38-5.発達障害支援に向けた知能検査の使い方(2)
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1.発達障害診断のためのオーダーにどう応えるか?
知能検査は、「発達障害かどうかの判断」には役立たないのにもかかわらず、医師などから「発達障害診断のために知能検査を実施してください」といったオーダーが来ることがあります。読者の皆様は、そのような場合、どのように対応していますでしょうか。
今回は、前回※)に引き続き、「発達障害理解のための知能検査の有意義な使い方」をテーマとして、注目本「発達障害のある人の『ものの見方・考え方』」の著者、高岡佑壮先生へのインタビューの記録を掲載します。「知能検査の有意義な使い方」の観点から、上記のような診断のための知能検査依頼にどのように応えるのかについて検討しています。
※)https://note.com/inext/n/ndc267ea7fab7
高岡先生のご意見として、発達障害理解に向けて知能検査を活用するためには認知機能に注目する必要があるとのことです。そこで、インタビューに入る前に、発達障害のある人の認知機能の特徴を知る参考として、臨床心理iNEXTのInstagramで発信をしている漫画「ハラハラ・ドキドキ心理職 第5話」※)をご紹介します。
※)https://www.instagram.com/p/Cu4DrxfJUVN/?img_index=1
2.ハラハラ・ドキドキ心理職 第5話
3.知能検査で調べられることの限界を説明する
[下山]クリニック勤務の心理職にとっては、知能検査のオーダーは日常茶飯事ですね。クリニック勤務でなくても、子どもの保護者から検査実施依頼が、直接心理相談機関に来ることも多くなっています。保護者の話を聞いてみると、「クラスで孤立しており、発達障害の可能性もあるので、とりあえず知能検査を受けてみてほしい」と担任から言われたからということだったりします。知能検査依頼の背後には、学校からの要望があったりするわけです。最近では、市区町村などの自治体が知能検査を無料で実施するサービスを始め、心理職がその実施の依頼を受けることもあります。
そのような診断絡みの知能検査のオーダーや依頼が来た時に、心理職としてはどのように対応したら良いでしょうか。
[高岡]その心理職が所属する組織の状況によって、対応の仕方が変わってくると思うので、「こうすれば良い」とはっきり言うのは難しいところかと思います。けれども、その中で心理職がやれることとしては、「知能検査とはこういうもので、これは調べられますが、これは調べにくいです」といった、検査に関する説明をすることがあると思います。
医師や保護者の方から検査の依頼があった時には、例えば、「検査で調べられる部分はこのようなことです。しかし、発達障害かどうかは、生育歴をお聞きしないと、検査だけではわかりません」といった説明はできると思います。
4.「できないこと」が分かれば、「できること」が分かる
[高岡]可能ならば、検査をオーダーする医師には、事前に知能検査の特徴と限界を説明しておくと良いと思います。また、クライエントが子どもの場合、保護者の方に、心理教育の一環として知能検査の「できること、できないこと」を説明することも必要です。
その際に重要なのは、「できないこと」ばかりを強調して話すのでなく、当然「できること」もあるとしっかりと伝えることです。心理職が何のために「できないこと」を説明するかというと、「できる部分は〜〜〜〜なのだ」ということを、相手にある程度正確にイメージしてもらうためですから。
[下山]公認心理師制度ができてから、心理職への検査のニーズが高くなっているように思います。どうせ検査を実施するならば、クライエント様に役立つように、有意義な検査の活用をしたいですね。初心の心理職でもベテランの心理職であっても、検査結果を心理支援に役立たせることは最重要課題です。
5.認知機能以外の情報をアセスメントしておく
[下山]高岡先生は、知能検査を有意義に実施するためにどのようなことを心掛けておられますか。
[高岡]私が気をつけていることは、聞き取りの段階で、認知機能の特徴「以外」の情報をしっかり収集することです。もちろん、知能検査を通して認知機能の特徴をアセスメントすることは重要です。しかし、それだけでは不十分です。
というのも、知能検査で認知機能の特徴を調べると言っても、検査だけで認知機能の全てがわかるわけではありませんし、まして認知機能以外の、感情の状態や環境因などは、そもそも知能検査で調べることができないからです。ですので、そのような「検査で調べられない情報」を、聞き取りなどを通してアセスメントしていくことが重要です。
例えば、「コミュニケーションが苦手で自閉スペクトラム症(ASD)かもしれないので、知能検査をしてほしい」という依頼があったとします。その場合、もちろん認知機能のアセスメントをしてASDの特徴がどのくらいありそうかを考えることはします。しかし、それだけでなく、例えばその子がある学校でなじめないなら、「その学校に入学する前の人間関係はどうだったか」、「その学校の雰囲気はどうなのか」、「学校では具体的にどのような行動をしているのか」などについて尋ねます。
6.発達経過の情報をしっかりとっておく
[高岡]さらには「乳幼児期からの育ち方はどうだったのか」、「家族関係はどうだったのか」、「家族の中でのストレス体験はないのか」等々を詳しく訊いていきます。そのような情報もふまえた上で検査をしていきます。
[下山]乳幼児期からの発達経過を丁寧に聞き取った上で個別性を確認し、知能検査を実施することが必要であることは分かります。しかし、実際にそのような余裕がない臨床環境で知能検査の実施を求められることも少なくないと思います。そのような場合、心理職は、どのようなことを心掛ければ良いのでしょうか。
[高岡]時間の制約がある場合には、このような情報を、検査をする前にとっておくことの難しさは常に感じています。しかし、「知能検査だけではどうしても調べられないこと」はやはり多いので、できるだけ「検査そのものを行う時間」だけではなく「聞き取りの時間」を事前に確保しておくことが重要かと思います。そのためには、所属している組織の人たちに、そのような時間が必要であることを理解しておいてもらうのも重要かと思います。
