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〈JAZZ お茶の間ヴューイング〉ハクエイ・キム(Hakuei Kim)インタヴュー:「痕跡」が放たれ、やがて「収拾」されるまでの流麗な浮遊感。(末次安里)【2020.6 146】

■この記事は…
2020年6月20日発刊のintoxicate 146〈お茶の間ヴューイング〉に掲載されたハクエイ・キム(Hakuei Kim)インタビュー記事です。

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intoxicate 146


ハクエイキムa

「痕跡」が放たれ、やがて「収拾」されるまでの流麗な浮遊感。

interview&text:末次安里

 野球少年がキース・エマーソンの雷鳴に撃たれ、やがて渡豪してマイク・ノックの教えを乞うまでの成長譚を聴いてから13年もの歳月が流れていた。2007年の新春、当時DJを担っていたCS番組『JazzToday(radio edition)』のゲストにDIW時代の彼が来てくれ、じっくり話を聴いたのだ。留学期の恩師や同窓生らと交わした様々な議論を象徴する、「そもそも音楽は“ じぶん” を表現すべきものなのか!?」に反応したのを憶えている。メジャーデビューから7 作目となる新作がソロのピアノ即興作品集と知り、13年ぶりの問いもその点から訊いた。いったい音楽は誰のものなのか?


 「誰のものでもないのと同時にみんなのもの、という曖昧な結論に至れたと思います。これを聴いて、こう感じてもらいたい、こう思ってほしいというのは演奏者側のエゴとしては自然かもしれないですが、人の感情や想像力というのは本当に多種多様で、こちらに意図があったとしても同じものを共有できているとは限りません。逆に聴衆の感想からこちらの想像を遥かに上回るインスピレーションをいただく事もあります。要するに司る事が出来ない、あらゆる意味で自由なものなのかと思います。少なくとも僕には司るなんて事は出来ませんが、寧ろ、そんな音楽がもたらしてくれる自由に日々救われている感じがします」


 なんて素敵な返答だろう。時勢柄、Zoom取材もあり得たが敢えてメールでのQ&Aを選んで良かったと思う。そんな彼の、矜持に満ちた新作なのだから。


 《Signals》《Dancing Snow》《Angel’s Trace》《Purple Sky》、なぜか見上げる仕草の多い曲タイトルについても訊いてみた。即興を名づける場合の着地方法は?


 「曲名を決めるのは毎回悩みますが、今回は割とすんなり決められたような気がします。殆どの楽曲の場合、聴いて頭に浮かんだ出来事が過去の出来事にマッチしました。《East Side Gallery》はベルリンの壁周辺を一人で歩いた雨混じりのグレーの記憶で、《In The Storm》はレコーディング・ライヴ直前の主に関東を襲った大型台風。《Empty Airpor》はまた別の台風の影響で…ソウルでの演奏を終えて成田に着いたら、全ての交通機関がストップしていて空港が陸の孤島状態でした。帰宅難民になり、眠れないので深夜の空港内を徘徊した時の記憶であるとか」


 瞳を閉じて聴けば、明かされた光景がジンバル装着の映像よろしく具に追体験できそうな一枚だ。が、自由な調べに身をまかせると、個の痕跡が箒で履くように薄れ、気づけば誰のものでもない/みんなのものへと姿を変えている不思議さ…鵜匠のような手捌きで束ねる終盤も見事だ。折しもコロナ禍下に放たれる傑作!


ハクエイキムj

〈CD〉
『トレース(痕跡) ピアノ即興作品集』

Hakuei Kim(p)
[ユニバーサルミュージック UCCJ-2179]


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