散文【隙だらけの男】
昔からぼくは知らない人によく話しかけられる。
たとえばコンビニで弁当を選んでいると、隣にいる知らないオバチャンが話しかけてくる。
「ねえねえ、あなたどう思う?」
「え? え?」
「うちにあなたくらいの息子がいるのよ。でね、適当に弁当買ってきてっていうんだけど、どれがいいと思う?」
「うーーん、この中だったら、おろしハンバーグ弁当ですかね」
息子さんの好みなど知るはずもないが、とりあえず自分だったら選ぶであろう弁当を答えるぼく。
「ええ? 私はこっちの煮物入ってる方がいいと思うけどな」
じゃあなんで聞いたんだよと思いながら「アハハ」と笑うぼく。
ある時はスーパーでジャガイモの詰め放題をしていると、同じく横で詰めている知らないオバチャンからこう言われる。
「ちょっとあんた!! それ、もっと入る!! もっと入る!!」
ぼくの中ではもう満足だったが、オバチャンには納得いかないようだ。
同じくスーパーで、近所のボロアパートに引っ越してきて間もないオジサンが近寄ってきてこう言った。
「ちょっとお聞きしたいんだけど、お寺に駐車場はある?」
「え? え?」
どこのお寺だよ? と思いながら詳しく聞くぼく。
本人もどこのお寺か分からないようだ。
ぼくは白目になった。
またある時は散歩していると、前から歩いてきた知らないオジサンがこう言った。
「兄さん!! 兄さん!! ここから一番近いパチンコ屋はどこ?」
ぼくは一番近い店と、二番目に近い店を教えてあげた。
どちらもあまり客の入らない今にも潰れそうな店だ。
おそらくカモにされるだけだろう。
でもぼくは間違ったことは言ってない。
ぼく自身パチンコはしないので、おいしい情報もない。
またある時は徒歩でのジム帰りに信号待ちをしていると、車に乗った知らない若い女性が声をかけてきた。
助手席には彼氏か旦那さんが乗っている。
「すいません。総合体育館ってどこですか?」
ぼくは一瞬固まった。
灯台下暗しとはこのことだ。
ぼくは目の前の大きなアーチ型の屋根を指差し言った。
「あれ」
またある時は老夫婦。
「地元の方ですか? この辺りにおいしい魚を食べれる店はないですか?」
ぼくはいいなーーと思った。
老後は食べ歩きを楽しむのも悪くない。
まあ、こんな感じであげていけばキリがない。
道を聞かれるのは昔からよくあるが、何が言いたいのか分からない人もいる。ただ喋りたいだけなのかもしれない。
ぼくはよほど隙だらけで話しかけやすいのかもしれない。
気さくに話しかけてくる人は嫌いじゃない。
なぜならぼくのなんでもない地味な日常に、小さな花を添えてくれるから。
終
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