[下山]なるほど。知能検査の有意義な使い方は、知能検査の実施方法だけでなく、事前に関連情報をいかに丁寧に収集しておくかということと関わっているのですね。ASDであれば、発達経過も含めて拘りや対人関係のあり方についての情報をしっかりと収集しておくことが必要ですね。
7.認知機能と環境との相互作用に注目する
[高岡]そうですね。「知能検査をすれば、診断がつくかどうかもわかるし、問題の原因もきれいにわかるのではないか」と、検査に過剰な期待を持っている親御さんもいらっしゃいます。親御さんだけでなく、当事者の方も、そのように過剰な期待をされている場合があるので、心理職は注意しなくてはいけないと思っています。
あと、「過去に何があったか」とか「今いる環境はどのようなものか」といったような、知能検査では調べられない情報を詳しく訊いていくと、「訊く側」だけではなく「訊かれている側」も「検査では調べられない部分」に意識を向けやすくなる、という場合もあります。つまり、「自分の(うちの子の)知能に何か生まれつきの独特さがあるに違いない」というふうに、知能検査のことばかりにとらわれている方々が、心理士から「過去の出来事」や「環境の状態」などについて訊かれることを通して、「今起こっている問題は、『全部知能のせい』というわけでもないかも?」とだんだん思えるようになってくる場合があるわけです。ですので、そのような聞き取りによるアセスメント自体が、「自分の(うちの子の)問題はすべて、生まれ持った特徴のせいだ」といった極端な思考の改善を促す心理支援にもなりうる、と思います。
[下山]問題を理解していく視野を広げることになりますね。
[高岡]もちろん、繰り返しますが、これは「知能検査が役立たない」という意味ではありません。知能検査で認知機能の特徴を調べること“も”、問題の理解に役立つ場合が多いです。ただ、さまざまなトラブルはたいていの場合、認知機能と環境などの相互作用の結果として起こります。そのため、認知機能の特徴をアセスメントしつつ、その人がどのような環境にいるか(いたか)なども調べ、それらがどう関係し合っているかを推測していくことが重要かと思います。
8.認知機能が問題の成立に及ぼす影響を探る
[高岡]例えば、その人が生活している環境や人間関係を無視し、知能検査で認知機能だけを調べて、「この人は作動記憶が低いから、それでコミュニケーションがうまくいかないのだろう」と推測したら、その見立てはあまりにも単純すぎます。逆に、作動記憶がすごく高かったり、それどころか知能検査の結果がすべて高得点だったりしたときに、「日常生活の中でもすぐれた能力を発揮できるだろう」と判断するのも適切ではないと思います。どれほど検査結果が高得点でも、環境などの他の要因によってトラブルが頻繁に起こる、ということはありうるわけですから。
知能検査を取っても、その人が生活している環境などについての情報がなければ、「その人の認知機能が、環境などとどう影響し合って、その結果何が起こりそうか?」ということが推測できないと思います。知能検査の結果を有意義に活用するためには、検査で調べられる認知機能を「問題の背景にあるひとつの要素」という程度にイメージして、環境などの「他の要素」との相互作用を考えていくことが重要かと思います。
9.心理社会的要因との相互作用をみていく
[下山]知能検査を有意義に活用するポイントは、2つあるということですね。一つは、検査に先立って、その人の生育過程などの問題の成立過程に関する情報をしっかりと収集し、問題のアセスメントをしておくことですね。もう一つは、知能検査の結果と環境や人間関係との相互作用を分析し、知能検査で把握した認知機能の特徴が問題の成立や維持にどのような影響を与えているのかを分析することですね。
[高岡]そうですね。知能検査だけを過信するのは、言い換えるならば、生物-心理-社会モデルにおいて生物要因だけに注目するようなものかと思います。多面的に問題を理解しなければいけないのに、一面だけから判断して、「それで良し」としてしまうようなものです。
[下山]それは、単純な原因―結果の因果推論で問題を判断するという危険性ですね。「生物的な病因があるので精神障害が起きる」という因果推論のアナロジーとして、「認知機能に偏りがあるので様々な生活上のトラブルが起きる」という単純な図式で理解してはいけないですね。
[高岡]生物-心理-社会モデルの観点でいうならば、「生まれ持った認知機能」は、基本的にはこのモデルの「生物」の範囲に収まると思います。そしてこの認知機能が、「心理」「社会」とも深く関連し、それらの相互作用によって「コミュニケーションの失敗」や「うっかりミス」などの様々なトラブルが起こるわけです。生物、心理、社会の相互作用を見ないと、認知機能が問題の成立に与える影響は見えてきません。
10.知能検査で「できること」と「できないこと」を改めて確認する
[高岡]だから、やはり知能検査は、問題が起こっている文脈を理解するための「手がかりのひとつ」であって、文脈を考えずに検査結果だけに偏重した見立てをすると、どうしても単純すぎる見立てになってしまうのだと思います。
その意味で、知能検査で「できないこと」というのは、発達障害かどうかの判断も含めて「それだけで正確な問題の見立てをすること」、と言えるかと思います。それに対して、知能検査で「できること」というのは、認知機能の特徴を調べること、より厳密に言えば「問題の成立や維持に影響しうる『要因のひとつ』として、認知機能の特徴を調べること」なのだと思います。問題そのものは、その認知機能が「心理」「社会」などとの相互作用を通して成り立っているものかと思います。
[下山]なるほど。研修会では、そのような心理社会的な文脈を踏まえ、知能検査の「できないこと」と「できること」を明確にし、検査結果の活用の仕方についてお話いただけるということですね。楽しみにしています。
■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)
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