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【命題】「自覚」のある障害者は「甘える」ことに罪悪感を感じなくて良いのか?

 2022年7月5日(火)。
 幻聴が凄いする。
 「すんなよ」「もう書くな」「もういいぜもういいぜもういいぜ」など。
 「歌うなよ」とも聞こえてきた。

 今日の状態、重症。

 仕事中に言葉が次々と出てきて驚いた。ワードサラダになる人の気分はこれか、と何となく分かった。そうか、これを才能と勘違いしてワードサラダを打って「誰も読んでくれない」と嘆くわけだ。

 言っていいのか分からないけれど、なにせ台風だ。台風。お前が危険なのかどうかがまるで判断が付かずに非常に困った。期待させるな。いつも通りの出勤のはずだったが、遅れた電車がやってきて逆に早く着き過ぎた。

 台風のせいで到着時間も分からず、昼食はコンビニで買うことにした。昼食にコンビニのおにぎりやサンドウィッチを食べた。その後、自分がおかしくなった。

 例によって手が止まる。ふざけんなよこっちはノルマに追われているんだぞ、と脳内で叫んでも、脳そのものがぐらんぐらんして、眠いというか、横になりたくてたまらなかった。1時間ほど格闘したが、格闘している時間が無駄だった。結局30分だけ横になりに行った。

 30分が3秒ほどの体感に思われた。起こされた私は脳が通常通りに戻っていることに気が付き、普通に仕事に向かった。結局はこれは甘えなのだろうか。それとも障害者としての自覚なのだろうか。以前『私は自覚していない障害者が嫌いだ。』(https://kakuyomu.jp/works/16816452221466841294/episodes/16816927862098581705)と書いてしまったのだが、果たして、ようやくこのタイトルのおかしさに気付いてしまった。障害者だと自覚していたら何をしてもいいのだろうか。

 話を戻すと、結局休憩をとったために作業はまあ終わらず、明後日へ持ち越しとなった。ドタバタと片づけをし、退勤時間もずれて、電車に乗るために走って駅へと向かった。そのせいで動悸が止まらなくなった。間に合わなくなったらどうしようとパニックになりかける。ものすごい湿気とマスクのせいでうまく呼吸ができない。電車に間に合った。一つだけ席が空いていたが女子高生が立ってたむろっていた。

 「座ってもいいですか?」と声を掛けた。

 その時の目だ。「あーあ」みたいな目。

 何かの試験なのか? とでも思ったがそんなことはない。私のことをなんと思ったのだろうか。高校生? 新社会人? 

 とにかく、きつかったので座ったが、これは前にも書いた「障害者と自覚しているが故」の行動である。立ったまま、そのままパニックになり、奇声を上げて、「助けてくれ! 助けてくれ!」と叫んで周りに迷惑をかけないための、自覚のある行動のつもりだった。

 しかし、あの目線は。

 「甘えんなよ健康そうな人」のような目だった。

 ヘルプマークを付けていない私が悪いのかもしれない。しかし、きつかった。

 「自覚=甘え」という新たな方程式を発見したような気がした瞬間だった。障害者としての自覚は、障害者が優先されるべき対象であるという、障害者の中にしかない勝手な甘えなのかもしれなかった。

 打ちながら「かっこいい」とか聞こえてきた。今日は重症。体調もよろしくないし、ずっと寝ていたい。今日はもう限界。

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