る。……どうだろうか?」
智くんが丁寧に詫びるとユージンは小さく息を吐いた。
「……分かりました。毎日のようにスタジオを貸してもらってるオレたちにその提案を拒む権利はありません。それに、ミュージシャンは直感がすべてですからね。イメージが消えないうちにどうぞ自由に創作してください。……って言っても、終電には乗りたいんでタイムリミットは設けたいところですが」
「もちろん、それまでにはある程度、形にするわ」
「さすがですね、お願いします。……あー」
ユージンはそこまで言うと双子をちらりと見、腕を取った。
「その間、オレたちは実家に顔出しときます。実は帰るの、久しぶりなんで。ほら、行くぞ」
「えーっ!」
双子は声を上げたが、反発も空しくユージンに無理やり連れて行かれてしまった。お兄さんらしく、あたしたちに配慮してくれたのだろう。気遣いがありがたかった。
三人が見えなくなったあとで再び空を見上げたら拓海に尋ねられる。
――形にする、なんて言ったけど、今の今、作詞作曲するつもりはないんだろう?
「ええ、今はこうしたい氣分なの……。ねぇ、二人も一緒に……」
あたしは両脇に二人を誘い、草の上で寝そべった。
遮るものと言えば、元氣に伸びた木々の枝ぐらい。目を凝らさずとも数え切れないほどの星が濃紺の空で瞬いている。
「懐かしいな。子どもの頃は夜な夜な野球の練習をする弟に付き合って外に出ては、夜空を眺めていたっけ。なのにいつの頃からか、天ではなく前だけを……先を行くライバルだけを見るようになっていた……」
「僕も夜には思い出が詰まってる。楽しかったことも、嫌な思いをしたことも。……奇しくも楽しい思い出と星空はセットで、それ以外の時は当時の感情しか記憶にない」
「嫌な思い出ってのは、あたしとのことでしょう?」
半分、冗談で言ったつもりが当たってしまったようだ。
「まぁ、和解した今だからこそ笑って言える訳なんだけどね……」
彼はそう言って本当に小さく笑った。
寝そべったまま会話をするあたしと智くんの隣で拓海は一人、静かに天を見つめていた。手話を使うときは必ず相手が目の前にいなければならない。手や口の動きが見せられない状態では、会話に加わりたくてもだんまりを貫くしかないのだろう。
いたたまれなくなり、そっと彼の手を握る。と、拓海はあたしの手のひらを返し、その上に指で文字を書き始めた。心の中で、手のひらの文字を読む。
(あ・り・が・と・う。い・ま・は、ふ・た・り・の・は・な・し・を、
し・ず・か・に・き・く・こ・と・に・す・る・よ……)
分かっているのだ、彼は。こういう時、手話が役に立たないことを。だけど、知ってもいるのだ。伝える方法はいくらでも残されていることを……。
その時、曲のイメージと、歌詞の断片が降りてきた。
慌てて飛び起き、すぐにメモを取る。その様子に驚いたのか、二人も身体を起こすのが目の端に映った。
「……何か伝えたのか?」
智くんが拓海に問いかけたが、紙に向かっているあたしには拓海がどんな返答をしたのかが分からなかった。しかし智くんの反応から察するに、事実とは異なる、冗談めいたことを伝えたのだろう。その証拠に智くんは鼻を鳴らし、あたしと背中合わせに座った。
「……今なら、この星空の下でなら言えるよ。僕の、いまの素直な氣持ちを」
背中越しに、彼の熱い体温を感じる。少し身体を起こして凭れると、彼も寄りかかってきた。
「……僕はちょっぴり優越に浸っていたんだ。拓海は声が出せないというハンデを負ったが僕は、出せる。歌も歌える。つまりはレイちゃんに自分の声で想いを伝えられる、とね。だけどその考えは間違っていた。僕は声に頼りすぎていることに今の今、氣付かされたよ。悔しいけど、拓海はこれからもっと進化するだろう。声が出なくても、歌えなくても、内なる想いを見事に形にするだろう」
――智篤。それは違うよ。
黙って聞いていた拓海があたしたちの脇にやってきて腰を下ろした。
――そうやって自分を下げるな。羨ましいのは俺の方だってのに……。あのな、俺だってホントは声を出したいよ。歌いたいよ。ガラガラ声だったとしても麗華に愛を伝えたいよ。でも、出来ないから目に見えない想いをなんとかして表に出してるんじゃないか。それを『進化』と表現するのは勝手だよ。だけどお前も『進化』できるはずなんだ。だっていい声が出せるんだから。今みたいに愚痴るんじゃなくて、歌でその思いを昇華させてみろよ。それこそ、喉が嗄れるまで。な? お前なら出来るだろう?
