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研究者として、日本を出ていくという選択をした話。

ご無沙汰しております。

まずご報告なのですが、来年からの就職先が決まりました。ひとまず来年以降も生きていけることがほぼ確実となったため、一安心しております。中国の某大学の日本語学科なのですが、特に有名大学というわけではありませんし、コネがあったわけでもありません。

なぜインド・ヨーロッパ語学が専門なのに就職先が中国なのか、と思うかもしれません。理由はいくつもあります。まずはお連れさんが中国人であるということです。ぶっちゃけこれが最大の理由です。

とはいえ、他に理由がないわけではありません。日本で就職するという選択肢も当然あったわけです。でも、それは選びませんでした。指導教員の勧めを断って学振PDも申請しませんでした。その理由が、他の人、主に今院進(特に博士課程への進学)を検討している学部生あたりの参考になりそうだと思ったので、ここに書いておこうと思います。ただし、基本的に文学部の話なので、他の学部では違うところもあるかもしれません。それだけはご留意ください。

金がない

これは単純で、日本で働いた場合には賃金も研究費も全然満足のいくものではありません。今年度は非常勤講師をつとめるという経験もしましたし、いい経験だったとも思いますが、授業準備の手間を考えると、金銭的には割に合いません。少なくとも本業にしたいとは思いませんでした。非常勤講師を望んで何年も続けている研究者はほぼ皆無でしょう。

科研費については、当たれば多少のお金が入りますが、そもそも申請や手続きにかかる手間が半端じゃありません。申請書書いてる時間で論文一本分の研究成果が出せます。学振PD(所謂ポスドク)という選択肢もあるのですが、申請の手間、任期の短さ等を考えると明らかに他の選択肢、例えば民間に就職した方が得です。日本で研究者をやる場合、博士卒業と同時に同年代の民間就職者と同等の賃金がもらえるポストに滑り込めるのはごくごく少数でしょう。しかも、これからさらに厳しくなることが予測されます。

研究時間がない

これもよく言われる話ですが、何で研究時間がないのかというと、別のことに時間を割かなければならないからですね。具体的にいうと、様々な申請書を書くのが筆頭で、それに加えて非常勤講師の場合は授業とその準備、教授クラスになると会議と学生(特に院生)の指導です。私は詳しく知りませんが 、理系の場合には研究室の運営という仕事も多分あるんでしょう。私はこの問題の深刻さを示す格好の例に出くわしたことがあって、私自身ではなく某先生の話なのですが、ある時「会議で教員の研究時間が減っているという問題を検討するための会議」に駆り出されていました。

つまり、日本で学者をやるとなると、まず授業準備(研究だけしていればいいという待遇はほぼ皆無です)を頑張りながら必死に成果を出して、それでどうにか先達が退職して空いたポストに滑り込んで(大抵すぐには滑り込めず、別の道に行ったり、非常勤や任期付きのポストを転々とする人の方が多いです)、滑り込んだら滑り込んだで今度は会議と学生指導に追われることになります。学生指導というのも結構大変なようで、例えば面倒見のいい先生だと学生が学会に投稿したりする度に原稿を見てくれます。それだけではなく、毎年卒業論文審査や修士論文審査もあるし、年によっては博士論文審査もあります。私の博士(予備)論文は430ページもあります、といえば負担の大きさはお察しいただけるでしょう(師匠、すみません。最後ですので勘弁してください)。卒業論文や修士論文も、出来上がったのを見ればいいというものではありません。執筆段階から何度も原稿を受け取って、合格水準に到達できるように助言します。少なくとも私の師匠はそういう先生です(感謝しかありません)。これが日本で最も成功した部類の学者の姿のはずなのです。

職がない

まず、研究者になろうとすると、今の日本では博士号までとらなければなりません。つまり、最短で研究者として食えるようになったとしても27歳です。それまでは普通に授業料がかかるので、親なり奨学金なりバイトなりでどうにかする必要があります。また、人文系の場合、現状27歳で博士号というのはかなり珍しいです。30を越える方が多数派まであります。人文社会系の研究者育成は徒弟制度的なので、聞く話では、悪い師匠に当たったらいつになっても論文を書く許可が貰えないようです。書いて通らないのではなく、書かせようとしないらしいのです(学生の人生を破壊しているのに何とも思わないんですかね)。身近にそういう人がいなくて良かったと思うばかりです。

そういう関門をくぐり抜けて博士号を取ったとしても、今の日本の研究者は、大抵任期付きのポストからスタートします。この任期というのは、終わると追い出されます。准教授でさえ、「特任准教授」という任期つきのポストがあります。これも任期が終わると追い出されます。野球選手だって活躍したら契約の延長があると思うのですが、学者だとそういうのはほぼ皆無なんですよね。つまり、何度も就職活動をしなければなりません。就職活動中は自分の研究に集中なんてできやしません。

やりがいがない

これは要するに、「成果を出しても特に金銭的にプラスにならないが、成果が出ないとペナルティーがある」ということです。結局は自分が研究したいからというモチベーションで頑張るしかありません。あと、特に名誉もないです。人文学系の研究をしていることを知られただけで「働かずに遊んでる人」的なレッテルを貼られることまであります。

それで成果を出したとしても、今度は「それが何の役に立つのか(どうお金になるのか)」っていう風潮にぶつかるんですよね。私のきわめて個人的な意見ですが、文系の学問は利益を生じさせるためのものではなく、不利益を生じさせないようにするためのものであるという印象があります。もう日本の大学で人文学の研究ができる時代は終わったのかな、とも思います。

博士課程には行くな!

