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SS【占い師?】


久しぶりにショッピングモールへやってきたぼくは、その一角に新しく占いコーナーができていることに気づいた。

小さな立て札には「私は未来を切り開く」と書かれている。


占いは特に好きというわけでもなかったが、一人暮らしが長く、そろそろ彼女がほしいと思っていたぼくは、新しい出会いでも占ってもらおうかと声をかけた。


「こんにちは」


「どうぞおかけ下さい」


綿密に計算されたような美しい笑顔の女性。四十代半ばくらいだろうか。

テーブルの上には筒状の透明なケースに入った細い棒状のものが無数に見える。おそらく占いに使うのだろう。

ぼくは彼女に対し、占い師というより事務的な雰囲気を覚えた。


「どんな占いですか?」


「占いではありません」


「え?」


「人生相談みたいなものです」


「え? じゃあその透明なケースに入っているものは?」


「これは1.6ミリ、茹で時間7分のパスタです」


「それをどう使うんですか?」


「私は主食がパスタで、とくにペペロンチーノが大好きなんです。近くに置いておかないと落ち着かなくて」


「はあ、お守りみたいなものですか?」


「はい。主食であり、心のお守りです」



ぼくは思った。

そばにパスタがないと心が安定しないほど繊細なのに、他人に人生のアドバイスなどできるのだろうかと。

いや、むしろこの繊細さがあるからこそ、他人の気持ちに寄り添うことができるのかもしれない。


「あの、ちなみに料金はどれくらいですか?」


「いえいえ、もちろん無料です」


ぼくは驚いた。まさかタダとは予想もしていなかった。

料金が書かれていない商品は高いと思い込んでいたが、どうやら違うようだ。


彼女はまっすぐぼくの方を見て言った。


「ではそろそろ始めてもよろしいですか?」


「は、はい。お願いします」


彼女は早口で語り始めた。


「私は物心ついた時には母親がいませんでした。父親は毎日のように酒を飲んでは暴れ、警察のお世話になることもしばしばありました。仕事も続かず生活はこんきゅうするばかり。それでも私が働いてなんとかやっていました。でも新しい母親がやってくると事態は悪化しました。新しくやってきた意地悪な母親は、私が邪魔だと追い出したのです。私は頼れる人も無く、ホームレス生活を経験しました。今は住み込みで新聞配達のバイトで生活しています。生活はできます。でも時々過去のトラウマが蘇ってきて辛くなるんです。強く生きるために何かアドバイスをお願いします」



ぼくは「お前が相談するんかーーい!!」とつっこみたい気持ちを必死に抑えながら、彼女をおいしいと評判のパスタの店に誘った。



それから数年が過ぎ、ぼくは今、自宅でパスタを茹でている。

今日もおいしいペペロンチーノを、大切な人に食べてもらうために。


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