「ふん……。歌え、喉を嗄らして、声が出なくなるまで、か……」
「待って、それ。歌詞に使える!」
智くんの言葉を書き取ると、それを機にあたしの脳内でも再び言葉が溢れ始めた。横から拓海がのっそりと、あたしが殴り書るノートの文字を凝視している。しばらく見ていた彼だが、急に立ち上がったかと思うと慌ててギターを取りだし、メロディーを奏で始めた。
それはまるで、星のきらめきのようだった。歌詞を詰めながらあたしと智くんとで歌っていく。
「あぁ……。夜空の下でこうやって三人で曲作りをしていると思い出すな。切ない氣持ちを抱きながらも、希望に満ちあふれていたあの頃を……」
呟いた智くんの言葉を、あたしはそっとノートに書き取った。
14.<拓海>
ミュージシャンを志すようになってからと言うもの、夜は俺の友だちだった。路上でもライブハウスでも歌うのは、夜。ひとしきり氣持ちよく歌ったあとの夜空は格別、美しかったのを覚えている。今宵の空はその時のことを思い起こさせた。
智篤の鬱屈した想いは俺の想いでもあったからよく分かる。とかく、人は自分にないものを羨む傾向にある。本当は自分にも唯一無二の宝物があるのに、目は他人に向いているせいか、なかなか氣づけない。そういう風に出来ている。
だけど、少なくとも俺は、声という大きな宝物を失ったことで自分の持てる財産を探し出てやろうと内側に目を向けた。無くしたものに囚われるんじゃなくて、あるものを駆使する作戦だ。そんな最中、とっさに麗華の手に平仮名を書いたのだが、多分うまく伝わったと思う。これは俺の中では大きな収穫だ。
声を失ってでも生きたいと思わせてくれたこいつらと一緒に、インディーズのミュージシャンをしていて良かった、と改めて思う。こんな経験、ひとりではきっと出来なかった。
*
ブラックボックスの三人が戻ってきたときにはなんだかんだ言って宣言通り、新曲の骨格が出来上がっていた。彼らは「ようやく親の長話から解放された」と胸をなで下ろし、俺たちの進捗を聞いて一層満足そうに笑った。
「それじゃあ、次回こそは撮影しましょう。実はさっき、ショータさんから電話が入って、一週間後には、仮でもいいからミュージックビデオを提出するように、と」
(一週間後……。)
おそらくショータは伝えてあるスケジュールの通り、今夜撮影が行われる前提で締め切り日を連絡してきたのだろう。だが俺たちが予定を狂わせた。
過去の経験から、こちらの言い分でショータがスケジュールを変えてくれるとは考えにくい。あいつもいくつか仕事を抱えている中で急遽、俺たちの面倒を見るよう言われているはず。言ったとおりに出来ないのなら他を当たってくれ、と言われるのがオチだろう。
「いけますかね? 一応、ミュージックビデオは新曲で行くらしいと伝えたんですが、『分かった、それでも一週間後ね』って。冗談キツいっすよね、ショータさんって」
語るユージンの困り顔をみて、かなり粘ってくれたのだと想像する。
――間に入ってくれてありがとう、ユージン。一週間はかなり短いが、それでもやるよ。インディーズの意地を見せてやる。
手話で伝え、智篤が通訳すると、彼らは複雑な表情を浮かべた。
「……ホントに大丈夫っすか?」
「って言うか、おれらの編集が間に合うかどうか……」
「そうそう、そっちが問題だよねー」
