札幌で観光系スタートアップ企業を経営する代表の経歴書(株式会社リアラ)

札幌出身でベンチャー企業を経営しています、株式会社リアラ代表取締役の伊東義史と申します。少しだけ変わった経歴を交えて自己紹介をさせてください。

札幌で就職するつもりが、急に就職氷河期に

入学当時は新卒の超売り手市場で、先輩方も「内定なんて簡単だよ」「2桁の内定貰った」というくらい簡単に出る時代だったので「このまま地元で就職しようかな」と思っていました。

が、自分が就職活動時期になった矢先にリーマンショックが直撃。地元の民間求人は前年の1~2割に減り、ニュースでは「内定取り消し」が話題になりました。

東京で極貧生活をしながら就活

地元企業で有望な選択肢が無いなら「東京」に行こう!と、安易な考えで東京に出ることに。

練馬区の氷川台という場所にレオパレスのマンスリーアパートを3ヶ月間借りて就職活動を開始。(家賃は月12万円、マンスリーって高いんですね…)

部屋には机が無かったので、マクドナルドでハンバーガーを食べながら履歴書を書き続けていました。ちなみに夜はフライパンひとつで単価30円くらいのうどんを茹でて食べる貧乏芸人みたいな生活。ちなみにレオパレスの壁が薄すぎて、隣の部屋のテレビの音が聞こえるのは本当でした。

ウェブ系企画職なのに、防衛省に営業

その後は、ずっとウェブ・テクノロジー系の業界にいました。

株式会社ドワンゴ(現:株式会社KADOKAWA、東証プライム市場)
「ニコニコ動画」を運営し、最先端の技術によるエンターテイメントを主軸としたサービスやコンテンツ事業を展開。

最初に入った会社では天才エンジニアと個性強い同僚に囲まれて過ごしました。面白い企画を求められた結果(何を勘違いしたのか)自衛隊コンテンツというものを生み出してしまいます。

自衛隊なら推計60万人のコアなファンも居るし、他社も扱っていない。という訳の分からない根拠を元に上長に提案。防衛省の陸上自衛隊広報課に飛び込みで営業をかけ始めました。今考えても、OKを出した上長は頭がおかしいですね。(良い意味で)

防衛省としては、若い層にアプローチ出来ることから、一気に企画が進みます。起床ラッパの着信音配信、戦車のデコメ(今で言うLINEスタンプ)、富士総合火力演習というイベントの生放送、そして幕張メッセで行われる「ニコニコ超会議」に戦車を導入するという謎の企画に繋がって行きました。

他にも、当時は年間250億円の売上げがある音楽配信サービスの運用を行っていました。ジャニーズ系の配信でトラブルを起こしたり、サイトを真っ白にしたり…一通りの大失敗をしました。(当時関わった皆さまにはご迷惑をおかけしました。ちなみに今でも、私の運用力はポンコツだと思っています)

上場を経験、そして東証の鐘を叩く

メドピア株式会社(東証プライム市場)
「集合知により医療を”再発明”する」ことをミッションとして掲げる医療系ベンチャー企業。薬剤情報の提供や医師人材紹介サービスなど、専門家ネットワークを活かした各種事業を展開。

その後、東日本大震災を経て、困っている人のQOL(人生の質)を上げたいと考え始め、医療サービスのプロデューサーとして従事し、医師会員獲得とアクティブ化に取り組み始めました。

ダイレクトメール、メルマガ、広告、SEO、サイト改善…と制作会社やウェブ運用は一通り携わりましたが、とにかく地味なので割愛します。

同僚はPwC、ボスコン、トーマツ、マッキンゼーなどの超一流コンサル企業出身者が多く、「で?」「それで、どうしたいの?」という言葉に泣かされながら、数値分析やロジカルシンキングを徹底的に叩き込まれました。

そして、株式上場が現実的になってきます。上場をする時、東証では五穀豊穣を願って鐘を5回叩くのですが、その内の1回を叩かせて頂きました。それまで色々な苦労もあって、感慨深くなり、思わず電車の中で一人泣いていました。

感動から転げて地獄へ、会社の雰囲気は最悪に

上場をするということは、資金調達が出来るという大きなメリットがあります。が、一方でデメリットも多く有るんですね。

株主の意向に左右されると言うのはよく聞くと思いますが、他にも「理念に共感していないメンバーが入ってくる」という点や「競合からの攻撃が激化する」という点には注意が必要です。

