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【連載小説】「愛のカタチ」#13 橋本クンの愛情

前回のお話(#12)はこちら
焼け落ちた神木は、願いを聞き届ける力を一時的に失った。凜は、例年通りの祭りは出来ないと父に訴えるが聞き入れてもらえない。しかし斗和が妙案をひらめき、神事無しの賑やかな祭りで良ければやろうと提案する。人が集まれば神様も喜び、回復が早まるかもしれない。そんな思いから、凜も自分の口でクラスメイトに神社の祭りに来て欲しいと呼びかける。


 斗和

 凜がみんなに話した日の晩からクッキー生地の準備をし、翌日には数百個のひとくちクッキーができあがった。もはやおれの小遣いはすっからかんだけど、それでも構わなかった。

 祭り当日に心配されていた台風も、当初の進路から東に大きく逸れたため、朝から晴天に恵まれることとなった。これも神のご加護のたまものか。おれは学校へ行く前にも神木へ感謝の祈りを捧げ、帰宅して祭りの準備を始める時も見守ってくれるよう頼んだ。

「斗和がこんなにもご神木さまを信仰してくれるなんてね。私、嬉しいな」

 神木のそばに簡単な店(テーブルにクッキーの乗った皿を置くだけ!)を出しながら凜が言った。

 確かに、ほんの数日前「神よりもおれを信じろ」などと、それこそ神への冒涜ぼうとくとも取られかねない発言をしたおれが、あろうことかその神に感謝したり祈ったりしてるんだから、凜がそんなふうに言うのも当然だった。

 しかし特別な心境の変化があったわけではない。おれ自身にも分からないが、あの雨の日を境に何かが変わったことだけは言える。うまく表現できないけれど、神の気配を感じるような気がするのだ。そのせいかすべてが上手くいくように思えるし、実際そうなっているから感謝もする。それだけの話なのだ。

「たーかの」

 二人で話していると、突然名前を呼ばれた。恋人を呼ぶような甘ったるい声を出すやつは、おれの知る限り一人しかいない。

「橋本。もう来たの? 祭りの時間はまだだぜ?」

「いや、おれは遊びに来たんじゃなくて手伝いに来たんだよ。二人じゃさばききれないかもしれないと思って」

「……お前、本音を隠してるだろ」

 手伝いに来た、といった橋本だが、怖いくらいに凜を凝視しているのを見てすぐに悟った。こいつはおれたちを「邪魔」しに来たんだ、と。

 橋本は素直に言う。

「隠してなんかないよ。おれが手伝いに来た理由は高野のことが大好きだから。少しでも一緒にいたいんだよ。それ以外の理由がいるの?」

「うっ……」

「おれ、まだ諦めてないからね。フラれたって、好きな気持ちは簡単に消せるもんじゃないんだ」

「まあ……お前の気持ちはよく分かる。でも、それはおれだって一緒だよ。好きなやつの力になりたい。だからこそ、ここにいるんだ」

 さあ、手伝いに来てくれたならさっそく仕事してもらうぜ。そう言って準備を促す。が、橋本はまだいい足りないようだ。

「手伝いなら半分はもう終わってるようなもんさ。おれがどれだけ本気で高野の力になりたいと思ってるか、今に分かる」

「どういう……意味だ……?」

 橋本はにやりと笑っただけでそれ以上は何も言わなかった。が、数十分後、おれはその言葉の意味を知ることとなる。

    ☆

 午後五時。祭り開始時刻を迎えた。凜や彼女の父親が身内に呼びかけはしたものの、祭り中止の知らせは市内・町内に緊急で回されている。どれほどの人出があるか、おれには想像もつかなかった。

 が、おれの心配をよそに、時間を過ぎたとたん、制服を着た女子中学生や女子高生が吸い込まれるようにこちらへやってきた。そしておれたちを見つけるなり走り寄ってくる。

「私、ハルコです。あなたがジュンジュンさん……ですよね? いつもブログ見てます! あのお、神社に寄付したらクッキーもらえるって本当ですか?」

 ハルコと名乗った女子高生らしき人物は、橋本にそう話しかけた。

「あ、ハルコさん、いつもコメントありがとう。そう、おれがジュンジュン。寄付したらクッキーもらえるって話は本当だよ。ちなみにこのクッキーを焼いたのはこちらのTくん。いつもおれに菓子を焼いてくれる人」

「きゃー! 本物だ! 思ってたよりずっとイケメン!! んもー、寄付金多めにしちゃお!」

 「ハルコさん」は、大興奮しながら寄付金箱に千円札を入れた。唖然としていると、隣の橋本に肘で小突かれる。

「ここはTくんから渡さなきゃ」

「お?! そ、そうだよな……」

 言われるがままにクッキーの入った袋を手渡す。

「今日は来てくれてありがとう。……あのお、一つ聞いていい? ジュンジュンのブログにはおれのこと、なんて書いてあるの?」

「そりゃあもう、Tくんへの気持ちが爆発してる内容で。ジュンジュンのために作ってるんですよね? ジュンジュン、いつも大絶賛してますよ、T君のお菓子。いつか食べてみたいなあって思ってたんですよ。だから今日は食べられるチャンスと聞いて、学校が終わったその足で、友だち誘って来ちゃったんです!」

