【連載小説】#6「あっとほーむ ~幸せに続く道~」神様に導かれて
前回のお話(#5)はこちら
六
めぐと並んで歩くのはクリスマス以来だ。あの時は初めてのデートで緊張していたから、正直何を話したのかも覚えていない。しかし今は、酒が入っているせいもあってリラックスした気分で隣を歩けている。
外の空気は冬らしく凜としているが、風はなく、日差しの暖かさが心地よい。道沿いの家の縁側で丸まっている猫を見て、あんなふうにひなたぼっこしたら気持ちいいんだろうな、と思う。
繋いだめぐの手は冷たかった。
「悠くんの手、あったかいね」
「だろ? カイロいらずだ」
早く温めてやりたくて、ダウンジャケットのポケットに繋いだ手ごと突っ込む。めぐは嬉しそうに微笑んだ。今なら何でも答えてくれそうなくらいにご機嫌な様子だ。
「一つ聞いてもいい? どうしても知りたいことがあるんだ」
思い切って問うてみる。めぐは目をキラキラさせながら「なに?」と返事をした。おれは躊躇うことなく一息に告げる。
「おれと翼、どっちが好きなんだ? めぐの、本当の気持ちを教えて欲しい」
「本当の気持ち……」
めぐは困ったようにうつむいた。少しの間黙っていたが、やがて意を決したように言う。
「正直に言えば、どっちも好き。だって、好きだよって言われて嬉しくないわけないもん。名前の通り、わたしは本当に恵まれてるなあって思ってる。……悠くんのことは大好きだし、パパやママにも言ったように結婚出来たら嬉しいなって思う。だけど、翼くんのことも同じくらい好きなんだ……。これって、わがままなのかな。二人とも好き、じゃいけないのかな……」
「そうか……」
「怒ってる……?」
「いいや」
ある程度は予想していたから、驚きはしなかった。けれど、めぐの心が二分しているならこの闘いは一層厳しいものになるだろう。めぐが静かに続ける。
「……ママもそうだったって。高校生の時、悠くんとパパの二人に愛されてた間は、どっちの気持ちに応えたらいいか分からずに辛かったって。……血は繋がってないけど、その話を聞いた時、わたしたちはやっぱり親子なんだなぁって思ったよね」
最初に映璃と付き合っていたのはおれだった。だけど、あの時のおれは映璃よりもスイミング優先で、寂しがるあいつの心を埋めてくれた彰博に気持ちが移ったのは自然な流れだった。なんとか挽回しようと頑張ってはみたものの、映璃を苦しめただけで復縁が叶うことはなかった。その映璃と、一時的とはいえ一つ屋根の下で暮らし、さらには彼女の娘を愛して家族になろうというのだから、人生分からないものだ。
「……確かに翼はいいやつだ。めぐの気持ちも分からないではない。だけど……おれはめぐと家族になりたい。だから……おれだけを愛してくれないか」
「悠くん……」
「まぁ、どちらか一方に決めるのはずっと先で構わないよ。なにせ、めぐはまだ高校生なんだ、今は高校生活を満喫した方がいい。どんなに戻りたくたって、過ぎてしまったらもう二度とは戻れないんだから」
「……悠くんは楽しかった? 高校の三年間は」
「ああ。色々あったけど充実してたよ。そして、あの頃の出会いや経験、選択や決断があったからおれは今、ここにいられる。すべてが今に繋がってる。無駄なことなんて一つもない。そう思うんだ」
「そっか……。もっと聞いてみたいな、悠くんの高校時代の話。今後の参考にしたいし」
「えー? 参考になるかは分からないけど、しゃーねぇなぁ。栄冠を勝ち取った話だけな」
めぐにせっつかれる形で、30年前の出来事をぽつりぽつりと話す。もうとっくに忘れていたはずなのに、一つ話すたびに次々と記憶がよみがえってくるから不思議だ。ここ何年も、あの頃のふがいなかった記憶しか思い出せなかったが、こうして話してみると、おれも意外と頑張っていたんだな、といい気分になる。めぐも喜んでくれたようだ。
