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ひろみちゃんのランドセル

 ひろみちゃんのランドセルは、とても寂しそうにしていました。四月からひろみちゃんと一緒に小学校に行くことを楽しみにしていたのに、行けなくなってしまったのです。ひろみちゃんも寂しそうです。
「一緒に行きたいね」
 ひろみちゃんはランドセルをなでました。何度もなでました。新品のランドセルはぴかぴかです。
「一緒に行ったらダメなのかな」
 ランドセルは「私も一緒に行きたいよお」とひろみちゃんに言いました。でもひろみちゃんには聞こえませんでした。
 ひろみちゃんは四月から小学校一年生です。入学を祝って、冬休みにおじいちゃんとおばあちゃんが、ランドセルを買ってくれました。女の子なので赤い色です。ひろみちゃんはそれからずっと、ランドセルをベッドの枕元に置いて、一緒に小学校に行ける日を楽しみにしていました。毎日、ランドセルに話しかけました。そして、何度も背負ってみました。小さいひろみちゃんの背中にランドセルは少し大きくて、ランドセルはいつも「ごめんね、ひろみちゃん。まだちょっと大きいよね」とあやまっていました。でもひろみちゃんがとても嬉しそうにしているので、そんなひろみちゃんの姿を見ることが、ランドセルは大好きでした。
 二月に入って、小学校から、ランドセルはいらないと連絡がありました。教科書は学校に置いたままにするので、通学には横掛けの黄色いカバンを使うとのことでした。ひろみちゃんはランドセルを抱いて、
「いやだよー、一緒に行きたいよー」
 と大きな声で泣きました。ランドセルも悲しくてふるふると震えながら、一緒に泣きました。ひろみちゃんの役に立ちたいと心から思っていたランドセルにとって、一緒に行けないことは、本当につらいことでした。
 三月になって、ひろみちゃんのところに黄色いカバンがやってきました。黄色いカバンは、ランドセルとひろみちゃんが寂しそうにしているのを見て、自分がとても悪いことをしているような気持ちになりました。ランドセルに、
「きっとひろみちゃんを大切にするから」
 と言い、ひろみちゃんには「仲良くしてね」と笑いかけました。
 四月になり、ひろみちゃんは黄色いカバンと一緒に小学校に通い始めました。家に残されたランドセルは、ひろみちゃんが帰ってくるまで、寂しくて毎日泣いていました。こっそり泣いていたのに、ある日、その姿を黄色いカバンに見られてしまいました。黄色いカバンは、
「私は毎日ひろみちゃんと一緒でとても楽しいけれど、ランドセルさんは寂しいですよね。本当にごめんなさい」
 とランドセルに言いました。ランドセルは黄色いカバンの優しさがとても嬉しくて、思い切り泣きました。
 ある日曜日、ひろみちゃんのお母さんが言いました。
「ひろみちゃん、今日はランドセルと一緒に学校に行こうね」
 お母さんはランドセルにおにぎりとおかずと水筒を入れました。お母さんとランドセルを背負ったひろみちゃんが学校に着くと、校庭に、同じような子どもたちがたくさんいました。みんなとても嬉しそうにしています。ランドセルで登校できなくて寂しがっている子どもたちのために、お母さんたちが計画したのです。みんなでお弁当をひろげました。たくさん食べました。歌もたくさん歌いました。そしてみんな明るい笑顔になりました。
 ランドセルもひろみちゃんと一緒に登校できて、嬉しくてたまりませんでした。ひろみちゃんには聞こえないけれど、一緒に歌も歌いました。一緒に笑いました。ランドセルにとっても、この日は大切な思い出になりました。
 一週間後、ランドセルとひろみちゃんのお別れの日がやってきました。来年一年生になる、いとこののりこちゃんのところに、ランドセルが行くことになったのです。ひろみちゃんとお別れすることはとても悲しかったけれど、日曜日の思い出がランドセルを元気にしてくれました。突然のお別れに、今度は黄色いカバンが大きな声で泣きました。
「カバンさん、ひろみちゃんをよろしくね」
 ランドセルはそう言って、黄色いカバンを優しく見つめました。ひろみちゃんと黄色いカバンの「ありがとう」の言葉を大切に心にしまいながら、新しいお友だちになるのりこちゃんのところに、ランドセルは旅立っていきました。