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【連載小説】「愛のカタチ」#14 口づけ

今回の話はいよいよ最終盤! 少し長いですが、最後まで読んで頂けると嬉しいです(*^-^*) (気になるタイトルも終わりの方で明らかになります!)


前回のお話(#13)はこちら
祭り当日、準備をしている二人の前に橋本が現れる。彼は自身のブログで祭りの情報を流してくれていた。それを見た若者たちが続々と神社を訪れ、境内はさながらライブ会場のように賑わう。礼を言う斗和に、橋本はクッキング部へ転部しようと誘う。了承すると、橋本は嬉しそうに斗和に寄り添った。

神社がライブ会場のように盛り上がる中、私は神社の片隅で父と向き合っている。神聖な場を汚した、と叱責されるのではないか……。恐れを抱きながらも、もはや逃げることの出来ないところまで来てしまった以上は、どんなことを言われても受け止めるしかなかった。

クッキーを配り終え、片付け始めた私の前に現れた父は「話がある」といって私を斗和たちから引き離し、ここへ導いた。なのに、いざ対峙すると押し黙ったまま。実は話すことなどなく、男子たちから遠ざけたかっただけなのでは? と疑り始めた時、父はようやく口を開いた。

「……祭りの開催に尽力してくれてありがとう。まずはお礼を言うよ」
 そう言って父は頭を軽く下げた。
 
「しかし本音を言うと、凜たちのような若い子の考えは未熟だと思っていたし、信仰心のない人には気軽に尋ねて欲しくないという思いもあった。神聖な場所を遊技場にはしたくなかったんだ」

父の発言に思わず眉根をひそめる。日頃の発言からも感じていたことだけど、やはり父は私のことをずっと「大人の手を借りなければ生きていけない未熟者」として扱ってきたのかと思うと怒りよりも悲しみを感じた。

「私はいつまでも子供じゃない。それに、時代はどんどん変わってく。人々の思いだって」

「そう、今回のことで思い知ったよ。凜も斗和君も、お父さんが思っていた以上に成長していたと。そして教えられたよ。本当に大切なものが何であるかを」

「本当に大切なもの?」

「……あれだよ」
 そう言って父は、目の前で繰り広げられる若者たちを指し示した。

「はじめは不思議でならなかったんだ。彼らはなぜここへ集まってきたのか? なんの報酬もないのになぜ、と。しかし彼らを見ていて気づいたんだ。すべての物事に見返りを求めてきたお父さんの考え方自体が間違っていたことに。

凜たちの呼びかけて集まった若者がこれだけいるのに対し、菓子折を持って訪ねたお父さんの呼びかけに応えてくれた人など数えるほどだ。その違いはなぜか、凜なら分かるだろう。

そう、お父さんと付き合いのあった人たちはみな、神のご利益ありきの、金品で繋がった関係だった。だから、こちらが与えられなくなった瞬間につながりも途切れてしまったんだよ」

多くの人は、神にすがれば、寄付金を積めば、願いが叶うと信じている。私だって、つい数日前まではご神木さまに頼りきりだったから、彼らの気持ちも分かる。だからこそ、過去の祭りの神事では、寄付してくれた人の願いを聞き届けてくれるよう頼んできたのだ。

けれど、私も斗和に気づかせてもらってようやく知ったんだ。神頼みをしなくてもいい。もっと身近な人を信じて頼っていいんだって。本当に見るべきは、いま目の前にいる人や起きている出来事。天でも未来でもなかったんだって。

「私たちは先のことに不安を抱きすぎて、今をないがしろにしてきたのかもしれない。そのことに気づかせるために、神様は自ら傷ついて教えてくれたんだわ」

「そうだとしたら、なんて罰当たりなことをしてしまったんだろう……」
 父はいい、ご神木さまを仰いだ。
「悪いのは全部お父さんだ……」
 呟くように言ったあと、父はふうっと長く息を吐き出した。

「……若い彼らの演奏を聴いていて思いだしたんだ。凜のお母さんは楽しいことが、音楽が好きだったことを。そう、いつでも音楽に囲まれて暮らしたいのだと言っていたよ。けれど、お父さんがそれを許さなかった。この、神聖かつ厳かな神社の家で、賑やかな音楽を流すのは不謹慎だと言ってね……。

今になってみれば、何をそんなにこだわっていたんだろうと思う。けれど、傾いた神社を建て直すため、収益を上げることしか頭になかった当時のお父さんには、音楽は不要なものにしか思えなかったんだ。

