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短編小説「恋愛として完璧」

 え? ストーカー? いつから始めたかって? そうだなぁ、彼女にふられてすぐだから、4ヵ月前ぐらいかな。
  
 最初はツイッターとかフェイスブックとかで、彼女の履歴や友達関係を洗うぐらいだったんだけど、どんどん楽しくなっちゃってさ。最近では会社や最寄り駅までこっそり覗きに行ったり、たまにアパートのゴミ捨て場もチェックしてるよ。
  
 始めたきっかけねぇ・・・。ふられた腹いせというか悔しい気持ちというか、そんなところじゃないかな。
 
 ほら、よく言うだろ?「男は恋愛の始まりと終わりにしか興味がない。女は途中を楽しめる」って。言わない? なんかで読んだんだけどな、おかしいな。
 
 だからさ、おれもいざふられるとなったら、なんだか惜しくなっちゃってさ。急にジタバタしたくなったってわけ。「別れないでくれ!」って大騒ぎするのはおれのキャラじゃないし、なにができるかなって思ったらさ、彼女のことをもっと知ってみようって。
 
 ん? まあ、トータルで1年半つきあってたけど、あんまり深い話したことなくてさ。結局どういう女だったんだろう?って興味湧いちゃったら、もう止まらなくなって。「知的好奇心」的な?
 
 もちろんゴミをあさったり、待ち伏せしたりするのはしんどいけど、なんといっても達成感というか「へぇ、こんな趣味あったんだ」「お、こんな奴と会ってる」とか発見が多くて、楽しいんだよね。
 
 そうそう、聞いてくれよ、不思議なんだけど、そうやってあいつの日常を追ってるとさ、つきあってたころの記憶とかよみがえってくるの。すっかり忘れてたやつ。すごくない?
 
 たとえばさ、最近彼女、映画を見に行ってたんだけど、え? ほら、それは休日に家から尾行すれば簡単じゃん、でさ、そうやってあとをつけて映画館に向かってるとさ、いっしょに見た映画とかデートの記憶とか思い出すんだよ。
 
 あいつ、映画館に入るといつも雰囲気でポップコーン買うんだけど、「パサパサしてまずい」とか言って、結局1個2個ぐらいしか食べないの。まいっちゃうだろ?

 あとは「昔この辺を歩いたときに、おいしいコーヒー屋に入ったなあ。コーヒー屋なんだけど、あんみつがおいしくて、あいつ喜んでたなあ」とかとか。
 
 そうやってさ、つきあってたころの記憶にひたってると純粋に楽しくて。けっこう仲良くしてたんだな、とかあったかい気持ちになるわけ。だから、こんどはどんな映画見るんだろう? 誰と会うんだろう? って、毎日ワクワクするんだよね。
 
 はっきり言ってさ、これが全然なにも知らない女だとこうはいかないと思うよ、実際。つきあってた過去も、いまのあいつの行動も、これからのワクワクも、全部セットになっててお得みたいな。恋愛として完璧だと思わない?
 
 おれ自身、こんなに自分が恋愛体質だったなんて驚いてるよ。来月なんて、あいつ友達と温泉に行くみたいだから、おれも先回りしてついていこうかなって。面白そうだろ?
 
 え? 罪の意識? ないねぇ、それはまったくない。むしろ、今回のことで彼女のことをより好きになったとすら思うね。意外と貯金とかもマメにしてるから、びっくりしちゃった。しっかりしてるなぁって。
 
 ほら、よく言うだろ「一途な恋とストーカーは紙一重。その差は行動力だ」って。え? これも知らないの? おまえ、ほんとなんにも知らねぇなあ。言うんだよ。そう。で、おれは自慢じゃないけど行動力あるからね。
 
 だって、そもそもあいつに1ミリも迷惑かけてないよ? セクハラもそうだけど相手が迷惑に感じたら、犯罪だろ? その点迷惑どころか、あいつはおれが見ていることに全然気づいてないよ。
 
 ダメだよ~、犯罪系の人たちは。ついどこかで「きみのことをいつも見てるよ」とか痕跡を残そうとするだろ? 自分のことを知ってほしくなっちゃうんだろうね。で、相手が怖がる。そりゃ、怖いよ。おれは別に知られたいとは思わないね。おれがあいつのことを一方的に知るんだ。それでいい。
  
 悩み? 悩みねえ。ま、強いて言えば、最近ちょくちょく連絡が来るんだよね。なんか、よりを戻したいらしくて。だから、どうしようかなぁって思ってる。おれは今の関係で満足なんだけどなぁ。おまえ、どう思う?
 
 つきあいなおして、内緒でストーキングするのって楽しいのかな? なんかゲーム性が低そうだよね。いっそのこと軽く彼女のことをおどかして、正義の味方みたいにピンチを救うとか? うーん、それこそキャラじゃねえなぁ。やっぱり、会うのよそうかな。
 
 ・・・って、あ、ごめん。彼女のところに友達からLINE来たみたい。たぶんさっき話した温泉の件だ。また電話するよ。え? ああ、気をつける、気をつける。はいはい。じゃ、またねぇ。うぃーっす、おつかれ~。

 photo by daniellehelm

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