見出し画像

始まりはドカベンの躍動感 | 稲見昌彦×山中俊治対談シリーズ 第1話

 自分の体は1つだけ。そう思い込んでいませんか。
 ロボティクス技術の進展とメタバースの台頭が、リアルな世界とバーチャルな現実の両面から、人間の身体に根本的な変容を迫っています。洋服を着替えるように気分次第で身体を選び、忙しい時には何人もの自分を同時に使いこなす。そんな日常が刻々と近づいているのです。「稲見自在化身体プロジェクト」が取り組むのは、この環境の実現に向けた地ならしです。技術の開発から人々の行動や神経機構の理解など、複数の経路からアプローチしています。
 我々が思い描く新しい身体像を社会に受け入れてもらうには、多様な視点からの議論が欠かせません。そこで、身体性に造詣が深く革新的な業績で知られる各界の論客を招いた対談を企画しました。ホストはプロジェクトを率いる東京大学 先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授。自ら博覧強記、才気煥発で知られます。
 今回のゲストはデザインエンジニアで東京大学 大学院情報学環・生産技術研究所の山中俊治教授。Suicaの改札機や「美しい義足」など、数々のイノベーションを創出し、デザインと工学の最先端を同時に知悉する人物です。                                                               (構成:今井拓司=ライター)

イントロダクション

 二人の対話のベースにあるのは「技術がもたらす新しい身体を、人為的な異物ではなく肉体の延長として感じてもらうにはどうすればいいのか」という本質的な疑問です。議論の皮切りとして、まずは山中教授に「生き物っぽさのデザインと生物模倣設計とのギャップ、あるいはその接合について」と題して語っていただきました。

生き物っぽいことと生物模倣のギャップ_ページ_001

山中 先日、筑波大学で落合陽一君のデジタルネイチャー研究室の学生さんが見学に来て、自分のプロジェクトを紹介する中で、こんな話をしてくれました。「カラスのくちばしが、ちっちゃい丸いものをつまむのにすごくよくできていて、指キャップの先にカラスのくちばしをつけてつまむと、ピンセットより優秀なものができちゃうんですよ」って。
 とってもインスパイアリングで面白い話なんだけど、一方で「小さい粒をつかむのに本当に必要なのはくちばしの先だけで、くちばし全体の形を引用する意味はないよね。先端の部分だけ付けても同じなんじゃないの」って議論が当然あります。でも本人は「ちゃんと検証しないといけないですね」としつつも、最後に「くちばしがあって、指先についてるのかわいくないですか」って言うんですね。
 僕は、この「くちばしが指の先についてるのは、かわいくないですか」って感じることは、とても大事だと思っています。自然界から引用したものを道具として使う場合、工学的な意味と全然別な文脈を持つことがあって、それが「美」の問題ととても密接に絡んでいるんです。
 これは工学的な最適設計と美的なスタイリングの間のギャップともいえます。このギャップは色んなところにあって、人間とは不思議なもので、このギャップを何とか混ぜてみようとするんです。

山中教授の原点

工学的な設計と美的感覚のギャップは、これまでの教授の経歴を貫く大きなテーマでもあったようです。学生時代、東京大学の工学部に進んだ教授は、人の身体の美しさに惹かれて思わぬ沼にはまります

山中 大雑把に自己紹介をすると、自分の原点ともいえるのが大学時代の経験です。水島新司さんの有名な漫画(「ドカベン」)をそばに置いて、一生懸命模写したりしてしていました。

生き物っぽいことと生物模倣のギャップ_ページ_003

 人間の身体って、僕にとってとっても美しいもので、それを描きたいっていう根本的な欲求がずっとありました。水島新司さんの美意識は、そこを明快に伝えている気がするんです。解剖学的には必ずしも正しいわけじゃないカーブが色んな所に使われてるんですけど、それが動きとか力感とかに非常に密接に関わって、テンションの高い動作を表現しているんですよね。
 自分はそれを模写して、ビビッと感じるところがありました。それにのめり込んだせいで、それから2年ぐらい漫画を描いてたくらいです。留年したりしながら。描いた絵が一連の動きの中で正しいかどうかを、パラパラ漫画として確認したりもしてました。
 デザイナーになってから、井上雄彦さんの「スラムダンク」を見た時に、同じ美意識を持っていると感じて、これが僕のやりたかったことだなと思った。彼があるところで「自分の原点は、高校時代に散々模写した水島新司さんの漫画です」と言っていて、「なるほど、同じところで共感するんだ」と思いました。
 10年くらい前には「宇宙兄弟」という漫画のムック本に、僕も漫画を描いたんです。原稿料をもらったから、僕は漫画家デビューしているんですよ(笑)。JAXAのエンジニアの野田さんと一緒に有人の小惑星探査宇宙船をデザインして、そのオペレーションを漫画として描いたんです。
 こういう絵の場合も、自分は常に生き物っぽい機械を指向しているなと思っていて。結果的に生き物のファンクションを引用しているっていうのもあるんですが、同時に生き物の美を引っ張り込みたいという願望がいつもあるよね、自由に描くとこうなっちゃうねっていうところがありますね。

