鉄塔の町 1

夏は鳥の死骸が宙に浮く夜があるんだよ、と言ったのは果たしてサトウ君だったか。私はいまいち思い出せないまま、むせ返るような沈黙が充満する砂浜を歩いていた。細く薄いまん丸の月が海の向こう側で発光して、房総半島がそれを抱え込むように腕を伸ばしている。遠くぽつぽつと点在する家やホテルもむきになって灯りをつけていて滑稽にさえ感じるが、月より綺麗な気さえしてくる。私もどうやら、どうかしているらしい。

後ろを振り返ると丘の上に建つ鉄塔が濃度の高い闇の中で、頭を赤く明滅させてこちらを見下ろしていた。この街は鉄塔に根を張られて上手く呼吸さえ出来ない。しかし大多数の人間はそれにさえ気付かないのだから、幸せな勘違いに犯されている。しかし気づいた所でネリの様にすすられるか母の様に食い潰されるだけなので、勘違いをしているのは私の方なのだ。きっと。

ジーンズのポケットからタバコを取り出して火を付ける。無残な幻想を目一杯肺に取り込むと、視界がすこし揺らいだ気がした。あれは。あれは可哀想なサトウ君の最後の言葉かもしれない。

ぼさぼさ頭のサトウ君は、いつもくたくたのTシャツを着て、ブルージーンズかチノパンツを履いていた。夏は緑のビーチサンダルを、それ以外の季節は雨が降ろうとも茶色のワークブーツを。彼が変わっていないのなら今の季節は擦り切れたサンダルを履いていることだろう。

「鳥の死骸が宙に浮く」

声に出してみるとなんとも滑稽である。ネリはこんな事言わないだろうし、やっぱりサトウ君かなあ。と口の中で呟いた。考えても考えても、砂浜の静かな沈黙に圧されて私は欠落した記憶を取り戻す事が出来ない。

空は甘えるかのようにごうごうと泣き叫んで、夜の海はそんな空をあやすように静かに響いている。潮風は濃度を増して私を搾り取っていくので、私はそのうち此処からいなくなるだろうという予感がした。

もうちょっと頑張れよ、とか しょうがねえ応援してやる、とか どれもこれも励みになります、がんばるぞー。