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SS【酒癖の悪い男】
繁華街のスナックで他の客に悪態をつく中年の男がいた。
「おい!! 俺は帰るぞ。タクシーを呼べ」
ママが「はいはい」と返して電話すると、すぐにタクシーがやってきた。
酒癖の悪い男が店から出て行くと、ママはお客一人一人に謝ってまわった。それからニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
フラフラしながらタクシーに乗り込む男。
「おい!! とりあえず走れ!!」
「はあ」
「おい!! カラオケ入れろ!!」
「お客さん、そんなのないですよ。今夜はだいぶ飲まれましたね」
「飲んだら悪いのか? ああ!?」
男は運転席を何度も蹴った。
「あっ、お客さん!! 危ないからやめて下さい!!」
「おい!! そこ右だ!!」
「急には曲がれませんよ。目的地はどこですか?」
「お前、俺に指図するのか? 俺が誰だか知っているのか?」
男はそう言うと運転手の髪を引っ張った。
すると運転手はニヤリと笑った。
バックミラーでそれを見た男がまた吠える。
「なめてんのか? お前・・・・・・俺もたまには暴れたいからよ。やるか? お前なんか一発だぞ。先に一発殴らせてやるよ!!」
「お客さん。私は嬉しいですよ。実は私にはノルマがありましてね。こうしてたまに地上へやってきては人間の振りをして食糧を調達しにくるんですよ。そうしないと家族が飢えてしまいますんでね。でも私たちにも情ってものがございます。生きるためとはいえ人間をさらって殺すのはかわいそうという気持ちも少しはあるんですよ」
道路を走っていたはずのタクシーは、まるで底無し沼にハマったかのように地中へと沈んでいく。
「は・・・はあ? な、何言ってるんだてめえ。お、おい!! これはどうなってる!?」
「お客さんのような人間は最高ですよ。あまり同情もしなくていいですしね。それによく見るといい身体してますね。力仕事ですか? いい感じに肉がついてる。これはきっと子どもたちも喜びます」
「おい・・・・・・ここはどこだ」
「お客さん・・・・・・ここは地の底、奈落ですよ。私どもは人間たちから鬼などと呼ばれています。おーーい帰ったぞ!! 今日は肉が獲れた」
どこからともなくゾロゾロと現れる家族たち。
その中でもひときわ大きい、タクシーの何倍もある鬼が上から男を見下ろした。
鬼のような形相などという言葉があるが、その本物が牙をむいて男を睨みつけている。
「ちょっとあんた!! また一人だけかい? たまには五、六人くらいさらってきなさいよ!! 子どもらは食べ盛りなんだから」
「まあそう言うなよ。肉のつき方はいいんだ」
男はすっかり酔いも覚めて小便を漏らす始末。
男はママに電話させてくれと泣いた。
俺が悪かったと。
すると運転手は帽子を取り、二本生えている小さなツノのうちの一本を指でつまみながら言った。
「あそこのママとは知り合いでね。たまに酒をくれるし、こうしておいしい食糧も分けてくれる。ママも迷惑な客を処分できるからお互いウィンウィンというわけさ。私らは肉と酒が好物だけど、やっぱり人間の肉が一番うまい」
「おい、助けてくれよ・・・・・・」
「母さん!! 私がさらってきたんだから片脚はもらうぞ」
「私はあんたみたいに食い意地はってないわよ。脳みそと肝臓、それに酒があれば十分よ!!」
男はヨダレを垂らした鬼たちに囲まれながら自分の酒癖の悪さを悔いた。
終
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