大学を卒業して日産自動車のカーデザイナーになった教授は、外観の美しさと内部の機構の間に、不即不離の不思議な関係を発見します。フリーのデザイナーとして独立した後にも、同じ問題意識が繰り返し浮かび上がります。

山中 漫画と機械工学の両方とも好きだったので、その接点としてカーデザイナーになりました。カーデザインって、ある種の生き物っぽさの塊でもあるんですね。自動車のデザインは、よく官能的っていったり、筋肉に例えたり、動物に例えたりしますよね。エンブレムもネコ科の動物だったりする 。そういう躍動感を車は背負っていて、あらゆる局面がそういうものを強化するようにデザインされるんです。実際、自分も「インフィニティQ45」っていう車を(そのように)デザインしました。
 ただ、ルイジ・コラーニとか非常に有機的なデザインをする人たちの話を聞いて、「なんか変だ」って思ったことがあるんですよ。(自動車の外観が)滑らかな曲面に覆われていることをエアロダイナミクスと絡めて機能的なように喋るんですけど、この曲面て内部と関係ないよね。フェラーリの美しい官能的な曲面の中にも、実は全然違う構造のものが入っていて、そういう風に外観を重ねているに過ぎない。ある種のフェイクだよね、と。
 でも、車が走って車輪が上下するところを(車体の)カーブで受けているのを見ると、なんとなくそこが機能しているようにも見えてしまうんですよね。その感触っていうのが、我々の美意識とエンジニアリングのギャップであり、どこかでつなげたいっていう願望の表現でもあるんだなって思うんです。
 カーデザイナーは4つのタイヤをとっても大事にデザインするんですが、そこが(デザインの)力点であり、実際にも確かに(構造上の)力点になっている。サスペンションの構造は非常に重要で、全体の動的な制御の中で最も重要な関係でもある。そこに美しいカーブのフェンダーを与えることの意味って何だろうなっていうのは、僕の中の根本的な問題意識として車をデザインしながら思ったことですね。
 今から思えばこのカメラなんかも、ちょっとロボットとしてデザインしてたのかなって思ったり。色んなものをデザインするたびに、どこか生物を引用しているよね、とも。
 また、Suicaの改札機の13.5度の角度が人間を自然にアンテナ面に誘って、読み取り可能域内に0.2秒滞在するのを促す効果を発見したっていうのは、美的感覚と何の関係なかった。だけど、何となく絵の中には滑らかなカーブを描いちゃうんですね。それがどこまで意味があるのかなっていうことが僕の中でギャップとして存在していて。結局1999年に作られたSuicaのプロトタイプはS字カーブで覆われているんだけど、本物の改札機はこんな格好にはなっていなくて、位置関係だけが守られている。この最適化されたファクターと、そこに乗せたかったカーブとのギャップが、やっぱりずっと僕の中にある。
 逆に腕時計なんかは思いっきりフェティッシュに、美的感覚のままに作る。腕に止まってる生き物みたいにデザインしたいって思って、それと時計が持っている精密感がうまくフィットしないかなって探ったりするんです。キッチンツールなんかはそこから離れて、生物的なモチーフよりも実用性を優先しているはずなんだけど、なんとなく生物のようにも見えてしまう。
 高校生の頃、弟に「兄貴、将来何になりたいの?」って聞かれたことがありました。すごい鮮明に覚えているんですけど、「わからない」といいつつも「サイボーグつくりたいかな」と言ったんですよ。理科系の部分と、生物に対する自分のあこがれとの両方がそこにあって、ゾクゾクしたんだと思います。40年以上たってみて一歩もそこから離れてないなと。自分の中の深い問題意識なんですね。

ロボットの生命感

20世紀から21世紀への境目に、教授はロボットのデザインに乗り出します。現在の工場に配備されるような「働くロボット」ではなく、どこか生き物を感じさせる未来の姿の提案です。