話しているうちに、普段はあまり来ないところまで足を伸ばしてしまったことに気づく。馴染みのない場所で戸惑っていると、めぐに手を引かれる。
「おみくじ、引いていこうよ!」
大きな鳥居があった。入り口には「春日部神社」と書かれている。近所にこんな神社があったとは知らなかった。
「ここ、わたしの友達んちの神社なんだ。おみくじがよく当たることで有名なんだよ」
元日ということもあって、境内は参拝客で混み合っていた。しかしこうしてめぐと二人でいる時間はちっとも長く感じないものだ。
ようやく本殿にたどり着き、参拝を済ませた足でおみくじを引きにいく。めぐはくじを選ぶようにして、おれは最初に触ったくじを迷わずに引く。
「わぁっ、大吉! 最高の一年になります、だって! 悠くんは?」
飛び上がって喜ぶめぐに手元を覗かれる。
「まぁ、待て。おれのほうは……」
丁寧に折られたくじを開く。
「……中吉だってさ。まぁ、悪くないな」
いいながら、自然と目が『恋愛』の項目を探す。あった。文言を読んだおれは思わず「あっ」と声を出す。
――『勇気を持って行動すれば必ず勝利する』
その文字をじっと見つめ、噛みしめる。横からのぞき込んだめぐが文章を読み上げる。
「『勇気を持って行動すれば必ず勝利する』だって。いいこと、書いてあるね!」
「だな……」
神には見放されていると思っていた時期もあるが、この八年に限っていえば、見守られ、導かれているという実感がある。この神社にたどり着いたのもきっとそう。おれは来るべくしてここへ来たのだ。
「ここのおみくじ、よく当たるって言ったな?」
「うん。あそこのご神木に手を合わせると、もっとご利益があるって聞いたよ」
「そうか」
めぐが指さした先に神木があった。柵で囲まれた神木の根元には、たくさんの賽銭が投げ込まれている。そればかりか、柵にはお礼の手紙が数え切れないほど結ばれている。
先例にならい、賽銭を投じる。そして手を合わせ、時間をかけて祈る。
(神様。いつも見守ってくださってありがとうございます。おれはこの土地で、新しい家庭を築きたいんです。どうか背中を押して下さい。前に進む勇気を下さい……。)
風もないのに、前髪がふわりと揺れるのを感じた。おれの願いに神が応えたかのようだった。
「めぐは、神様の存在を信じる?」
手を合わせたまま問うと、めぐはぺろりと舌を出した。
「願いが叶った時だけね。薄情かな……? 悠くんは?」
「おれはいつでも信じてるよ。……この神社にもたくさんの神様がいる。そよぐ風、木漏れ日、神聖な空気。これってみんな、神様からの贈り物なんだ。それを受け取ることで、おれたちは今日も生きていられるんだよ」
めぐは感心したように深くうなずく。それを見て、さらに続ける。
「神様だけじゃない。先祖や死んだ家族も見守ってくれてる。……別に見えるわけじゃないけど、感じるんだ」
「……そうだね。わたし、悠くんとの出会いは神様のはからいだと思ってるの。パパやママから聞いたけど、わたしと出会う少し前までずっと音信不通だったんでしょう?」
「ああ。親父からお袋の余命がわずかかもしれないと連絡をもらったケータイは、十年間、電源を切ったままだった。存在も忘れてた。それが突然、部屋の隅からでてきて、充電したらそのタイミングで電話が鳴ったんだ」
あの時ほど、運命を感じた瞬間はない。そう。おれは故郷へ呼び戻されたのだ。何らかの強い力によって。お陰でめぐと出会い、こうして想い合っている……。神に導かれたとしか言いようがない。
「めぐとの出会いがあったから、おれは今日まで生きてこられたんだ。めぐは……おれにとっての神様みたいな存在。だからこれからも……ずっと一緒に生きていきたいんだ」
「うん。ずっと一緒だよ」
そう言ってめぐは笑った。
(続きはこちら(#7)から読めます!)
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