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私と鉄塔の町編

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21歳くらいに書いていた何か
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記事一覧

鉄塔の町 12

サトウ君。私の大好きなサトウ君。彼が帰ってきた。

十五時のおやつにと、空っぽの母の為にコーヒーを煎れコンビニで買ってきたケーキをリビングで食べている時だった。季節はいよいよ冬を迎えようとしていて、空は薄い雲がかかって太陽の光をやんわりと遮断していた。リビングには不透明な光が時間を遅らせるようにゆっくりと差し込んでいて、脳味噌を気持ちよく蝕んでゆく。何も変わらない日常を浪費し、ぼさぼさの髪の毛の母

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鉄塔の町 11

何も知らずに鉄塔のそばで生き続けていた私、最初から全てを知って鉄塔にすすられた母、食いつぶされるのを知ってそれでも母のそばにいた父、途中からやってきて私達家族を憎しみ続けるネリ、全てを知っているかのように私の記憶を持ち去ったサトウ君。

海のそばにある山を壁のようにして、ひっそりと息をし続ける田舎町、を、守り続ける鉄塔。逃げなさいと誰かがなんども私の中で叫び、しかしその度に浮かぶ空っぽになってし

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鉄塔の町 10

海沿いにある小さな田舎町は、鉄塔がそびえ立っている。丘の上に腰をおろして無機質な体を空へと伸ばし、電線を四方へ伸ばして交流電燈を運んでいる。仮定も肯定も無いがだからこそ、そこはかとない夢の様な空間なのかもしれない。

町には赤い電車が走っていて、東京にでるにはその電車に二時間ほど揺られればよかった。二時間ゆられると品川まで行くことができ、そこから山手線に乗ってしまえば東京の街の何処へでも行けた。出

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鉄塔の町 9

父はいつも母の腹の中で廻っていた。鉄塔にすすられる母を美しいと思って、父は夜と一緒に食われた。待ち望んだ暴発は思いもかけず現れたが、それでも父の結末は父自身が望んだことであって、彼が虎視眈々とねらっていたことなのかもしれないが、結局今となっては本当のことはわからないし、誰が苦言を呈しても過ぎてしまったことは覆すことは出来ない。母の妄言も欲望も淀んだ血液も、そこに微かに流れる交流電燈も、受け止めるこ

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鉄塔の町 8

母は私の鬼だった。小さなマンションの一室に君臨する絶対的な存在だった。剃刀の刃にしなびた心臓を光らせ、女性特有の過度なヒステリーをまるでアクセサリーみたいに身に纏って、父を懐柔し私を丸め込んでいた。しかしそれでよかった。我が家はそれでよかった。ヒエラルキーは安定し、綺麗に四角い箱を保たせることができていた。父も私も納得していたし、母はそれで満足なのだから何処にも問題なんて無かった。

母親から娘へ

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鉄塔の町 7

一つがわかればすべて芋蔓方式で答えが出てくるかと思ったが、それは私の大きな勘違いであった。言葉とサトウ君を結びつけたところで分かったのはただそれだけの事で、欠けた卵の未熟さとかやりきれず消滅する未来みたいに答えは明白だったのだ。『記憶のサトウ君は綺麗に消えている。』

彼がこの町にやってきたのはいつだったかわからないが、雨が降っていたことだけは覚えている。梅雨の湿気をはらんだ雨だったかもしれないし

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鉄塔の町 6

ひたすらに歩いても、鳥の死骸は途切れることがない。辺りに微かな腐敗臭をまき散らし、ガラス玉みたいな瞳を乱暴に空へ投げ、大きなオレンジ色のくちばしを横たえている。たまに死骸を蹴りあげてみると、どれも一様にくちばしから身体がずる、と抜けて中からショウジョウバエが弾かれたように飛び出してくる。くちばしの抜けた身体を持ち上げてみると抜ける前と比べ格段に軽くなっていた。試しに死骸の身体を揺すってみるとからか

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鉄塔の町 5

夜、一人で海まで出向いてみると、波打ち際に沢山の鳥の死骸が寝そべっていた。等間隔に点在し、見える範囲一直線にずっと続いているようだった。砂浜に下りて確認してみると死骸はカラスくらいの大きさで、白と黒のまだらな羽毛が海風でそよそよと揺れていた。オレンジ色のくちばしが異様に大きく突き出していて、小さな瞳はガラスのように光っていたが中心が濁って一切を映し出すことはない。腐敗が始っているのか、辺りには鼻に

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鉄塔の町 4

朝目が覚めて台所から朝食を作る良い匂いがするだとか、洗濯機をまわす音がするだとか、父親が朝刊を読む姿だとか、私の家では十年前から見ることが無くなってしまった日常風景。

朝は一人で目覚め、一人分の洗濯をして、一人分の朝食を作り、一人で食べ、家を出る。父はとっくにこの家から姿を消しているし、母はいるがひどく歪んでしまっているので家事炊事の一切をすることが出来ない。

夕方ごろ家に帰ると、大抵母がリビ

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鉄塔の町 3

ネリは金色の髪の毛をごわごわと風になびかせ、鼻の頭のそばかすを得意げにゆらし、いつも退屈そうに顔をしかめていた。母はネリの髪の毛を「町を蝕む」と毛嫌いし(しかしほかに理由がありそうな)、父はネリのそばかすを「人々を吸い込むから」と無関心を決め込んでいた(あれは父が変わり果てる前)。

鉄塔は彼女をすする。彼女は喜んで自らを差し出す。何故、とか、どうして、とか、そういった理由めいた利害めいたものが鉄

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鉄塔の町 2

夜の東京の街を踏みしめて歩くうちに、私はどんどん取り込まれていくのだろうと気付いた。雨に濡れたコンクリートが足の裏から細胞を肉を内蔵を吸い取っていく。よく冷やされた外灯、中心に陣取る鉄塔、狭い路地にしがみつく老人、私もその一部としてゆっくりと着実に駆け足で溶けだしていく。

夜景だとかうまいご飯だとか、美味しいお金だとか自己消耗だとか、選択肢があまりにも多いくせにすべてを選ばせてくれない不自由を知

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鉄塔の町 1

夏は鳥の死骸が宙に浮く夜があるんだよ、と言ったのは果たしてサトウ君だったか。私はいまいち思い出せないまま、むせ返るような沈黙が充満する砂浜を歩いていた。細く薄いまん丸の月が海の向こう側で発光して、房総半島がそれを抱え込むように腕を伸ばしている。遠くぽつぽつと点在する家やホテルもむきになって灯りをつけていて滑稽にさえ感じるが、月より綺麗な気さえしてくる。私もどうやら、どうかしているらしい。

後ろを

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