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38-3. レジリエンスを引き出す心理支援

(特集:心理支援の新たな扉を開く)

下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学教授/東京大学名誉教授)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.38-3

<注目新刊書「著者」研修会>

◾️レジリエンスの理論とワークを学ぶ −潜在的な回復力を引き出すために−
【日程】8月5日(土)午前9時30分〜12時30分
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円)https://select-type.com/ev/?ev=Q3pb6W6gSHA
[iNEXT有料会員以外・一般](2000円)https://select-type.com/ev/?ev=wNsrf2kMZPg
[オンデマンド視聴のみ](1000円)https://select-type.com/ev/?ev=YyCoAJR3Mb4

【講師】平野真理(お茶の水女子大学 准教授)

平野真理先生

自分らしいレジリエンスに気づくワーク
―潜在的な回復力を引き出す心理学のアプローチ−

(金子書房)https://www.kanekoshobo.co.jp/book/b619784.html


<ご案内中の研修会>

◾️「認知行動療法を活用して遊戯療法を使いこなす」研修会
[オンデマンド申込期限] 7月25日
【ご案内と申込】https://select-type.com/ev/?ev=7v40-EI4ayA

◾️遊戯療法✖️認知行動療法ワークショップ
【日程】 7月30日(日)午前9時〜12時
【ご案内と申込】https://note.com/inext/n/n2a074007b6bf


1. レジリエンスは心理支援のキーワード

レジリエンス(resilience)は、逆境を乗り越え、回復する力として定義されています。「脆弱性(vulnerability)」とは反対の概念とされ、「回復力」や「復元力」と呼ばれたりします。東日本大震災のような災害からの回復との関連で注目されました。しかし、レジリエンスは、そのような災害や事故、事件などの危機事態からの回復だけでなく、日常場面の困難からの回復に関しても広く活用できる概念となっています。

臨床心理学の観点からはレジリエンスは、困難な状況を乗り越え、そこから回復するという点で心理支援と深く関連する概念です。特に心理支援においては、ライフサイクルのさまざまなステージにおける課題、例えば人間関係、家族関係、職場関係などの困難な事態を乗り越える際に役立つ能力としても注目されています。

精神障害などの事態からの回復支援においては、その人の持つレジリエンス能力に働きけることの意味が重視されるようになっています。従来の「病気を治療する」という発想から、その人に備わっている回復力を引き出す、あるいは育成するといったことが、障害という逆境を柔軟に乗り換えていくのに役立つことが注目されています。


2. レジリエンスを学ぶ注目新刊書「著者」研修会

そこで、臨床心理iNEXTでは、レジリエンスの研究と実践に取り組まれている平野真理先生をお招きして注目新刊本「著者」研修会「レジリエンスの理論とワークを学ぶ」研修会を開催することとしました。平野先生は、臨床心理学の観点からレジリエンス研究をまとめた「レジリエンスは身につけられるか–個人差に応じた心のサポートのために–」(東京大学出版会)を出版されています※1)。

※1)https://www.utp.or.jp/book/b596526.html

そして、注目新刊書として「自分らしいレジリエンスに気づくワーク–潜在的な回復力を引き出す心理学のアプローチ−」(金子書房)を出版されました。今回はこちらの書籍を参考書として研修会を企画しました。以下に平野先生からのメッセージを記載し、その後に平野先生のインタビュー記事を掲載します。

レジリエンスは、逆境やつらさ、落ち込みからの立ち直りを支える回復力のことであり、近年では非認知能力のひとつとしても注目されています。本研修会ではレジリエンス概念について最新の研究動向を踏まえて解説した上で、レジリエンスを発揮するためのヒントを提供するワークを紹介します。ワークでは、個人のレジリエンスを望ましい方向に高めるよりも、その人が持っている潜在的なレジリエンスへの気づきを促し、自分を大切にできる方向を重視します。


3. 心理支援におけるレジリエンスとは何か

[下山]近年、回復力として注目されているレジリエンスですが、さまざまな意味があるようです。平野先生の考えているレジリエンスとはどのようなものか教えていただけますか。

[平野]レジリエンスは、このところ教育業界で非認知能力が取り上げられることが増えたことにあわせて注目されています。教育現場では、レジリエンスは「逆境や辛い出来事に負けず、すぐに回復できる力」という意味で認識されているようです。そして、レジリエンスを高め、心を強くする教育はどうしたら良いかと言ったことが模索されています。そこには、「子どもたちにタフに生きて欲しい」、「何か辛いことがあっても、明るく前を向いて欲しい」という大人の願いが込められているように思います。

