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神社の長老

 郊外の小さな町に、大きな神社があります。大きな通りに面していて、人通りがたくさんあります。神社の本殿のすぐとなりに、大きないちょうの木が立っています。このあたりの長老です。そのとなりには池がありました。神社と池に住むカエル、コイ、そしていちょうの枝で休むすずめたちは、いつも優しいいちょうの長老が大好きでした。
 ともゆきとたかこは、小学校の二年生です。二人の家はおとなりで、神社の横の道を少し入ったところにあります。二人は幼なじみでとても仲良しです。小学校へは、行きも帰りも一緒に手をつないで通っています。二人の楽しみは、帰りに神社にちょっとだけ寄り道することでした。池のそばのベンチに座って、二人で歌を歌うのです。道行く人も、その声に思わず振り返るほど、元気で楽しい歌声でした。最初の頃は、二人だけでしたが、そのうち、池のカエルが一緒に歌ってくれるようになりました。「ケロケロ…」と、少し遠慮がちです。池のコイも声を合わせてくれました。口を「パクパク」っとして、小さな泡を「パチッ」とはじくのです。そして、いちょうの長老も、風に揺られて「さわさわ」と歌ってくれました。ゆったりとしていて、とても気持ちよさそうです。いちょうの木に止まっているすずめも、羽根を「パタパタ」させてリズムを刻んでくれます。二人は嬉しくて、毎日毎日ベンチで歌いました。
 ある日のこと、いつものように二人がベンチに行くと、あたりはとても静かで、足もとには、いちょうの葉がたくさん落ちていました。
「すごく静かだね。」
 ともゆきが言いました。
「いつもと違うね。」 
 たかこも言いました。そしていつものように歌いだそうとすると、池の中から、いつも以上に遠慮した「ケロ…」というカエルの声が聞こえました。
「カエルさんたち、どうしたの?」
 ともゆきがたずねました。
「実はね…」
 カエルの中の一匹が、小さな声で答えました。
「昨日の夜、すごい風が吹いたでしょ。そうしたら、いちょうの長老の枝が一本折れちゃったんだよ。」
 別のカエルが言いました。
「だからね、長老が弱っちゃっていてね」
 コイたちも、長老に気付かれないように、皆で口をパクパクしながらうなずきました。
「どうしたもんかと思ってね…。」
 みると、確かに長老の大きな枝が一本、ぽっきりと折れていました。
「だから、こんなに葉がたくさん落ちているのね。」
 たかこは長老のそばに行って、そっと幹をなでました。
「僕たちにまかせて。」
 ともゆきは言って、たかこを引っ張りました。
「今日は帰るね。」
 ともゆきとたかこは急いで家に帰って、二人で相談しました。
「どうする?」
「どうするの?」
 すぐには良い考えは浮かびませんでした。
 何日か過ぎて、二人はベンチに向かいました。そしてカエルたちに言いました。
「いちょうさんは、僕たちの歌が大好きだったよね。だからね、いつも通り、みんなで大きな声で歌えばいいんだよ。」
「みんなで歌えば、いちょうさんも元気でるよ。今日はみんなで音楽会よ。」
 二人の明るくて元気な声に、カエルたち、コイたち、そしてすずめたちも大きくうなずきました。
「いい?いつも通りね。」
 ともゆきのかけ声で、みんなの大合唱が始まりました。今までこんなに大きな声で歌ったことがないくらい、頑張りました。あまりのにぎやかさに、通りすがりの人たちが驚いて見ています。そして神社も、大好きな長老のために、ここぞとばかりに「じゃらんじゃらん」と鈴を鳴らしました。気持ちのよい風が吹いて、いちょうの長老をなでていきました。枝が折れてからずっと、どうしても元気になれなかった長老は、みんなが励ましてくれることがだんだんと嬉しくなってきて、そしてとうとう「さわさわさわ」と歌い始めました。ともゆきとたかこもそれを聞いてとても嬉しくなりました。カエルとコイとすずめ、そして、今日は神社の鈴も参加して、急に始まった音楽会は、いつもよりも長く、そして、いつもよりもにぎやかに続きました。