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拝啓

「怪物と一時を過ごしたことがある。」

 先日亡くなった母の遺品整理をしていたとき、一通の手紙を見つけました。宛名は書かれておらず、厳重に箪笥の奥にしまってありました。手紙の保管状況と書き出しから見るに、「手紙」というよりかは、「独白状」のようなものに見えました。

 何か抱えていたのでしょうか。生前の母は、特別厳しかったり、優しかったりしたわけではありませんでした。ただ、普通に、当たり前に、俺を育て上げてくれました。だから何か隠していたようには思えませんでしたが、人には隠し事の一つや二つあるものだということは、ここまで生きてきて何となく理解しているつもりです。

 少し息を吐いてから、俺は続きを読みはじめました。


___これは、誰にも言っていない、私だけの秘密だ。だけど、最近物忘れが激しい。だからとりあえず、書き記しておこうと思う。彼との記憶は、何があっても失くしたくないのだ。


 ここまで読んで少し止まりました。

 え、これ読んで大丈夫なやつか、と思ったのです。

おそらくこれは、実の母の恋の話。それもたぶん、父さんとは違う人とのです。もしかしたら今後の親子関係にひびが入るかも・・・って、もう母さん死んでるんでした。

心に正直になるなら、実の母だろうが人の恋愛話はとても気になります。そういうお年頃なのです。成人を迎えて、もう大分経ちますが。

俺の読む前の心配はすでにどこかへ消え去っていました。それよりも、このおそらく恋愛であろう話の続きを読みたいという、母親とはいえ、なんとも失礼な欲求を抑えられないでいました。確かに、親しき中にも礼儀ありとは言いますが、人間は元来、恋バナが好きな動物です。誰も本能には抗えません。

少し鼻息を荒くして、俺は次の文を読み始めました。


___初めて彼に会ったのは、自分の家の庭だった。その時、私はいわゆるお嬢さまだった。自宅が友達の家よりも明らかに広く、その分、庭も広かった。

そんな庭に彼はいた。大きなリュックを背負って、バケットハットをかぶっているそのいでたちは、旅人のように見えた。私は驚き、すぐにメイドのところに逃げ出した。そんな私を見てメイドは驚いたが、後ろにいる彼を見て、なるほどと私の焦りに納得したようだった。メイドは説明してくれた。彼はお父様の友人だと、世界中を旅していて、この街に用事ができたから、少しの間家にいることになったのだと。


え、初めて聞きました。母さんが元お嬢さまだったこと。

そんな話を聞いた記憶はありません。確かに、母方の実家は大きかったイメージはありますが、結構前に取り壊されてしまって、幼いころの記憶しかないから定かではないのです。そして、この人がもしかして、もしかしての人なのでしょうか。それにしても、旅人なのに用事って、ちょっと不思議ですね。そんでもって、なんとなくですが年上のような気がします。。なかなか母さんもやるみたいです。

母親の意外な過去に驚きつつ、母の恋相手であろう人物が現れ、俺はますます手紙に食い入るように、続きを読み始めました。


___最初は少し怖かった。当たり前だ。あの時はまだ歳も幼かったし、父親以外の大人の男性が常に近くにいることなんてことも人生初めてだった。でも、その不安は、すぐになくなった。彼はとてもやさしかった。

確か最初は彼から「もしよかったら僕と話をしないかい」と言われたのだ。異様に満月が綺麗な夜だったことを覚えている。急すぎて怖かったけど、その当時、どうしても成績が上がらなくて悩んでいたのがあって、こんな旅人に話しても意味はないかもしれないとは思ったけど、なんとなく話してみた。すると、予想外にも彼はとても適格なアドバイスをくれたのであった。

今思うと、彼の言葉には妙に説得力があった。すこしくらい論理が破綻していても、納得してしまうような、それぐらい強烈な。不気味なほどに。


なんですかそれ、怖い。

論理が少し破綻してても、納得してしまうって、そんなことありますかね。あ、わかりました。これあれです、旅人さんがイケメンだったんだと思います。なんか、顔が良いとどんなこと言っても正しいこと言っているように感じちゃうっていう、あの現象な気がします。というか、旅人さんもなかなか大胆ですね。「僕と話をしないかい」って、顔に多少自信ないと言えません。これで、旅人イケメン説が非常に濃厚になってきました。

