インバネス

四半世紀にわたりイギリス、ジンバブエ、アメリカを回遊し、二年前に帰国。 自分が自由にな…

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四半世紀にわたりイギリス、ジンバブエ、アメリカを回遊し、二年前に帰国。 自分が自由になれる居場所を探しています。

最近の記事

外国をルーツに持つ生徒に向き合う

 都立高校で、外国をルーツに持つ生徒の学習支援を行っている。主にネパール、フィリピン、中国をルーツに持つ高校生が相手である。私の場合、二つの経験が、仕事に向き合う原動力になっている。一つは、生まれてから高校を卒業するまで18年間、アメリカで育った子どもの英語・日本語教育を行った経験、そして二つ目は、米国の首都ワシントンDC郊外のメリーランド州でも、教育環境がばらばらの6つの現地高校を渡り歩き、もみくちゃにされながら臨時教員をした経験、である。この二つが今の私の基盤となっている

    • イベントの価値

       10月に入ってようやく涼しくなり、ジョギングをしていても身体が動き、やる気スイッチも入るようになった。先日、Tokyo Legacy Half Marathon大会があり、事前にゼッケンを受け取りに、千駄ヶ谷の国立競技場へ行った。  そこでは、ツアー会社が「ロンドンマラソン6日間ツアー」を宣伝していて、思わず吸い込まれるようにチラシをのぞき込んでしまった。そこには、同じようにのぞき込むランナーが。ツアー会社はまだ、来年のロンドンマラソンの出場権を持っているので、ツアー参加

      • 帰る国があるということ

         私は、四半世紀にわたって複数の国に暮らし、二年ほど前に日本へ帰って来た。アメリカには20年以上暮らした。私が暮らした地域は、外国出身者も多かった。いろいろな形でアメリカにやって来て、今は医療や宇宙などの分野に就いている人が多かった。そんな彼らとは、子育てを通じて、それこそ通学で利用するスクールバスのバス停に子どもを送り届ける時、毎朝のように会って立ち話をしたものだった。話題も地元コミュニティや子供が通う学校の話から、専門的かつ抽象的な議論まで振れ幅は大きく、会話について行く

        • NHK朝ドラ「らんまん」に想う

           NHK朝の連続テレビ小説「らんまん」が終わってしまった。すでに10月になり、新しいドラマが始まっている。でも、私はいまだに「らんまんロス」である。次のドラマが頭に入って来ない。「らんまん」に、珍しく感情移入してしまったからだろうか。  私は、ドラマを見ながら、職場で言いたくても言えなかったこと、逆に主人公の万太郎が黙って耐えていたことを、私は言ったことなどを思い出していた。毎朝、ヤジを飛ばしながらストレス解消をしたり、逆にストレスが増したりしていたのだ。  物語の軸は、

        外国をルーツに持つ生徒に向き合う

          多文化共生というけれど

           ロンドンですれ違う人たちは、人種も肌の色も背丈もいろいろで、正直ホッとした。日本に暮らす外国人は、大変なのではないだろうか。  イギリス旅行から帰って来た娘の言葉に、大きくうなずいた。  私は、アメリカの高校で仕事をしていた頃、5つの学校を回っていたが、学校によって人種構成が違っていた。白人教職員がほとんどの環境では、肩に力が入っていたのだろう。アジア系が多く、人種がミックスした高校を受け持って、初めて心が楽な事に気づいた。人種構成って、こんなにも大切かつ重要なのだと

          多文化共生というけれど

          技能実習生受け入れの仕込み

           技能実習生というと、どういうイメージがあるだろうか。メディアの偏った報道から、一般にあまり良いイメージがないように思われる。今の日本は、彼らの労働力を頼り、共存しなければ社会は循環しない。にもかかわらず、外国人労働者と日本社会との距離が縮まらないのを、とても残念に思っている。  なので、監理団体を興し、東京の文教地区に研修所をつくり、主に介護職の技能実習生の研修事業を始めようとした大学時代の仲間が、どのように仕事をしていくのか興味を持った。脱サラした50代の仲間が、コロナ