「わがままを言ったのは僕らの方だからな。こうなったからには徹夜してでも作り上げてみせるさ。……はじめからそういう心づもりでいるだろう、レイちゃん? まさか、夜更かしはお肌の大敵だ、なんて言わないよな?」
「もちろん。そもそもの原因を作ったのはあたしだし。仲間のためなら睡眠時間を削るのなんて惜しくもなんともないわ」
「……だそうだ。よし、そうと決まれば善は急げ、だ。今夜はここでお開きにして、僕らは自宅で曲作りの続きをするとしよう。大丈夫、ノってくればすぐに完成するさ」
智篤が力強く言うと、勇氣づけられたのか若い三人は表情を和らげた。
「では、その言葉を信じてオレらも今日は自分らの部屋に戻ります。でも……なるべく早く連絡くださいね? ショータさんにどやされるのは嫌ですから……」
顔の前で両手を合わせるユージンの健氣な姿を見た俺は、何としてでも一両日中に新曲を完成させる! と意氣込んだ。
◇◇◇
それからすぐ電車に飛び乗った俺たちは、帰宅するなりスタジオに籠もった。ここへ越してから温存してきたエネルギーを一氣に放出する勢いで、眠氣も感じないまま一晩を曲作りに当てた。
一眠りして軽食を取り、頭がすっきりしたところで出来上がった曲を聴く。何度か手直しをし、完璧だと全員が満足する仕上がりになった頃には太陽が西に傾いていた。
ひらめきから完成までちょうど一日。病魔に蝕まれ、死を覚悟したときに作った「サンライズ」もあり得ないスピードで完成形に持って行ったが、期限が目前に迫ると人は、持てる力を最大限発揮できるものなんだなと改めて思う。
「ああ……。すごく素敵な曲だ……。夕べ見た星空の下で歌ったらどれだけ氣持ちがいいことか」
歌詞を口ずさむ智篤はご機嫌な様子だ。しかしそれを見た麗華の方はなぜか不満そうである。
「あら、あたしもすっごく氣に入ってるのよ。これはあたしが歌う。ううん、歌わせてちょうだい」
どうやら、どちらも自分が歌う前提で曲作りをしていたらしい。まぁ、これは今に始まったことではないのでしばらく様子を窺うことにする。
「え、だけど歌詞は男の語り口調だよ? ここはやっぱり僕が……」
「なによぉ。そんなこと言ったら『覚醒』なんて思いっきり男口調じゃない。あたしにだって力強い歌は歌えるわ」
「いや、あれだって本当は僕が歌うべきだったけど、君が歌いたいって言うから譲ったんだろう?」
「譲ったぁ? 何を、偉そうに……!」
二人はにらみ合い、額を付き合わせた。どちらも真剣だからこそ主張がぶつかり合うのは分かるし、普段だったら好きにしてくれ、とも思うのだが、今は一分一秒が惜しい。静かに苛立ちを覚えた俺は、これ以上見ていられなくなって立ち上がる。
――喧嘩はよせ! 揉めるくらいなら俺が、歌う! それでいいだろっ!
「え……?」
さすがに争いは止んだ。が、思考も停止してしまったようだ。その後二人は「何を言ってるんだ?」と言わんばかりに苦笑した。
「歌うって……。そもそも君が声を失ってしまったから僕が代わりに歌っているんじゃないか」
「そうよ。拓海にも伝えたい想いがあるのは分かる。だけど声が出ない以上、それは不可能……」
――俺には手話がある……!
目の前でオーバーアクションを取ってみせる。
――手話が俺の「声」だっ……!
