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38-4.発達障害支援に向けた知能検査の使い方(1)

(特集:心理支援の新たな扉を開く)

下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学教授/東京大学名誉教授)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.38-4


<注目本「著者」研修会>

◾️発達障害理解のための知能検査の有意義な使い方
−「できること・できないこと」を知る−
 
【日程】8月19日(土)午前9時〜12時
【講師】高岡佑壮(東京家族・発達相談センター心理職)
【コメント】下山晴彦(跡見学園女子大学/東京大学)

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円)https://select-type.com/ev/?ev=GkD_KgkliqY
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円)https://select-type.com/ev/?ev=HmKvYrSBmd4
[オンデマンド視聴のみ](3000円)https://select-type.com/ev/?ev=CnAdjb4tGoA

高岡佑壮先生

<注目本>
発達障害のある人の「ものの見方・考え方」https://www.minervashobo.co.jp/book/b592118.html


<ご案内中の研修会>

◾️レジリエンスの理論とワークを学ぶ 
−潜在的な回復力を引き出すために−
【日程】8月5日(土)午前9時30分〜12時30分
【ご案内と申込】https://note.com/inext/n/n751a057bbe56
  
◾️遊戯療法✖️認知行動療法ワークショップ研修会
【オンデマンド視聴の申込期限/料金】8月15日/1000円
【申込】https://select-type.com/ev/?ev=G-mZV_7Tpzs


1. 今、なぜ「知能検査」なのか?

最近では、精神科クリニックや学校の先生からだけでなく、子どもの保護者からも「発達障害かどうかを判断したいので知能検査をやってください」という依頼を受けることが多くあります※1)。
※1)https://note.com/inext/n/n2bf769798ed2
 
しかし、実際のところ、知能検査の結果だけからでは、発達障害かどうかの判断はできません。以前は、下位検査得点で凸凹があれば発達障害の可能性が高いとの見解が示されたこともありましたが、現在はそれが誤りであったことが明らかになっています。
 
では、発達障害理解に関連して知能検査を実施することは無意味なのでしょうか。発達障害を判断するための知能検査実施のオーダーや依頼はお断りすべきなのでしょうか。
 
このような疑問に対して読者の皆様は、どのようにお考えでしょうか。このような疑問に関する議論の参考資料として、臨床心理iNEXTのインスタグラム「ハラハラドキドキ心理職」の漫画「ハラハラ・ドキドキ発達支援_第4話」※2)を下記に転載しましたので、まずお読みください。
※2)https://www.instagram.com/p/Cuip9NoJGr1/



2.発達障害と関連して、なぜ「知能検査」を実施するのか?



3.個人差に注目した発達障害理解と知能検査の活用

「ハラハラ・ドキドキ発達支援_第4話」をお読みになった感想はいかがでしょうか。知能検査が発達障害の理解に役立つことを知ってホッとした方もおられたのではないでしょうか。その際のポイントとして、「個人差」「考え方のクセ」に注目することの重要性も示唆されていました。
 
知能検査は、発達障害かどうかの判断には使えません。しかし、「個人差」や「考え方のクセ」に注目することで発達障害理解に役立たせることができるわけです。つまり、知能検査を発達障害理解に役立たせるためには、知能検査では「どういったことが調べられて、どういったことは調べられないか」ということをしっかりと理解しておくことが必要です。特に「個人差」や「考え方のクセ」という観点からは、知能検査によって、認知機能の特徴を調べることが重要となると言えます。
 
そこで、臨床心理iNEXTでは、冒頭に示した「発達障害理解のための知能検査の有意義な使い方−『できること・できないこと』を知る−」を企画しました。研修会の講師には、発達障害のある人の認知的特性をイラスト入りで、わかりやすく解説し、幅広く読まれた注目本「発達障害のある人の『ものの見方・考え方』」の著者の高岡佑壮先生をお迎えしました。研修会では、臨床心理iNEXTの下山晴彦が適宜質問をして、論点を明らかにします。研修の構成は、下記のようになっております。

【研修会の前半】
・発達障害理解のために知能検査では「できないこと」
・発達障害理解のために知能検査で「できること」
 
【研修会の後半】
・「できないこと」を踏まえた知能検査の活用ポイント
・事例を通して知能検査の有意義な使い方の具体的解説

研修会に先立って下山が高岡先生にインタビューをしましたので、以下にその記録の前半を掲載しました。後半は、次号に掲載します。



4.「知能検査」では何ができなくて、何ができるのか

【下山】8月19日(土)の研修会ではどのようなことをお話しいただけるのでしょうか。
 
【高岡】まず知能検査では、「どういったことが調べられて、どういったことは調べられないか」を説明したいと思います。「知能検査の結果だけで発達障害の判断はできない」といった、知能検査の限界点をはっきりと説明したいと思っています。
 
「知能検査は役立たない」といった知能検査のネガティブキャンペーンをしたいわけでは決してありません。ただ、「検査では何ができないのか」をしっかりと理解しておかないと、検査結果に基づいて「検査だけでは言い切れないこと」まで言ってしまう危険があるため、それを防ぐために「できないこと」の話を詳しめに行いたいと思います。
 
「できないこと」を踏まえていなければ、検査者の憶測で決めつけた解釈をクライエントさんに伝え、それを聞いたクライエントさんもその解釈を受け入れてしまうということが起こりやすくなります。それはつまり、「検査をしたために、逆に正確なアセスメントができなくなってしまう」ということです。そのようなことを防ぐために、検査で「できないこと」と「できること」を知っておくことが非常に重要であると思っています。
 