くだらないことを考えている途中で、ふと最後の『それぐらい強烈な。不思議なほどに』の二言が目に入りました。よく見れば、この二文だけ、若干、文字の色が違います。もしかしたらあとから書き足したのかもしれません。でも、そんなに強調するところでもないような気がしますが、よほど強烈な印象があったんでしょうか。

 まあ、とりあえず、ここから仲良くなって恋に落ちていくんですかね。面白くなってきました。

 俺は、顔がニヤついてることに気が付かないフリをして、続きを読み始めることにしました。


___私の悩みを解決するという実績を彼はどんどん積んでいき、私の中での彼の評価はうなぎのぼりになった。いつのまにか、彼と話すことが、楽しみになっていた。


はい、落ちましたね。恋。


 ___彼はいつでも私のことを笑顔で見守り、相談に乗ってくれた。いや、乗ってくれたというよりかは、一方的に私が話して、それを否定することなく聞き流してくれた。             

家族よりも近くなく、友達よりも大人な、彼という唯一無二な存在は私の救い、心のよりどころとなった。

彼には、なんでも話した。学校のこと、家族のこと、友達のこと、過去のこと、くだらないけどどうしても頭から離れないかんがえごと。何を話しても、彼は静かにうなずいてくれた。そして、肯定してくれた。

「ああ、大丈夫だ、君はなにも間違っていない。僕が保証する」と。


いや、ちょまてよ。つい、キムタクが出てしまうぐらいイケメンですねこの人。こんな全肯定イケメンがそんな年頃のときにいたら、そら好きになります。逆にこれで好きにならないっていうのは、それはそれで問題があるように思えます。。俺も好きになっちゃいそうです。

全肯定イケメンに若干恋しながら、俺は続きを読みました。

 ___そんな彼と過ごしていたから、必然的に恋に落ちた。彼と一緒にいたい。いつまでも、いつまでも。

でも、それは叶わない。年齢差とかの問題ではない。私には許婚がいたのだ。時代的にそんなことが未だにあることに私は生まれた瞬間から絶望していた。ただ、仕方がないと甘んじて受け入れるしかない。私にはそれしか選択肢がないのだ。もちろんできれば、彼と結婚したい。でも、私には、駆け落ちとかそういうようなことをする勇気はなかった。第一、彼が私のことを恋愛対象に思ってくれているかどうかすらも分からなかった。

そして、彼はいつの間にかいなくなってしまった。もともと、少しの間だけいると言っていたのだから、いなくなるのは当然。そもそも、少しの間とか言いながら、十年以上いたのだから、おかしな話だ。


ということは父さんは、許婚相手だったってことですか。それにしては結構仲が良かった印象がありますが。もしかしたら、子供の前でだけ仲良くしてたとかなんですかね。そして、急にいなくなるって。旅人らしいって言えば旅人らしいのかもしれないですが、十年以上もかかる用事ってなんなのでしょう。でも、一番気持ちが盛り上がっているところで、わざと離れることで、逆にその盛り上がっている気持ちを、相手に持たせ続けるとかいう高等恋愛テクニックを旅人さんが使ったのかもしれない。・・・・いや、そんなことありえませんか。


___彼がいなくなって数年後、私は、気持ちを、無理やり、本当に無理やり押し込んで、許婚と結婚した。

そして、子どもを授かった。

父も、夫も、その家族も、友達も、とても喜んでくれた。でも、私は心からは喜べていなかった。


そりゃそうですよね。その子供、当人である俺も、母さんに同情します。


___出産祝いで食事会をするということで、久しぶりに実家に帰った。そしたら、あれだけ押し込んでいた気持ちがあふれてきて、やっぱり私は彼が好きなんだと思った。どこを見ても、彼との思い出がある実家。ホームなはずなのに、どうしても居心地が悪かった。

夜、夫も父も相当酔ったのか、熱く語りあっていた。幸い、賢太はもう寝ていたからいいけど、どうしてもついていけなくなっていた。そんな様子を見た母は、夜風に当たってきたらと提案してくれた。

勝手口から庭に出る。夜風が火照った体を優しく冷ましてくれる。夜空を見上げると、きれいな満月だった。なんだかんだで、久しぶりに一人になった気がする。これからどうなっていくんだろうか。子供を育てるってどれだけ大変なんだろう。夫とはうまくやっていけるだろうか。 

