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#533 『知識をアップデートする』ことは、『時代に合わせる』ことではない

 中国を歴史上初めて統一した秦の始皇帝は、永遠の命を求めて水銀を摂取していたと伝えられています。瀉血(しゃけつ)は、人体の血液を外部に排出させることで症状の改善を求める治療法です。古くは中世〜近代の西欧でさかんに行われていましたが、現代医学的見地から見ると、その効果はほとんどありません。 

 現代医学が発達するまで、過去の治療法の多くには科学的根拠はなかったと言えます。『世にも危険な医療の世界史』という本の中では、悍ましいほど危険な治療法が描かれています。今の私たちから見れば、それは医療行為ではなく、殺人行為と考えられるものも少なくありません。医学的根拠を持たない治療法を受けられる人が、今の現代でどれだけいるでしょうか?  https://books.bunshun.jp/articles/-/8259


 『何でも時代に合わせることが正解とは思わない。走り込みを重視した指導法は堅持したい【76歳名将の高校野球論】』という記事を見つけました。

 現在、専修大松戸高校の野球部監督である持丸修一氏は長年高校野球の指導者として活躍。数多くの選手を指導し、甲子園にも幾度となく出場し、高校野球界では「名将」と呼ばれています。そんな彼が、指導法について、「時代に合わせることが全てではない」と語っています。 

 時代が変わり、労力に見合わない、痩せて必要な筋肉まで落ちてしまう、などなどさまざまな意見が出てきています。この考え方は高校野球界にも浸透しつつあり、以前と比べると高校生の走り込みの量は減っている印象です。
 それでも私は走り込みを重視した指導法を堅持したい。経験を重ねたプロの一流選手ならば、走り込みをせずとも別の方法でレベルアップすることが可能かもしれません。それは、自分の体のことを知り尽くしているからで、だからこそ一流になりえたとも言えます。では、高校生レベルではどうでしょうか。長い指導歴の中で、理屈抜きで有用だと思っていることもある。新しいことも取り入れますが、何でも時代に合わせることが正解ではないはずです。 

 気をつけなければならないのは、この「時代に合わせる」という言葉の持つ意味を履き違えてはならないということです。言うなれば、「思想の変遷」と「科学の進歩」の違いを理解するべきであるということ。 
 
 私たちの世界は、(自然科学的な)客観的事実と、(人々の)思想によって構成されています。  地球は丸い、水銀は健康によくない、人はいづれ死ぬ。これらは前者に当たります。 人権は大事だ、差別は悪だ、戦争はよくない。これらは後者と言えます。 

 後者には客観的な事実がありません。人々の思想は時代や社会的の成熟度と共に推移していきます。「本質的な意味において、できるだけ多くの人ができるだけ幸せになるべき」という思想の元、社会は今、多様性と主体性というキーワードの元進んでいると言えるでしょう。これは戦後の日本にはなかった思想ですから、だからこそ、「自分の価値観を時代に合わせる」ことが必要になってくる。 
 
 一方、前者は科学の発展による新たな事実の発見です。これは私たちの思想とは違う、明確な事実が存在します。今寿命を伸ばすために水銀を飲む人がいないのと同じように、スポーツ科学によって発見されたトレーニング方法が、身体に悪影響を与えるという事実があるならば、それは「時代に合わせる」かどうかという問題ではなくなってくるのです。 

 「時代に合わせないとだめだ」という言葉の意味を、しっかり考えないといけないのです。  


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