【下山】高岡先生としては、知能検査が役に立たないのではなく、むしろ役に立つものであるからこそ、その限界を知って、適切な使い方をする必要があることを主張したいというわけですね。



5.発達障害診断のための「知能検査」依頼にどう対応するか。

【下山】以前から「発達障害の診断をしたいので知能検査をやってください」といったオーダーが、医師から出ることが多くありました。それが、最近では、医療関係者だけからでなく、教員などの教育関係者、さらには保護者からも「この子が発達障害かどうかを知りたいので知能検査をしてください」といった依頼を受けることも多くなっています。
 
そのようなオーダーや依頼に安易に応えてしまって良いものでしょうか。いずれにしろ、「知能検査では発達障害かどうかは分かりません」と言って無闇に断るわけにもいかないのが、心理職の現状でもあると思います。特にクリニックなどに勤務する心理職では、断りにくいのが現実だと思います。では、このような状況にどのように対応したら良いでしょうか。
 
【高岡】「知能検査で発達障害かどうかはわからない」といっても、「わかること」もあるわけです。そのクライエントさんが抱えている困難を把握し、その人の生活状況という文脈との関連でみていくことで、発達障害の理解に知能検査の結果を活用することができます。
 
心理職がクライエントさんの個別の文脈をしっかりと理解した上で検査を実施することができれば、その人の発達障害特性の理解のために知能検査を有意義に活用することができる場合が多いです。
 
例えば、「この子は、他の子どもとのコミュニケーションでうまくいってないから、自閉症スペクトラム障害(以下ASD)かもしれない。ASDかどうか判断したいので知能検査をしてください」といった依頼がきたとします。それに対して「ハイ検査しましょう」、そして、「検査したら各指標得点の間で有意差が出ました、だから発達障害だと思います」というだけの結果説明をしてしまった場合、それは、個別の文脈をまったくふまえていない結果説明だということになります。
 
コミュニケーションがうまくいかないという子が来た時に、「いつからコミュニケーションがうまくいかなくなったのか」、「それによってどのような困難が生じているか」といった問題状況を具体的に、詳しく聞いていくことが、まず必要となります。その上で、知能検査を用いて、問題状況にその子の認知機能の特徴がどのように関わっているのかを調べていきます。そうすることで、その子の発達障害傾向について有意義な理解を得ることができます。



6.個別性を考慮して「知能検査」を実施する

【高岡】そのような問題状況の個別性をしっかりと考えて知能検査をやれば、有意義な使い方ができます。そのためには、クライエントが「発達障害っぽい」といった大味なアセスメントではなく、問題として何が起きているのかという、具体的で詳しい情報が必要なのです。ですので、丁寧なインテイク面接をして、問題状況を把握した上で知能検査を実施する必要があります
 
【下山】発達障害に関しては、発達に関する情報をアセスメント面接や発達検査によって収集することである程度の判断ができますね。そのような判断があった上で知能検査をすることによって、発達障害の診断ではなく、発達障害特性と関連してクライエントさんの“困り方”を明らかにできるというわけですね。その点で知能検査を実施する意義があるということはよく分かります。
 
高岡先生のご著書である「発達障害のある人の『ものの見方・考え方』」(ミネルヴァ書房)でテーマとしておられる発達障害の認知的特徴を、知能検査によって明らかにすることができるということかと思いました。そういう理解で良いでしょうか。
 
【高岡】そうです。問題を解決・改善していくためには、「その人の場合は、発達障害特性と関連するどのような認知的特徴があって、どのような部分で困っているのか」という、個別性をしっかりと把握していくことが大切になります。そのような個別性の理解が問題の解決や改善の手掛かりとなります。ですので、クライエントさんご本人もご家族も、そのような個別性に関する情報やアドバイスを詳しく知りたいのではないかと思います。



7.「知能検査」実施のリスクにどのように対応するか

【高岡】知能検査の結果は、そのような個別性を知る手掛かりの一つとして活用できます。それに対して、「とりあえず大まかに発達障害か否かを判断する」ためには、知能検査は役立たないだろうと思います。
 
知能検査は、受けるだけでも、時間的にも体力的にも心理的にもかなりの負担がかかります。自分のことをすごく詳しく調べられるわけですから。しかも、検査を受けることで、自分のすごく苦手な部分や弱点が見えてきてしまうかもしれないわけですね。だからそのような検査を取ることは、結構怖いことだと思います。
 
【下山】本当にそう思います。
 
【高岡】きちんと説明を受けて、その怖いことを「やってもよい」と、本人も家族も納得して受け入れている時には、知能検査は意義があります。逆にその怖さやリスクがあまりわかっていないままに、「とりあえずやってみよう」となった場合、苦手さに直面するなどしてその人が受けてしまう“傷”が心配です。知能検査は、そのような危険性を持っているものと思います。
 
【下山】確かに知能検査には、そのような危険性がありますね。ただ、そのような危険性を意識していても、所属する組織において知能検査の実施を求められたときにどうするのかは、心理職の重要な課題であると思います。
 
勤務するクリニックのドクターから「このケース、発達障害の疑いがあるんだけど、ちょっと知能検査をやっておいてください」というオーダーが来た時、どうしたら良いのでしょうか?
(次号に続く)


■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

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臨床心理マガジン iNEXT 第38号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.38

◇編集長・発行人:下山晴彦

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