          技能実習生受け入れの仕込み

          外国にルーツを持つ高校生への日本語支援ボランティア

           私は4月から都立高校で週一回ボランティアをしている。地元商店街でベトナムのバインミーを食べていたら、後から来たお客さんが日本語支援教室の支援員だったのだ。意気投合して、あっという間にボランティア参加が決まった。    実は以前、近所のネパール人学校を訪問し、校長と話をしたことがある。私が暮らす地域には、たくさんのネパール人が暮らしている。彼らはさまざまな形で仕事を見つけ、日本に子どもを呼び寄せ・・・そんな背景もあり、ネパール人学校が設立されたと聞く。最近では、その学校から日

          外国にルーツを持つ高校生への日本語支援ボランティア

          ジンバブエつながりの仲間に会う

           私は1990年代終わりに、外務省本省とジンバブエ大使館に約3年半勤務した。当時、大使館には、若手研究者が研究と実務を行う歴代のポストがあった。私はそのポストで仕事をしたわけだが、その後輩が、SNSを通じて地道にアフリカ関係について発信し続けていてくれたお陰で、今回、初めて千駄木でリアルに会うことができた。不思議な感覚だった。  20年以上前のアフリカを語る。ジンバブエの空気や匂いを思い出すのに、少し時間がかかった。というのも、私はジンバブエでの任期を終えた後、何のつながり

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          アメリカ系とインド系企業から学ぶ

           同窓会ソーシャルバーで出会った卒業生のお話の続き。  20代、30代の同窓生は、私が日本を離れた四半世紀前とは全然違って、世界を肌で感じながら仕事をしている人が多かった。外資系やIT業界、企業勤務経験を元に新たな事業を興している人・・・こうした人たちだから、ソーシャルバーに来たのかもしれない。  どんな企業カルチャーで、どうやって仕事をして、本部とどう連携してやっているか。コミュニケーションをどうやってとっているのか。同僚の日本人はどうか。日系企業と何が決定的に異なるか

          アメリカ系とインド系企業から学ぶ

          大学同窓ソーシャルバーでの出会い

           四半世紀にわたる海外暮らし、特にアメリカには20年以上暮らし、二年前に日本に戻って来たが、ここへ来て、とても息苦しさを感じるようになった。日本で働く外国人と深い話がしたい。あちこちにアンテナを張りたくても、どこに行けばいいのかわからず、うろうろ・・・  どこへ行けば、対等な立場で自由に会話ができるのか。心が軽くなれるのか。序列やジェンダー、年齢、相手との比較で自分の出し方を変えて会話を進める日本社会に疲れてしまった。  そんな時、大学の同窓会が主催するソーシャルバーに参

          大学同窓ソーシャルバーでの出会い

          外国人留学生のその後

           日本で働く外国人と深い話がしたい。あちこちにアンテナを張りたくても、どこに行けばいいのかわからず、うろうろ・・・ここだろうか、いや、あそこかな、どこなんだ!!  どこへ行けば、対等な立場で自由に会話ができるのか。心が軽くなれるのか。  外国人仲間たちは、誰一人として、ストレートに日本で生きる道を選んだわけではなかった。高校や大学時代に交換留学で日本にやって来たことをきっかけに、その後、母国と日本とを物理的・精神的に行き来しながら醸成。そして、覚悟を決めて日本の大学院に来

          外国人留学生のその後

          ソーシャルバーでの出会い

           自由になれる場所や人を探す旅に出ることにした。  この週末は、日本の大学同窓イベントで、銀座にあるソーシャルバーに顔出し。20代、30代の日本人卒業生の他、外国人元留学生も多く来ていて、4時間立ちっぱなし、話しっぱなし。彼らの生き方やものの考え方、仕事の仕方を知ることができて、すごく自由になった自分がいた。ドイツ、ブルガリア、モンゴル、アルゼンチン他の出身の彼らは皆、ものすごく努力して日本でネットワークを築いて、永住権を取得。日本の会社や国際NPOで働く人もいれば、人材

          ソーシャルバーでの出会い

          オンライン英会話、まさかの利用法

           日本に帰って来て2年。どうにも日本社会に馴染めず、地味に傷つくことが多い日々。そこで救われているのが、なんとオンライン英会話。教材など一切使わず、私はもっぱら25分、話し続ける。要は世間話だ。コロナ禍で人と英語で話す機会が減り、物足りなさを感じて始めたのがきっかけ。その時から指名し、今でも続く先生がほとんどだ。私はアメリカから日本に移ったが、南アからイギリスに移住した先生もいて、互いにカルチャーショックで凹んだことを話し合ったりする。  オンライン英会話の会員になった時、

          オンライン英会話、まさかの利用法