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『14歳の栞』映画評。ただの中2の日常なのに、なんでこんなに忘れられないんだろう

中学2年生のあるクラスの、なんてことのない日常を撮っただけの映画なのに、なんでこんなに忘れられないんだろう。

2021年に公開され、毎年春に上映されているドキュメンタリー映画『14歳の栞』。Xでバズっていた予告動画に心を掴まれて、その日のうちに観に行った。

なんてドキュメンタリー映画だ。観ているあいだ、中学生の頃の思い出がひっきりなしに呼び起こされる。スクリーンに映る生徒たちと、自分の思い出で脳内が大渋滞していた。

映画館を出たあと、雨が降る池袋の街を歩きながら、エンドロールで流れたクリープハイプの「」が頭の中でリフレインされている。余韻のまま帰路に着いた。

本作は、なにか特別な事件が起こるわけでも、有名人が出るわけでもない。どこにでもいる、普通の中学2年生の日常が映し出されているだけだ。

それなのに、記憶からこびりついて離れないのは、大人になった僕たちからすると、全てが特別な日々だとわかるからだ。それだから、なんでもない日常でも、全てが劇的な瞬間に見える。

生徒35人、全員が主役。

本作がドキュメンタリーとしてずば抜けていると感じたのは、生徒35人、一人ひとりのことをしっかりと撮っていることにある。彼/彼女たちが何をしていて、何を考えていて、誰と仲良くて、そんなことがしっかりと理解できる。

両思いだけど、まだ付き合っていない男の子と女の子がいる。男の子がインタビューで、「忘れられないことは?」という質問にこう答える。

「2つで悩んでいて。(好きな子と)アイスを食べたことと、LINEとか電話をしているとき」

女の子は放課後、みんなで帰っている男の子に走ってバレンタインのチョコを渡す。男の子はお返しに女の子の家を訪れ、ホワイトデーのお返しを渡す。男の子は女の子に思いを伝える。

「今は部活が忙しいから付き合えないけど、俺が好きな人はずっと変わらないから」

バスケに打ち込んでいる男の子がいる。彼は県選抜に選ばれるほどの選手。骨折で2ヵ月の活動休止を余儀なくされている。それでも毎日、部活の練習に顔を出し、声を出して、指導する。彼の目は真剣そのものだ。彼はインタビューで答える。

「バスケをやってなかったら、よくいる普通より下の中学生だったと思う」

文芸部の女の子がいる。クラスでは目立たないように過ごしていて、体育のときは、同じ文芸部の子と見学しておしゃべりしている。部活では、自分たちで絵を描いた紙芝居を生き生きとした表情で読み上げる姿が見える。インタビューで「クラスの中心に行きたいと思う?」と聞かれるとこう答える。

「興味ないです。クラスのときはオフで、部活のときがオン」

学校に来れなくなった男の子がいる。来れなくなった理由を尋ねられると「言いたくないです」と言う。彼はクラスの教室とは別の部屋に通っている。クラスメイトは毎日、彼に給食を届けている。クラスメイトのひとりの男の子は、彼が学校に来ていたとき本の話をしていたと話す。「また学校に来て欲しい」と彼は言う。

このような一人ひとりのエピソードが35人分ある、と言えば、本作がいかに規格外のドキュメンタリー映画か理解できるだろう。

それにしても、これほどかけがえのない時期を教える教師という仕事は、なんて責任のある仕事なのだろうと思う。本作では教師の姿も映し出されている。受け持ったクラスの1年間の思い出動画を作っている姿、終業式の日に言葉を伝える姿など、非常に印象的だ。

「厳しいことを言ったりもしてきました。でも、君たちを信用していて、信頼していて、期待している。教師ってそういうものだから」

自分が14歳だった頃、何をしていたのだろう。

生徒たちは実に多様で、学校が楽しい子もいれば、そうでない子もいる。仲の良い友達がいる子もいれば、そうでない子もいる。クラスの中心にいるような子から、端の方にいたい子もいる。

学校ってたしかにこうだったよな、と思い出す。そう思えるほど、当事者に寄り添って撮っていることがわかる。

「エモい青春」なんてパッケージ化された作為性をできる限り排除しようとする、製作者の真摯な姿勢が見て取れる。

だからこそ、自分が14歳の頃をリアルに思い出せる。

僕自身の中学生のころを振り返ると、基本的にクラスの端にいるようなタイプだった。中学校に上がってから、小学校のころ仲の良かった友達はクラスが別れ、新しい友達を作っていて、取り残されたような気持ちだった。

スポーツが苦手だったから、昼休みのサッカーに交じることもなく、中1のころは学校に居場所がなかった。中2で仲の良い友達ができて、昼休みも放課後も遊びに行くようになった。

中3で転校をして、キャラを変えようとしたが、それほどうまくはいかなかった。それでも友達はできた。初めて好きな人もできた。その子を見ると、ドキドキしたし、少しでも喋ることができただけで飛び上がるほど嬉しかった。学校に行くことが楽しくなった。

何か劇的なことがあったわけではないし、楽しいことばかりではなかった。それでも、思い返せばどの瞬間もかけがえのない時間だった。こんな古い思い出を書き連ねたくなるような力が、本作にはある。

出会いと別れの交錯点。桜並木を歩くエンドロールの美しさ

この映画の前では、どんな青春映画も霞んでしまう。だって映し出されている光景は、本物の14歳の日常そのものなのだから。だが、ただ中学生のありのままを撮ったドキュメンタリーではないところも肝だ。

映像のクオリティが非常に高いのである。製作を手掛けているのは、CHOCOLATEというクリエイティブ会社だ。

本作の映像を観ていると、青春をテーマにした映像としてイメージに上がることが多いポカリスエットのCMに見える瞬間すらある。だが過剰には見えない。ドキュメンタリーと映像の質を絶妙なバランス感覚で、演出過剰に見えない作品に仕上げている手腕に驚く。

エンドロールの美しさも印象的だ。河原沿いの桜並木を歩く生徒たち。上空から撮影した超ロングショット。彼/彼女たちの歩く先は希望に満ちている。BGMはクリープハイプの「栞」。これにはやられた。

「簡単なあらすじなんかにまとまってたまるか」

120分の本作を通して、垣間見てきた35人の人生。誰一人として簡単なあらすじでまとめることはできない。今はひとまず同じ方向に向かって歩いているが、中3になり、高校に進学し、いつかは別々の道を歩んでいく。

出会いと別れの交錯点。そのことを示すかのような、桜並木を歩いていく美しい光景。いつまでも観ていたいと思った。

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