「ってことは、今日、ここでクッキーを配ることがブログに?」

「そうです。あー、『当日行きます』って何件もコメント欄に書いてあったから、このあと何人も来るんじゃないかなあ?」

 その言葉どおり、気づけば続々と同年代の男女がやってきて列をつくった。こんなに人が、しかも見ず知らずの十代が集まるなんて。

「……橋本。お前、すげえな」

「ふふ。見直した?」

「見直すも何も……。お前の愛情には正直感動してる」

「ほんと? 気持ちが揺らぎそう?」

「……そういう方向にはならないんだけど、友情は間違いなく固くなったね」

「友情かあ……」
 橋本はがっくりと肩を落とした。

「まあ、落ち込むな。その代わりといっちゃあなんだけど」

「え、なになに?」

「えーとぉー……」
 おれは少しじらすように間をおいて言う。

「お前のこと、これからはじゅんって呼んでやるよ。おれのことも斗和って呼んでくれていいから、それで勘弁して」

「ええっ! ずうっと斗和って呼んでみたかったんだあ! ありがとう、斗和ー!」

「こら、人前で抱きつくな!」

 しかし、恥ずかしいと感じるおれの気持ちに反し、「ジュンジュン」のブログを見て集まってきた人たちは、おれたちのこんな姿にむしろ癒やされているようだった。

 彼らはきっと、男が男を好きになる、「普通じゃない」とされることに対して理解があるのだ。そうでもなけりゃ、こんなにものほほんとした空気に包まれるはずがない。なによりも、おれの反対側の隣にいる凜が「そっち系」だから争いや同性愛に対する嫌悪感けんおかんは生まれようがなかった。挙げ句の果てに、

「すごいよねえ、橋本って。私にはそんな大胆なこと、出来ないよー」

 と言い出すから始末に負えない。

(あのさ、凜。おれたち、恋人同士になったんだよな……? おれは汗臭い橋本より、いい匂いの凜に抱かれたいのに……!)

 そうこうしているうちに用意していたクッキーはなくなってしまった。それでもおれたち見たさにやってくる人があり、彼らは喜んで寄付金を入れていってくれた。

 それだけじゃない。おれたちのクラスの芸術肌の連中のパフォーマンスが始まると、神社の境内はたちまちライブ会場と化して若者たちの熱狂に包まれた。日が暮れた境内にともされた外灯下でのパフォーマンスは雰囲気もばっちりだ。これぞ「祭り」と言っても過言ではない。

 おれたちの呼びかけ一つでこれだけの人が、笑顔が集まった。たとえ厳かな儀式が出来なくても、神に願いを叶えてもらおうとしなくても、おれたちはこんなにも「今」を楽しむことが出来る。それだけで十分じゃないだろうか。

「今日はありがとう。見ろよ、こんなにたくさんの人が集まったのもおまえの……純のお陰だよ」

 一通りの役目を終えたおれと橋本は、境内の端から「祭り」の様子を眺めている。名前で呼ばれた橋本は少し照れくさそうに笑った。

「斗和君が喜んでくれておれも嬉しい。それに、これまでブログを書いてきて良かったなあと思ってるとこ」

「まさか、おれの菓子の感想を書いていたとはなあ……」

「あー、『お菓子』のことで一つ、話があるんだけど……」
 橋本は少しためらってから、

「……一緒に野球部辞めて、クッキング部に入らない?」
 と言った。

「……は?」

 愛の告白のとき同様、こいつはまたしても突拍子もないことをいう。橋本は間髪を入れずに続ける。

「実を言うと、ずっと悩んでたんだ。男らしく振る舞って野球を続けるのはどうなんだろうって。もちろん、斗和君と出会えたのは野球のお陰だし、やってて良かったとも思ってる。けどね、告白しちゃってからある意味吹っ切れたっていうか、もっとおれらしく生きてもいいよねって思えるようになったんだよね。周りからどう見られてもいいやって感覚」

「ああ……。その感覚、少し、分かる気がする」

 おれ自身も実際には菓子作りが趣味なのに、表面上は周りの男子と一緒になって白球を追いかけては「男ってこういうもんでしょ」みたいに振る舞ってきた。だけど本当は、ユニフォームを泥で汚すよりもエプロンを小麦粉で汚す方がずっと好きなのだ。

 おれが同調したからか、橋本の表情がぱっと明るくなる。

「なら、転部しちゃおうよ。二人一緒ならそこまで恥ずかしくもないし、斗和君は文化祭の件もあるからすんなり受け入れてもらえそうじゃん? 何よりおれは、斗和君のそばにいられておいしいものが食べられる。こんなにいいことはないと思ってるんだよね。まあ、おれは作るの、あんまり得意じゃないけどきっと楽しめるって信じてる」

 そう語る橋本はリラックスした様子だった。自分に正直になって生きるとこういう表情になるんだな……。少しだけ、橋本が格好良く見えた。

「いいよ。おれも野球部辞める。ただし、念のためいっとくけど、お前が好きだからって理由じゃねえから。あくまでも、料理するのが目的な!」

「わかってるって。でも嬉しいなあ!」

 橋本はすっと寄り添っておれの腕をつかんだ。一瞬押しのけそうになったが、いつだったか、突き放した時に見た顔がよみがえってきたのでやめた。

「はあ……。もういいやー」

 橋本はおれの思い人が凜であることを知ってるし、男を好きになるなんてあり得ないことも分かってる。その上でおれと接触できる絶妙な距離感を保とうとしているように思えた。

「男に生まれて、お前も大変だよなあ……」
 おれは、しばらくこの時間を許すことにした。

「斗和君、ありがとう……」
 橋本がなんとも幸せそうな声で言った。

「やれやれ……」
 ため息をつき、天を見上げる。

(凜のやつ、ちゃんと話せてるのかな……。うまくいってなかったら正直、恨むぜ?)

 おれは神社のどこかにいるであろう凜に思いをはせた。


続きはこちら(#14)から


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