だからお母さんとは喧嘩が絶えなかったし、最終的には追い出すような格好になってしまったというわけだ……。心が、目が曇っていたのはお父さんの方だったというのに。

……お母さんがよく言っていたっけなあ。音楽は人と人とを繋いでくれる。音楽さえあれば、お金なんてなくても私たちは幸せになれる、と。

あの頃にはちっとも理解できなかったけど、その言葉の意味が今、ようやく分かった気がするよ」

クラスメイトの即席ライブで盛り上がる人々に改めて目をやる。演奏する側も見る側も、純粋にこの場の盛り上がりに身を委ねている。魂の喜ぶままに。まさに今父が言った、母の言葉そのものだった。

「またやろうよ、こんなふうに神社を開放してさ。……新しいことをやってたら、お母さんだって戻ってくるかもしれないじゃない?」

私はライブの音にかき消されないよう、声を張り上げていった。

「私、人が自然と集まりたくなるような春日部神社にしたい。今までのやり方では継ぐなんて考えられなかったけど、違う方法が許されるなら、いろいろやってみたいこともあるの」

「凜……」

「お父さん。神社だって変わらなきゃ。今までやってきたから今更変えられないとか、やったことがないから出来ないとか、そんなことを言ってたら、古いものは特に私たちの世代には受け入れてもらえないよ」

「……それが凜の思いなんだな。やっと、凜の神社への思いが聞けてお父さんは嬉しいよ。分かった。一緒に考えていこう、神社のこれからを」

「うん。……でも今はもう少し、この時間を楽しもうよ」

「そうだな」

私たちは並び合って盛り上がる歌や演奏に耳を傾けた。いつまでもこの時間が続いて欲しいと思うのは、私たちが負の感情のすべてを手放しているからだろう。生きている喜びを全身で感じられるって、なんて素晴らしいんだろう。

(斗和。私たち、なんとか親子を続けられそう。それと、私にも将来やってみたことが出来た。話し合う時間をくれてありがとう。)

ちゃんと話し合ってこい、と背中を押してくれた斗和に心の中で語りかけた。

「皆さん、盛り上がってますかー! まだまだ行きますよー!」
 輪の中心にいたボーカリストの呼びかけに、私はもちろん、その場にいた観客はますます熱狂した。

   

☆ ☆ ☆


楽しい時間はあっという間に過ぎていった。夜空に星々がきらめきだし、寒風が吹き始めると、集まった人々は一人また一人と帰路についていく。

(ご神木さまの周りに、これだけの人が集まってくれました。私も、集まった人もご神木さまには一日も早く元気になってもらいたいと思っています。でもそれは、願いを叶えてもらうためじゃありません。私たちを、頭上から温かく見守っていて欲しいからです。

私たちはちっぽけな存在です。一人では何も出来ないのに、一人で何とかしようと頑張ることもしばしば。そんなとき、神様に頼りたくなるのです。神様なら、大いなる存在ならきっとどんな願いもたちどころに叶えてくれると信じたいのです。

今の私はもちろん、そんなことは神様の仕事じゃないと分かっています。それでも、あなたがいると思うだけで力強い味方を得たような気持ちになるのです。

これからも私たちの味方でいて下さい。そして、優しいまなざしでどうか見守っていて下さい。)

……………

祭りが終わりを迎えようとしているころ、私はご神木さまに手を当ててお礼の言葉を伝えた。普段よりもひんやりとした樹皮だったが、手のひらを通してご神木さまの思いが伝わって来るのを感じ、目を閉じる。

――ありがとう、凜。あなたたちの喜びはわたくしの喜び。しっかりと受け取りましたよ。これからもあなたたちの行動を見守っていきます。そして正しい方に導いていきます。

凜……。あなたにはもう、わたくしの言葉は必要ないでしょう。ですから、こうして言葉を交わすのもこれで最後。でも、いいこと? 直接話が出来なくても、わたくしたちは繋がっているのです。それだけは覚えておくのですよ。

「ご神木さま……。本当に、最後なんですか?」

――あなたの隣には誰がいるの? 忘れたわけではないわよね?