上場後、競合からの攻撃で半年以上営業活動が行えない状況に陥り、社内では新しいメンバーと従来からのメンバーに軋轢が生じて雰囲気は最悪に。休職するメンバーも1割を超えてしまいました。

それまで「埼京線」という悪名高い満員電車に毎日揺られていたのですが、ふと頭を上げると、全員がスマホをいじって暗い顔をしていたんですね。そんな時に「この人達は病気でも無いけれど、本当に幸せなんだろうか」と考えたんです。

本当に"生きる"ことを垣間見る

アソビュー株式会社
「ワクワクを すべての人に」というミッションを掲げ、日常や旅先での体験を提供するウェブ予約サービスを展開。

次は遊びが仕事のフィールド。

その後は観光プロデューサーとして、中央省庁や地方自治体の観光戦略を立案するお仕事をし、バンジージャンプ、パラグライダー、SUP、サーフィン、陶芸など100回以上のアクティビティを行い、一生分の遊びを経験したんじゃないか、というくらい楽しい日々を過ごしました。

そこで一つ、心に残る経験をします。

大阪出身で屋久島に移住して山岳ガイドを営んでいる女性にお話を伺う機会が有りました。

お伺いしたご自宅は、都市部の便利さとは正反対で、ガスコンロも無ければ、インフラも十分に整っていない地域でした。「不便でしょう。でも、その方が楽しいんです」と笑うんです。

その方は都市生活の息苦しさを理解していて、自然や動植物を絡めたヒーリングセラピーに精通していました。「辛い人は、私と一緒に山で過ごすと良いと思うんですよ」なんて、初めましての私にも優しく、そして生き生きと語りかけてくれます。

そんな楽しい話が1時間頃続いた後に、脈絡無く、その瞬間が来ます。
「私、末期の癌なんですよ」
今までと変わらないトーンで、命に対する言葉が放たれます。

残された時間が短いと告げられている人が、他の誰よりも幸せそうで楽しそうだったんです。私はその瞬間を今でも忘れられないと思います。

こういう人になりたい、と。

コロナの余波を真正面で受け止め、倒れる

そしてコロナが始まります。観光産業は最も影響を受けた産業の一つで、会社の売上は前年比5%というほぼゼロに近い状態に。倒産も頭をよぎります。

社員を出向させ人件費を抑えたり、主要メンバーでコンサルティング請負を初めたり、売掛金回収と同時に、コストカットをお願いしに行ったり。集まった優秀な仲間たちを失いたくない。そんな一心でありとあらゆる施策を行いながら、毎日夜中まで仕事をしていました。

緊急事態宣言を経て、国の観光産業救済政策が始まった頃。アソビューとしても自治体案件の売上や日時指定チケットの販売で生き残れる見込みが立ちました。

一方で私の身体はボロボロで、まともにキーボードが打てない状況に。指が上手く動かず、本当に限界が来ていたんだと思います。

数億円の事業を作り、そして札幌へ

ピーディーシー株式会社
パナソニックの社内ベンチャーとして創業し、デジタルコミュニケーション分野のパイオニアとして大手デベロッパーやイオンモールなどにサイネージを提供。

東京ではスクランブルスクエアのビジョン、札幌では札幌駅地下の柱広告サイネージや、ポールタウン入り口のHIROSHIビジョンなどを手掛けています。

そんな中、リアル店舗とECサイトなどのオンラインを連携させる「OMO」と呼ばれる分野に取り組む事になりました。大手アパレルメーカーで、来店した顧客を捉え、デジタルを活用した接客を行う仕組みを構築。これが大きく成果に繋がり、数億円規模の事業となります。

一方で、この事業が本当に人を幸福にするんだろうか、という疑問が自分の中に常に有りました。「人に対して貢献出来るお仕事をしたい」というモヤモヤの中、家族の手術を期に札幌に戻ることを決断します。

人生が楽しいと思える世の中を作りたい

立ち返って「人生って楽しいな」と思える社会を作りたいと思いました。この軸はずっと変わっていないのかもしれません。

株式会社リアラ
マーケティング、デザイン、ウェブ技術を強みとし、観光産業を主軸としたアドベンチャートラベル、宿泊分野などのコルサンディングに取り組む。
https://i-reala.com/

現在は宿泊施設の集客支援や、中小企業のデジタル化支援を行っています。良いマインドを持った従業員2名にも恵まれていますが、まだスタートアップフェーズ。成長過程です。多くの方の支援無くして成り立ちません。

こんな私ですが、もしお話してみたいという方がいましたら、お気軽にご連絡ください。こちらからお待ちしています。

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