しかし、心理支援の現場でレジリエンスを考えるときには、そのような“タフさ”や“ポジティブさ”とは実態が違うと思っています。レジリエンスは、ポジティブ心理学の一つとしても位置付けられています。しかし、私としては“レジリエンス”と“ポジティブ”という言葉の組合せはあまりしっくりきません。

臨床現場でお会いする方々のレジリエンスは、もっとローな回復、つまりゆっくりとじわじわと、一見回復しているように見えないけれど、でも確かに前に進んでいくというような感じがします。ポジティブ心理学の中のレジリエンスは、前向きで力強いものとして説明されます。それに対して臨床心理でのレジリエンスは、もう少しどんよりとしたものなのではないかと思います。

同じ光であっても、蛍光灯のようなパッとした明るさではなくて、暗闇の中にわずかにチカチカとこうライトが灯っている感じですね。暗闇の中の、微かな光を探すようなものを意味すると思っています。


4. レジリエンスを学ぶ研修会の進め方

[平野]8月5日(土)の研修会では、そのようなレジリエンスの意味をご説明し、まず「レジリエンスとはどのような力なのか」のイメージを共有したいと思っています。その上で、個々人が自分のもつレジリエンスに気づき、高めるためのワークをご紹介したいと思います。

レジリエンスを高めることに関して、この手順でやっていけば心が強くなるという理論を求めがちです。しかし、苦しみからどのように回復するかの道筋は、本当に人それぞれで、使える資源も人によって違います。志向性も感じ方も一人一人違うので、その人がどのように回復していきたいと思っているのかを含めて、個別に考えていかなければならないですね

最初に、その人が回復や立ち直りをどう捉えているのかのイメージを共有し、共感していくことが心理支援において求められると思います。ワークもそのようなイメージの共有から始めたいと思います。

[下山]研修会ではまず心理支援におけるレジリエンスの意味を説明いただけるのですね。日本におけるレジリエンスは、東日本大震災の時にどのように立ち直るのかという局面で注目され始めたと思います。最初は心理的なものではなく、むしろ環境的や物理的な意味で語られることも多かったと思います。そこから、心理的観点や教育的観点からレジリエンスが注目されるようになってきたように思います。そのようなレジリエンスの普及過程についても簡単にお話しいただければと思っています。


5. 非認知能力としてのレジリエンスの限界

[下山]ところで、先ほど言及された教育業界における非認知能力としてのレジリエンスということについて、もう少し説明いただけますでしょうか。

[平野]非認知能力としてのレジリエンスは、個人の中に存在する、能力あるいはパーソナリティ特性といった意味が強くなります。つまり、個人の中にある力として捉えるのが非認知能力の文脈でのレジリエンスだと思います。

でも、実際のレジリエンスのプロセスは、環境とのマッチや時間的なタイミングといった状況のなかで、個人と環境とが相互作用しながら進んでいくものです。その点で心理支援におけるレジリエンスは、個人の中にあるものではないはずです。

ところが、非認知能力の文脈で語られるレジリエンスは、能力として高いか低いか、という視点になりやすいということがあります。確かに回復しやすい体質のようなものはあるかもしれませんが、それは回復を全て説明するものではなく、要素の一つでしかないと思います。ある場所ではすごくレジリエンスを発揮する人が、別の場所に引っ越ししたりすると、全然立ち直れないといったこともあります。ですからレジリエンスは、知能のような個人のある程度固定的な能力とは全然違うものだと思います。

[下山]環境との相互作用が重要となっているということですか。

[平野]レジリエンスの能力としての側面ばかりがクローズアップされると、心理支援の際にも、その相互作用に目がいきにくくなってしまいます。


6. レジリエンスは一人ひとり違う

[下山]平野先生は、「自分らしいレジリエンスに気づくワーク」というタイトルの本を出版されていますね。それは、このような相互作用も含めたレジリエンスの臨床的な考え方を伝えたいという意図があったのでしょうか。

[平野]ご自身のレジリエンスを高めたいという方だけでなく、レジリエンスを高める支援をしたいという方もたくさんおられます。そこで、まずこの本でお伝えしたかったのは、レジリエンスは、かなり個人差が大きいということです。外から見たら立ち直ってないように見えても、ご本人の中ではすごく進んでいるということもあり、レジリエンスは一概に外から評価しにくい、つまり人によって比較ができないことをまずお伝えしたいということがありました。