問われて真っ先に彼の顔が浮かぶ。
「……はい」

――あなたたちのこれからを、この場所から見ていますよ。どうか、いつまでも仲良くね。

…………りん、りん。
 遠くの方で私を呼ぶ声が聞こえる。次第次第に近く、鮮明になる。

「……凜、おい、凜!」
 はっとして目を開け、振り返る。そこにはいつの間にか斗和が立っていた。隣には橋本もいる。

「良かった。呼びかけても反応ないから、もしかして……神様んところに行こうとしてるんじゃないかと焦ったよ」

「大丈夫よ。……もう、ご神木さまとは話せない。私はこっちの世界で……斗和のそばで生きるって決めたから」

「……そうか。それなら安心だ」
 斗和は心底ほっとした様子でいった。

「……ところで、話はうまく出来たのか?」

「おかげさまで。お父さん、またこういう機会を作れるよう、前向きに考えてくれるって。そのために私も頑張ろうと思ってる」

「へえ! それだったら、おれもまたやりたいよ。今度は数も種類も増やしたいな。なにせ、こいつと野球部辞めて、クッキング部に入る流れになっちゃってるしさ。やるならとことん突き詰めたい」
 そう言うと斗和はチラリと横を見たが、橋本と目が合うと、ため息をついた。

「ええっ? 野球、辞めちゃうの?」

「やっぱりさ、平凡な能力の球児として外野に突っ立ってるより、台所で手を動かしてる方が性に合ってるんだよ、おれには」

「……そっか。斗和がお菓子作りを追求するなら、私も自分の能力を生かせるようにもっと勉強しないと」

父に告げた、神社を盛り上げていきたいという気持ちに嘘偽りはない。でも、性格的に私は前に出るタイプじゃないし、ましてイベントを企画するなんてできない。

私が好きなのは自然。この神社の境内に立つ木々の下で、さえずる小鳥たちの声を聞くのが好きだし、ご神木さまをはじめとする神々や精霊たちが棲むこの場所を守って行きたいとの思いもある。

そんな私に出来ることがあるとするならば、神社をもっと自然溢れる場所に、緑や花々でいっぱいの場所にすること。そこに人が集い、自由に自己表現をしていく。そして人が人を呼び神社はますます賑わう……。そんな思いが次第次第に湧いてくる。

思いつきを斗和に話すと、彼は「いいじゃん、凜らしくて」といった。

「それにさ、おれらには見えない世界の住人たちがいっぱい集まったら、めっちゃパワースポットになるじゃん、ここ。来るだけで何だか神のご加護がもらえそうな気がするな。うん、おれも凜のやりたいことの手伝いをするよ」

「ありがとう、斗和」

「そうだ、宣伝するなら橋本純がいるじゃないか。なあ? またイベントやる時にはブログで一言声かけを頼むよ」

急に話を振られた橋本は「ええっ?」といって大げさに手を広げた。斗和が顔の前で手を合わせる。

「頼むよ、純。一緒に転部してやるんだからさあ」

「もう、しょうがないなあ。その代わり、今度は準備の段階から斗和君のやることに協力させてよね。それまでにはおれもお菓子作りの基本くらいは覚えるから」

「分かった分かった。それでいいよ」

「ふふ。相変わらず仲がいいねえ、二人は」

橋本の恋心があまりにも美しすぎてつい見守りたくなってしまう。私はまだまだ幼なじみの域を出ないから、橋本には斗和に対する振るまい方を学ばせてもらうつもりだ。

しかし斗和は不満げに頬を膨らませた。
「あのなあ、凜。少しはおれの気持ちも考えてくれよなあ」

「ごめん、気を悪くした?」

「ああ、めっちゃ傷ついてる。一つ、わびてもらわないと気が済まないな」
 そう言うと斗和は「純、ちょっと後ろ向いてて」といって橋本を遠ざけた。橋本は文句を言いながらしぶしぶ後ろを向いた。

斗和と正面から向き合う。
「目、つぶって」
 あまりにも真剣な表情。もしかして、一発殴られるんじゃないかしら……? なんて怖い想像をしながらも言われたとおりにする。

「絶対に、目を開けるなよ」
 斗和の声がした直後。彼の吐息が顔にかかり、唇が塞がれた。思わず目を開ける。少し遅れて斗和も目を開ける。

「……開けるなって、言っただろ」
「……そんなの、無理だよ」
「……そんなに嫌だった?」
「……そうじゃない。ただ、びっくりしただけ。……私が斗和にすべきお詫びってこれのこと?」
「……だって凜がおれの気持ち、ちっとも分かってくれないから」
「……キスを受け入れたら、斗和は私を許してくれるの? これで満足なの?」
「……そういう発言がおれを分かってないって言ってるんだよ」