以上、私が日本を出ることを決意した周辺的な理由のいくつかでしたが、これらを明かして私が何を伝えたいのかというと、大学院、特に博士課程には絶対に行くな、ということです。就職か大学院かで迷ったら絶対に就職すべきです。就職してもいいと心の中で少しでも思っているなら就職してください。就職するという選択肢を捨てて博士課程に進んだ場合、後で多分後悔します。「中学校や高校の同級生は働いていたり、結婚したり、子供がいたりするのに、自分はなんでこんな地に足のつかないような生活をしているのか」という劣等感あるいは不安のようなものが常につきまといます。これについては以前ちょろっと書きました。

だから、結論としては、最初から就職なんてこれっぽっちも選択肢として考慮していない、私は研究して生きるんだ、このテーマを研究しなかったら私の人生は無価値だ、生きる意味がないんだ、というくらい自己の精神性が研究に特化している人でない限り、博士課程進学には何のメリットもないということです。修士ですら勧められません。

特に人文学の場合、研究ではお金も名誉も手に入りません。自分の手で何かこれまで世界で誰も知らなかったことを明らかにしたとか、自分がこのテーマでは世界のトップを独走しているとか、そういう矜恃だけを支えにして生き抜く世界です。研究してなかったら生きる意味がないというレベルの、社会の多数派の価値観から完全に外れたような人間の掃き溜めといってもいいです。また、アカハラもセクハラも他人事ではありません。

普通に社会で生きていけるのに、わざわざ博士課程進学なんていうアホな選択をする必要はありません(人文学の話です)。今はオープンサイエンス化も進んでいて、過去の名著もかなり電子化が進んでいます。勉強するだけなら大学の外で十分やれます。下手すれば研究も在野でできます。だから少しでも本格的に勉強したいので修士進学、というのですらあまり同意できません。

少しでも迷ったら院進はやめてください。将来性が全くありません。本当に院進に向いているような人は、こういう文章を読んだとしても完全に他人事にしか見えず、院進せずに就職するという選択肢自体が心にありません。私はそういうタイプの人間でした。そういうタイプの人間だったのに大分苦しみました。基本的に人文系の院進は人生の浪費です。私も恋人の助けという蜘蛛の糸が無かったらそのまま地獄行きでした。

また、博士課程に進学してから就職するよりも、就職してある程度稼いでから院に戻る方がはるかに簡単です。(早期)退職してから学士入学する人もたくさんいます。語学だけは多分若いうちにやった方がいいんでしょうが、専門の勉強は後からでも十分できます。とにかく、少なくとも学部から直接の院進はやめるべきです。これに関しては、教授などの安定したポジションの人間ではなく、大学院生か、それに近い立場の方の話を参考にしてください。例えばこの方とかこの方とか。


そして、当事者でない方々。気軽に人文系の学生に院進(特に博士課程)を勧めるのはやめてください。勧めるなら学費なり就職先の紹介なりで責任をとってください。自分の無責任な発言が一人の学生の人生を破壊しかねないということをどうか自覚してください。たとえ最終的にポストにありつけたとしても、そこにたどり着くまでに四苦八苦するのが万人にとって良い人生の選択なのでしょうか。潰しがきかなくなる選択肢がよい選択肢なのでしょうか。アカデミアの外部から見ても研究者は将来性がある職種なのでしょうか。

人文系に限らず、基本的に日本の学術は泥舟です。お金がないんだからしょうがないのですが、お金がないならお金がないなりの結果が出てくるのは当然だし、お金がある方に人が流れるというのも当然のことです。任期付きかつ薄給の職しかないと絶望していたところに、そこそこの給料、申請書を書かなくていい研究費、数年間の住む場所、学食無料、任期切れで追い出されない、などなど、っていう条件を提示されたら飛びつきたくなりますよね。私は飛びつきました。条件が圧倒的すぎる。でも、学部の同級生を見る限りでは普通に就職した人の方がやっぱりお金は稼いでるんですよ。博士出たばかりの研究者の待遇としては圧倒的、というだけです。私が言っても説得力はないかもしれませんが、博士課程への進学はよく考えてから、ではなく、少しでも博士課程以外の選択肢を考えられてしまうようならやめておいた方が賢明だと思うよ、です。

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