無意識のうちに手が動いていた。二人は再び驚き、静かに頷いた。
15.<智篤>
まさか、声を失った拓海から「俺が歌う」と異議申し立てられるなんて思ってもみなかった。それは僕らの口論を止めるために放った、笑えないジョークと捉えることも出来よう。しかし昨晩語り合ったように、「喉を震わせて出す声」以外の方法で想いを伝えようとするときの拓海には、それこそ言葉で表すことの出来ない力強さがあった。少なくとも僕はその氣迫に声を失った。
たった今出来上がったばかりの曲「星空の誓い」で訴えたい想い。歌詞をなぞってみれば確かに、僕でもレイちゃんでもなく拓海が手話で表現した方が説得力が増すかもしれない。映像を通してどれだけ伝わるかは分からない。しかし試してみる価値はあると思った。
「わかった。そこまで言うなら試しにカメラを回してみよう。僕とレイちゃんの歌の有りと、歌無しでそれぞれ一度ずつ。それをブラックボックスの三人にも見てもらって、どれで撮るか決めるってのでどうかな、レイちゃん?」
「いいわ。……争っている時間はないものね。すぐに始めましょう」
小さく息を吐いた彼女は拓海のそばに寄り、「ありがとう、おかげで我に返ったわ」と呟いた。
*
スタジオ用のカメラとマイクをオンにし、レイちゃん、僕、拓海の順で撮っていく。
まずは一番目。自分が歌うにふさわしいと主張しただけあって、レイちゃんの歌声はスタジオのみならず僕の心をも震わせた。やはり彼女には敵わないのかと心が折れかけたが、こっちにも意地がある。マイクの前に立った僕は全神経を集中し、昨晩見た星空を思い浮かべながら歌う。
#
星の数ほどいるってのに
届かないのか、平和の祈り
争い、ののしり、奪いあい……
こんな時代は終わりにしないか?
涙を越えて 見える世界もあるだろう
だけど笑っていたいんだ
君と生きる未来だから
雨上がりの夜空の下で僕ら
変わらないと、嘆くんじゃなくて
歌うんだ、喉をからして 声が出なくなるまで
##
気がつきゃ、何だか息苦しくて
正直者ではいられないんだ
自己否定、こもって、ひとりきり
風よ、早く迎えに来てくれ
星がまたたく夜空の下で僕ら
変わりたいと、願うんじゃなくて
叫ぶんだ、喉をからして 声が出なくなるまで
星が流れる夜空の下で僕ら
思い出すんだ、ここに生まれた理由を
遠い宇宙に目を向けて
魂に刻まれた奇跡の言葉を……その言葉を……
「さぁ、最後は拓海だ。僕らはギターの演奏に徹する。カメラの前で思う存分、手話を披露してくれ」
歌い終わった僕はそのままマイクを持って移動し、カメラの前を広く開けた。
――智篤、主旋律は頼んだぜ。キーはそのままで。俺はそれに合わせて手を動かすから。
「オーケー」
返事をすると、やや緊張の面持ちの拓海がカメラの正面に立った。深呼吸をしたあと目で合図がある。僕とレイちゃんは呼吸を合わせて音を鳴らし始める。
演奏に徹するといった僕だが、拓海の手話が始まった途端、目を奪われた。まるで一人舞台を見ているかのようだった。たとえ手話を知らない人でも、彼の表情と手の動きを見れば想いを受け取ることが出来るに違いない。そんなことを思いながら手話を見ているうち、拓海の「失われた声」が聞こえてきたような氣がして息を呑む。演奏の手が止まりそうになり氣を引き締め直すも、やはり空耳などではなく、僕の鼓膜は確かに拓海の声を捉え、震えた。
演奏を終えても、僕とレイちゃんはすぐにカメラを止めに行かなかった。いや、感動のあまり足が動かなかった。見かねた拓海が自ら録画を止めにいく。
――なになに? そんなに良かった? 俺の手話が。
「良かったも何も……。なぁ?」
「ええ。あたし、感動しちゃった……。だって拓海の声がこの耳に届いたんだもの」
