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.とても浅瀬な参拝

気が付いたら2024年も終わってしまいそうですね。

noteの投稿を最後に行ったのは今年の夏頃で、それから暫くnoteの中で文字を打ち込む指は止まっていました。

今年は趣味の写真というより、手段の写真ばかり撮影していたような気がします。

それはさておき、年内にあと一本ぐらいは記事を書き残したくなったので、2024年ラストは鎌倉への参拝記録などを買いて終わらせてみたいと思います。

遡ること11月某日。

北鎌倉駅辺りをうろつくと、どうも異世界っぽさを感じてしまいます。

駅の雰囲気とか、駅から見える景色ひとつひとつがやっぱり普段と見ている駅からの景色と似ているようで絶妙に違う点が多いからなのでしょうか。
そんな微々たる変化に思考が追い付かずに、大袈裟に語彙を失うと異世界という表現に辿り着きます。

自然と人工物の密度で言えば都会でも該当する場所はあるけど、何が違うんでしょう。
そう思いながら、歩いてると紅葉。そんな異世界こと北鎌倉駅から向かう先は明月院です。

ぼくはこの明月院へ毎年必ず参拝しに行くということを人生の目標として企てているのですが、そういう目標があると、多少遠出をする理由にもなるし、少しは写真を続ける理由にもなったりします。
写真を撮り続ける上で理由ばかり探すのが良いかは分かりませんが、このような小さな動機があるだけで一石二鳥、飛んで三鳥ぐらいには進化することも。そうなると、一概に悪いとは言えません。

北鎌倉駅から線路沿いを歩き、林だか森だかの木々に囲まれた古風な住宅街を少し進むと明月院はひょっこりと現れてくれます。
総門から垣間見える桂橋は相変わらず良いスタートを切らせてくれます。

神社仏閣という空間には、いつ来ても大きく変わらない良さというものがある気がしています。
おまけにここは人が少ない。嬉しい。

拝観料を納め、足を踏み入れた先には地を這うリンドウが広がっていました。鎌倉の県花であることを毎年忘れては覚えを繰り返しています。

桂橋を通り、今回は山門をあえて逸れながら本堂を目指しました。目指すと言うほど道のりがあるわけではありませんが。

あえて逸れたことにも特に理由はありません。
山門を目指す景色ではなく、山門までスキップしたような景色を見つつ、本堂もとい丸窓まで辿り着きました。

また今年も忘れずに来れました。

丸窓自体には季節によって移り変わる裏庭園の景色以外に変化はほとんど見受けられませんが、手前のスペースの装いがガラリと変わるのは魅力的ですよね。

今回は兎の絵が描かれた金色の屏風やそれに合わせた花々があしらわれていました。これが時期によって紫陽花と蟹にもなるし、列車の模型にもなったり。

紫陽花と蟹ってなんなんだろうって話ですが、紫陽花と蟹です。今後見ることができれば多分伝わりますので、是非紫陽花が見れる時期には足をお運びください。

本堂への参拝を終え、裏庭園も見ます。
この時期は紅葉と呼ぶにはまだ早い草木が多かったものの、ちゃんと紅く染まっている木も点在していました。視界に入る色の散らかり具合が逆に面白く感じる時もあります。

そして、何気に木を撮るのに火が尽きました。現実で木に火が付いたらアウトですが、カメラ越しで勝手に心が燃えているだけなのでセーフ。

これは本堂近くの木

明月院と言えば、六月に見頃を迎える紫陽花に彩られた明月院ブルーも有名ですが、当然ながら秋なので紫陽花は咲いているとは言えない状態です。
しかしながら、紫陽花の準備をしていそうなものや、狂い咲きっぽいものも。

これが来年、再来年と根付き咲き広がると考えると、それだけで再び訪れる理由になります。だって綺麗だもの。

ということで、1時間半ほど滞在し、今年の最初で最後の明月院を目に焼き付けながら写真も撮れました。

我なが写真を撮る上でもこの目標を飽きずに続けていますが、そもそもこのような目標を掲げながらの小旅行において写真はオマケのように考えています。
もちろん現地に行けば撮りたい欲はめっちゃ出てきますけど、写真を切り離しても空間として好きなのでオマケ。

人生を歩む上でそれぐらい好きな場所が出来たり、増えたりすると良いですよね。

観光目的のとても浅瀬な参拝客ではありますが、来年も引き続き参拝して撮影していこうと思います。

ではまた来年。

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