一人になると、悩みがどんどん出てくる。それを抱えてこの庭にいると、どうしても彼を想ってしまう。


本当にあの旅人さんのこと好きだったんですね。実家の庭だっていうこともあるだろうけど、悩みを持っているっていうことが直接旅人さんにつながるって、相当だと思います。


___すると、目の前に一匹の犬が現れた。暗いからよく見えなかったけど、確かに犬だったと思う。

そして、その犬は月明かりに照らされ、立ち上がり、毛が抜け、顔が変化し、身長が伸び、どこから取り出したのか、大きなリュックを背負い、バケットハットをかぶった。見慣れた人物が私の前に現れた。

間違いなく彼だった。


彼は怪物だったのだ___


 手紙はこれで終わっていました。

 なかなかの大作だと思いませんか。母さん、作家にでもなれたかもしれません。

 実を言うと、俺は手紙の話をあまり、いやほぼすべて信じていません。怪物なんているわけがないし、母さんがほかの誰かに恋をしていたなんて、そんなのあるわけがないんです。もし仮に本当だったとしても、書き記す必要なんかないと思うからです。。冒頭で忘れないためとか書いてありますが、死ぬ直前までピンピンしており、認知症とかでもなかったのです。そもそも死因が事故じゃなければ、もっと長生きしていたはずです。つまり、最初の断りは、この話を本当だと信じ込ませるための建前だと思うのです。確かに、忘れないためという訳は一見強力です。だけど、実の息子にそれは通じません。そりゃそうです、母さんの生前を知っているんだから。仮に忘れっぽくなってたら、少し信じたかもですが、俺の元元々カノの誕生日覚えてたくらいだから、ありえません。

あと、インクの乾き具合から見るに相当昔に書かれたものに見えます。ということは、この手紙自体、母さんが若いころに書いたのだということがわかります。ますます、忘れないためという理由に違和感を覚えます。

 ただまあ、とりあえずこれは残しておこうと思います。中身はどうであれ、母さんの直筆です。持っているだけで気持ちは暖かくなります。

 ふと顔を上げると、すっかり日が暮れていました。そろそろ帰らなければなりません。明日も仕事ですし。

 立ち上がり、身支度を整えました。手紙はとりあえず、元の場所にしまっておくことにしました。

 玄関の鍵をかけたことを確認し、俺は自宅に向かいました。

 夜、一人で歩いているとつい、考えごとをしてしまいます。遺品整理終わらなかったな、とか、明日会議だったよな、資料作り終えてたっけ、とか。・・・あ、まずい、そういえば作っていませんでした。まあ、いまから作れば間に合うでしょう。というか、彼女ほしいな。もう何年一人なんでしょう。

 「はあーあ、悩み多いな」

 つい、口に出してしまいました。

 羞恥心を少し感じながら、角を曲がりました。

 すると、一匹の犬がいました。いや、犬ではないのでしょうか。暗いからあんまり、よく見えません。次の瞬間、犬は、立ち上がり、毛が抜け、顔が変化し、身長が伸び、どこから取り出したのか、大きなリュックを背負い、バケットハットをかぶりました

俺は、唖然としてまったく身動きが取れませんでした。

そして、犬は流暢な日本語で俺に頼んできたのです。

 「もしよかったら僕と話をしないかい」

 その日は、異様なほどに満月だったのを覚えています。。

敬具
村上賢太

感想

いやー難しいですね、ほんとに。
この作品は、僕が所属してる大学の文芸部での企画の作品です。
企画の内容は、最初の一文を決めて書くっていうやつです。
まあ、とどのつまり「怪物と一時を過ごしたことがある」っていう文から
はじめれば、なんだっていいよっていうやつですね。

僕にとってお題の文は、手紙の書きだしにしか思えなかったんです。
だから、手紙にして、あ、だったら作品自体も手紙にしちゃろっていう
すごく安易な発想です。

一応、裏設定としては、主人公とその母親がであったであろう犬(?)は
変身能力を持っているわけではなく、催眠能力的なものを用いて、
自分の姿を人に見せているっていうのがあります。
この設定に意味があるかはわかりませんが。

書き方がちょっと特殊で、手紙をもとにその間にコメントを挟んでいくという手法をとったので、少し読みにくかったかもしれません。
あと、最近語彙が固まっている気がします。
まだまだ勉強が必要ですね。精進します。
わんわん。


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