東日本大震災の際にレジリエンスが注目されたこととも関連するのですが、レジリエンスが言及される時には、社会の中で想定される理想的な回復プロセスが、「辛いことがあったらこう立ち直っていくべきだ」ということが前提とされてしまうことがあります。「社会の中で辛さを抱えながら、このように立ち直っていけるといいよね」という規範があって、その規範に至れない自分を責めたりします。

そのような「回復すべき」との規範に苦しめられてしまい、空回りの努力をするということも起きてきます。そのような規範とは異なるレジリエンスの意味をメッセージとして伝えたいと思っていました。


7. 一人ひとりに即したレジリエンスを支援する

[下山]少なくとも心理支援におけるレジリエンスは、楽観的で明るいものではなく、むしろ薄明かりの中で探り当てていくものですね。しかも社会規範とは異なり一人一人違うという意味で「自分らしいレジリエンスに気づく」ことが重要ということもわかりました。だからこそ、心理支援においては、「その人にあったレジリエンスや資源はどのようなものなのか」を見ていくことがポイントなのですね。

[平野]今苦しんでいる方や支援者の方にも、そのようなメッセージを伝える本になっていたらと思っています。

[下山]そうなると、「自分らしいレジリエンスに気づくワーク」というのは、心理支援をする人だけでなく、自分のレジリエンスを高めたいという人にとっても役立つわけですね。ご本の中には、色々写真が入ったりしていて、楽しみながらワークができますね。

[平野]さまざまなレジリエンスの例を掲載してあります。それを通して「それぞれ立ち直り方は本当に違うんだなぁ」ということを感覚的に実感していただきたいと思っています。レジリエンスのグループワークをしてみると、メンバーそれぞれが皆違うことを想像し、連想します。そこで、「皆それぞれ違うんだ」「自分のあり方もその中のひとつなんだ」ということを、改めて体感していただくことができればいいなと思っています。


8. 自己のレジリエンスに気づき、その広がりを感じるワーク

[下山]それでは、今回の研修会では、レジリエンスの理論や考え方について学ぶだけでなく、参加者の皆様にはオンラインでレジリエンスのワークも体験していただけるということでしょうか。

[平野]ワークとしては、そもそも「レジリエンスはどういうものか」をイメージすることから始めたいと思っています。実は人それぞれ違ったイメージを持っています。本書でも紹介していますが、以前に授業で「自分にとって落ち込みと回復のイメージに一番近い写真を撮ってきてください」という課題を出したのですが、本当に人によって違っていました。

そのような自分自身にとってのレジリエンスに気づき、レジリエンスを問い直し、レジリエンスの拡がりを感じていただけるワークを体験していただけたらと思っています。そのために、当日はオンラインのホワイトボードのシステムを使ってワークを実施する予定です。登録などは必要なく、通常のブラウザでURLにアクセスするだけで、とても簡単に利用できるシステムで、しかも匿名で参加できるので気楽に意見交換ができます。投影法を使ったワークもしたいと思っています。参加者の皆様が連想を通して自由に意見交換できるような時間も取りたいと思っています。


9. 一人ひとりの主観性を大切にする支援に向けて

[下山]現在の日本の心理職ワールドでは、公認心理師制度の普及が急ピッチで進められています。その結果、形の上だけでエビデンスベイスト・プラクティスが標榜され、現実適応を目指す形だけの認知行動療法が推奨されてしまっています。そうなると、一人一人の主観性や個性が見逃されてしまいがちです。本来の認知行動療法は、一人一人の個性を大切にするものなのに、それが無視される傾向が強くなっているように思います。

そのような現状を考慮するならば、投影法のような主観的なイメージをもう一度見直すことが必要となっていると、私は思っています。一人一人の主観性を大切にするという意味で、レジリエンスは大切ですね。

[平野]潜在的なレジリエンスを引き出すワークにおいて投影法を活用しています。投影法によって、言葉にならない部分も扱えたらと思っています。言葉や認識で説明できる部分は多くありますが、それだけでは取りこぼしてしまう部分もあります。レジリエンスを引き出すためには、そこが大切であると思っています。

それは例えば、ふんわりと包まれる感覚、安心の感覚であったりするのかなと思っています。研修会では、そのような視点も共有できたらと思っています。

[下山]フォーカッシングにおける体験過程のようなレベルですね。自分の中でなんとなく感じられるけれども、言葉にならない何かに触れることを通して潜在的なレジリエンスに気づいていく、そんな感じでしょうか。少しずつ回復力を確かなものにしていくワークですね。そのような体験も含めてレジリエンスを学ぶ研修会を楽しみにしています。

■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

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臨床心理マガジン iNEXT 第38号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.38

◇編集長・発行人:下山晴彦

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