鉄塔の町 9

父はいつも母の腹の中で廻っていた。鉄塔にすすられる母を美しいと思って、父は夜と一緒に食われた。待ち望んだ暴発は思いもかけず現れたが、それでも父の結末は父自身が望んだことであって、彼が虎視眈々とねらっていたことなのかもしれないが、結局今となっては本当のことはわからないし、誰が苦言を呈しても過ぎてしまったことは覆すことは出来ない。母の妄言も欲望も淀んだ血液も、そこに微かに流れる交流電燈も、受け止めることが出来たのはあの父だからこそだった。母は気づいていなかったようだが、この家が上手に廻ることが出来たのは、父がきちんと自分の立場をわきまえていたことが大きな要因なのだろう。しかし、父は一人で結末を迎えてしまった。十年前から時間は止まってしまって望んだまま傍観者になった。私の物語も母の物語も、まだ何一つ結末を迎えていないのに、唯一彼だけが結末となってしまった。この偏屈な町で物語の終焉を知るただ一人となり、そして十年前の象徴になった。

父は父の望んだ結末を迎えた。そして望む結末を迎えられた父はこの上ない幸せを手に入れることが出来た。暖かで柔らかな檻のまま、食いつぶされる母を見ずに。

あの時皆消えてしまえばよかったのだと、最近はよく思うようになった。私たち家族は、他の家族がそうであるように、誰一人欠けてはいけなかった。それを知るには私はまだ幼すぎたし、母は権力を持ちすぎた。絶対的な力を持って君臨しすぎて、その力を過信しすぎた。誰か一人が欠けてしまう時は一つの家族が消えるときなのに、母は力でもってしてなんとか四角い箱を保とうと躍起になった。縋ることなんてしないで、手放してしまえばよかったのだ。そうすれば母はあんなにならず、ネリも鉄塔も、私の物語に介入してくることはなかったと思う。

私たち家族は完結していた。自己陶酔の塊だったのかもしれない。それでもあの時、あの家には幸せの香りがテレビの裏、ソファの縫い目、食器の一つ一つに染み着いて、父も母も私も、これが幸せなのだと口々に言い合って笑っていた。


もうちょっと頑張れよ、とか しょうがねえ応援してやる、とか どれもこれも励みになります、がんばるぞー。