斗和はもう一度キスをした。まるで私に自分の愛情を分からせようとするかのように力強く。

斗和は私が思っていたよりずっと男だったと知る。もうかつてのような、ただ一緒にいるだけで満足できるような関係は終わったのだ。唇を通じ、もっと知りたい、すべてを知りたいと、斗和からの溢れる思いが私の中に流れ込んでくるようだった。

「斗和君、そのくらいにしてくれないかなあ。正直おれ、見てらんないよ」
 橋本の声がして斗和はぱっと私から離れた。もしかして、見られてた……? 私は恥ずかしさのあまり顔を覆った。

斗和もそう感じたのだろう、照れ隠しをするかのように、
「後ろ向いてろって言っただろうが!」
 と言い放った。

「いつまでもそうしてるわけないじゃん。……ああ、おれにはしてくれないのに、後藤さんにはしちゃうんだ、キス」

「だー! もう! お前の唇にはおれの手作り菓子をくれてやるよ! それが……キスの代わり!」

「納得いかないなあ……。どうしてこんなにも求めているのにわかり合えないのか」

「それなあ、分かるよー? おれも同じ気持ちだもん。でも……わりぃな。やっぱりお前とは相思相愛になれないんだ」

「……それって、私のせい?」

「ちゃんと」恋愛できない私がこの関係をややこしくしているように思えてそう問うてみる。それに答えたのは橋本だ。

「ううん、たぶん後藤さんがいなかったとしても、おれの斗和君への思いは届かない。おれが一番分かってるんだ……。このもどかしさは、いつでもそばにいられる後藤さんには分かるはずもない。

 ……いっそ突き放してくれたらすっぱり諦められるかもしれない、って何度思ったことか。なのに、斗和君は優しいでしょう? だからこっちも甘えてしまうんだけど、どうあがいても受け容れてはもらえない。永遠の片思いは辛いよ」

「橋本……」

「あー、でもおれはラッキーな方だと思ってる。正直な想いを伝えたあともこうやって斗和君のそばにいる機会をもらえてるんだから。まあ、キスの現場を目撃したのはあまりいい気分じゃなかったけど、おれはこれからも斗和君と友だち以上の友だちでいさせてもらうつもり。後藤さんたちがどんな関係になろうともね」

橋本のぶれない思いを聞かされ、また鋭い視線からも私は「恋敵こいがたき」と見なされているんだと感じた。けれども私自身は、斗和に唇を奪われてようやく斗和への恋心が成長し始めたところだ。

さすがに、唐突のキス(しかも二回!)には私の心もときめいた。いまだに、斗和に対してこれまで感じたことのない心臓の高鳴りを感じている。もはや触れあえるほどの距離に立っているだけで恥じらう。

(これが恋する心なのね……。)

橋本がこの胸の痛みをずっと感じてきたのだと思うと切なくなった。私には痛みを取り除くことは出来ないけれど、こんなにも素直で正直な橋本にはきっと神様のご加護がある。ご神木さまの下でありのままの自分をさらけ出せる人にはきっと。

「橋本。斗和。二人がいてくれて本当に良かった。誰が誰を好きとか好きになれないとか、そういうのは関係なく、二人は私の恩人。本当にありがとう。出来ればこれからもこんなふうに付き合っていきたいな」

私が言うと、二人は顔を見合わせてため息をついた。

「やれやれ、これだから凜は……。やっぱ、ちょっとずれてるよなあ。ま、それが凜でもあるんだけど」

「なんていうか、後藤さんの言葉を聞くとこっちの怒りとか嫉妬心とか、そういう思いを抱いてるのが馬鹿らしく思えてくるんだよねえ。そこが斗和君を惹きつけるのかな……」

「えー? 私、何かおかしなこと言ったかな?」
 戸惑っていると斗和が顔の前で右手を振った。

「いいの、いいの。凜はそれで」

「そうそう。後藤さんがそんなだから、きっとおれも斗和君とこうしていられるんだろうなって思うし。だからこれからもその調子でよろしくー」

「うん。だって凜はやっとこっちの世界の人間として生きる決意をしたんだ、こっちでの生き方はこれからおれが教えてやるって」

言われてようやく、私はこれまで見えない世界の世界観で物事を考えていたのだと自覚する。けれど、現実世界で生きて行くには、こちらの世界の規則や考え方も知っておかなければいけない。鶴見さんのように縛られすぎてはいけないけれど、何も知らなくても生きづらいのだ。

「そうだね。どうかお手柔らかに、ご指導お願いします」
 私がかしこまって言うと二人はまた顔を見合わせ、今度は口を大きく開けて笑った。

続きはこちら(#15)次回は最終回です!

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