ブラッドストーム・イン・ジ・アビス(7)
承前
『そなたはアメリカから来たと申すか。』
『えぇ、しかし我が国はもう誰も暮らせない程荒廃してしまったのです。』
『どこも似たようなものよな。しかし国は違えど、我らもそなたも水に属する一族。歓迎しよう。勝平よ、里を案内してやれ。』
『御意。』
『拙者の剣とお主の剣、どちらが上か今日こそ決めてくれよう。』
『来な。100勝目はおれが貰う』
『いざ!』
『…何故だ!貴様、何故里を焼いた!』
『父なる…母なる…』
『答えよ!』
『......R’lyeh wgah’nagl fhtagn!』
『るる…?血迷いごとを!』
『ARGHHHHHHHHH!!!』
在りし日の記憶から現実へと引き戻される。
背中に縄めいた筋肉が浮かび上がらせながら、勝平は超巨大魚人の踏みつけに抗っていた。だが徐々に強まる力に、ついには膝を屈してしまう。執拗に切り裂かれた意趣返しのようであった。
「これも天命か…」
道半ばで力尽きる事の悔しさはある。だが全て己の意思に従って動いたまでだ。果てるのならそこまでだったのだろう。ロブ殿、せめて今のうちに少しでも遠くへ。
その時、水を切り裂くスクリューの音がかすかに聞こえてきた。勝平は己を強いて反響定位を試みる。反響が捉えたのは、こちらへ突進してくる小型の工作艇だった。
巨大海蛇は自爆攻撃で撃退した。
ロブの話が蘇る。誰だ。早まるな。しかし彼は自分が潰されぬよう耐えるのが精一杯であった。
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言わんこっちゃねぇ。
いくらアイツでも巨人とスモウを取って勝てるわけがねぇんだ。だがそのおかげであのデカブツはこっちを気にも止めてねぇ。ブツけるなら今しかない。人間様を舐めるんじゃあねぇぞサカナ野郎が!
俺は工作艇のエンジンを全開にして、デカブツの軸足へ突撃した。柱のような脚がどんどん迫ってきた。クソッ、視界に入るだけで正気が削れやがる。だがこれまでだ!喰らいやがれ!
俺は激突寸前で大きく舵を切り、奴の脚をかすめて通り過ぎた。そして、ワイヤーで牽引してきた魚雷艇を切り離す。慣性に従って一直線に進んだ魚雷艇は、デカブツの膝裏で大爆発を起こした。ぐらりと傾く魚人の影。
誰がカミカゼなんかするかよ!
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力が緩んだ隙に勝平は全力で押し返し、足裏から脱出した。完全にバランスを失った巨大魚人はそのまま仰向けに倒れようとしている。ふと、流れに揉まれて回転する小型艇に目をやると、見知った男が中指を立てていた。
「ロブ殿、お主も侍だ。」
ロブに向けて刀を掲げた後、その刃は倒れゆく魚人へ向けられる。腰を深く落とし、霞の構えを取る。
「この技は少々集中が必要でな。」
周りの海水が勝平に吸い込まれていく。明らかに彼の体積よりも多い量だというのに、体型に変化は見られない。
「だが、それも成った。」
流入が止まる。魚人は転倒し、丁度股間をこちらに向けた形となっていた。
「破ァッ!」
気合と共に勝平の脚裏と両腿から凄まじい勢いで海水が噴射された。深海を切り裂く稲妻の如き刺突は、魚人の肛門に突き刺さりそのまま体内へ穿孔する。
臓物の詰まった肉の中を一直線に突き進む。腸をちぎり飛ばし、肝臓を両断し、胃袋を爆裂させ、心臓を破壊した。そして口腔より吐き出された膨大な血肉の中から侍が姿を現す。その刀に、名状しがたき物体を突き刺して。
「珍しい尻子玉もあったものよ!“深きものども”!」
「AIEEEEEEEEEE!!!!!!!」
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