「そうか、レイちゃんにも聞こえたのか……」
「じゃあ、智くんにも?」
「ああ……。確かに、聴いたよ。懐かしい声を」
その目にうっすら涙まで浮かべるレイちゃんの前で、無自覚らしい本人は肩をすくめた。
――声を出したつもりは無かったんだけどなぁ。まぁ、ちょっと大袈裟にやったのは確かだよ。ともかく、想いが伝わって良かった。
これだったらショータの言っていた、手話のミュージックビデオもありかもしれないと思っている僕がいた。早速、寝不足特有の妙なテンションでユージンに電話をかけ、すぐにスタジオに来るよう指示する。ユージンは「バイトを休んでばっかりだとクビになっちゃうかも……」と言いつつ弟妹を引き連れて我が家にやってきてくれた。
「さすがっすねぇ。まさかホントに一日で作っちゃうなんて」
「いやいや、問題は曲の質でしょ。こっちも時間が限られてるから早く動画を確認しよう。イマイチだったら作り直してもらわなきゃなんないし」
べた褒めするユージンとは対照的に、リオンはあくまでも事務的に話を進めようとした。言われるがまま、さっき撮ったばかりの動画を再生する。
ユージンは目をつぶって僕とレイちゃんの歌を聴き、セナとリオンは画面を凝視しながら新曲をチェックする。最後に撮った、拓海の手話がメインの動画だけは三人とも画面を見ながら聴いていたが、動画の再生が終わった瞬間に全員がため息を漏らした。
「拓海おじさま、やるじゃない! すごく素敵だったよ!」
「うん、おれも拓海兄さんのがいいと思う」
「二人も? 実はオレもそう思ったんだよ」
僕らが感動したように、彼らもまた拓海の手話による「歌」を推した。意見が一致したのを受けてユージンが総括する。
「お二人の歌ももちろん素敵でしたが、拓海さんの手話には、言葉では表現しがたい感動がありました。これ、新しいですよ。夜空のイメージにも合う。ぜひ取り入れましょう」
「三人がそう結論づけたなら早速その方向で動こう。残り時間は限られている」
「ですね。幸いにして今夜もいい天氣になりそうですから」
◇◇◇
撮影は滞りなく済んだ。そして彼らの頑張りの甲斐あってミュージックビデオは期日に間に合い、ショータからもお墨付きをもらうことが出来たのだった。
『手話付きの映像を送ってくると信じてましたよ』
電話口で、ショータは感想を述べる前にひと言、そう言った。その口ぶりはまるでこうなる未来を想定していたかのようだった。はじめは、敏腕のプロデューサーだから僕らの取りそうな行動を予測できたのだろうと思ったが、ふと、ライブハウスのオーナーの顔が脳裏をよぎってハッとする。僕らの性格を知り尽くしているオーナーならばあるいはこの結果を予想し、ショータに助言したかもしれない、と。いずれにしても僕らが彼(あるいは彼ら)の思い通りに動いているのは間違いなさそうだ。
その先に正解があるかどうかなんて誰にも分からない。しかしそれでも今はとりあえず何でもやってみるしかない。
ショータは続けて言う。
『皆さんが曲作りをしている間にミュージックビデオ配信用のウェブチャンネル開設もブラックボックスに依頼しておきました。ビデオは今週末の夜に投稿予定で、その後は週一でサザンクロスの曲をアップしていこうと考えています。なので、音源は彼らに渡しておいて下さい。良いように仕上げてくれるはずです』
「わかった」
『まぁ、何も心配することはありません。……題して、声なきミュージシャンと愉快な仲間たちの逆襲。第二部の始まり始まりー』
まるで舞台の語りのような言い方にショータの揺るぎない自信が感じられた。
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