山中 2000年ごろからロボットを頻繁にデザインするようになりました。意識的に生命感を引用しつつ、それがロボットの性能とどう絡み合うかを探っています。
 最初に生き物らしさを意識したロボットは、2000年に作った Cyclops(サイクロプス)。実はこれ、(東京大学の)井上稲葉研で作っていた実験体がベースになっているんです。人体模型の背骨を使って、その周りにある空気圧制御の人工筋肉を動かして、赤いボールの方を見るようにコントロールしていたもので、今の「腱太」の非常に初期の研究体でした。
 それが一旦研究の役割を終えて、そのまま埃をかぶって寝ていたのを、3年後ぐらいに僕が見つけて、「これ、なんか素敵だよね。こいつをベースにアート作品を作らせてくれませんか」って言ったんです。当時学生で、僕のところにバイトに来ていた田川欣哉君や本間淳君と一緒に作って、日本科学未来館が2001年に開館したときに展示しました。

デザインのひみつ1日目_cyclops.001

 人間の方を見るだけで何もしないロボットです。でも、視線を切り出して、背骨とたくさんの筋肉でなんとなく動かしてやると、ギクシャクしながらも人の方を一生懸命に見るロボットになって、それがとても生きてるみたいに見えるっていうので話題になった。「賢そうに見える」という誤解も含めてですけど。
 これを皮切りにいろんなロボットをデザインしました。千葉工大の古田貴之さんとその頃に出会って、彼が作っていた「morphシリーズ」という、当時としては画期的によく動くロボットをベースに、新しい身体を作ってみようかといってデザインしたのが「morph3」(2003年)です。
 古田さんとは、「モーターモジュールからかっこよくしようぜ」と。僕の中でも生物的な印象のものと生物じゃない印象のものとをどう混ぜるかってテーマの、当時としてはホットな試みでした。

生き物っぽいことと生物模倣のギャップ_ページ_046-047

稲見 山中先生のデザインには機構設計的な考え方も入っている、必ず軸の線が入っているのがユニークだなと思うんですが、単にエクステリアだけではなくって、頭の中で可動域もイメージされながらってことでしょうか。

山中 まさにそこがとっても重要なんですね。おっしゃる通りで、僕のデザインは根本的には構造デザインであって、スタイリングはむしろ構造の表れであるべきだと思っていて。いつも意識的に構造をデザインしています。
 例えば次のロボットビークル「Hullucigenia(ハルキゲニア)シリーズ」は、根本的には分散されたインホイールモーターがフラットなテーブルの下にたくさんあって、そいつらが協調して人間を支える構造をしています。ホイールを多自由度にしておくと、すごい色んなことができるよねと考えたんです。

生き物っぽいことと生物模倣のギャップ_ページ_054-2

一番よく動くようになったのが次の動画のロボットですね。

生物らしい動きを求めて、山中教授は模索を続けます。伸縮する布、からくり人形の動き、固い素材を柔らかく見せる動作、ひたすら外力に逆らう機械……。発想は縦横無尽に広がります。

山中 「Ephyra(エフィラ)」(2007年)はグニュグニャ動くロボットシリーズで、ストレッチーな布の中に伸縮する機械体を入れてやったものです。原研哉さんが繊維業界と一緒に企画した、日本の布の技術を展示する「TOKYO FIBER」っていう展覧会向けでした。すごく伸縮性の高い「Raschel Seamless Wear(ラッセルシームレスウウェア)」っていう、レオタードなどにも使われれる布が、いつもグニャグニャ動いていて、触ると引っ込むんです。

山中 これも、とてもミニマルな生物的特徴の引用なんですよ。グニャグニャ動いてるのが、触るとちょっと反応する。プリミティブで、特定の生き物に似てはいないけど、それでも生きているように感じるっていうのがテーマだったりするんですよね。
 「弓曵き小早船」(2009年)は、「弓曳き童子」という江戸時代のからくり人形を再現した9代目の尾陽木偶師・玉屋庄兵衛さんに「構造自体がかっこいいからくり人形作ってみませんか」と呼びかけてできたものです。からくり人形師は昔から(生き物に見える動きを)やっていたから、一緒に仕事することは自然だったのかもしれません。
 からくり人形って手品のネタなので、そもそも服の下に仕掛けを隠すことを大前提に設計されているんですけど、むいてみるとよりかっこいいですよね。1個1個かっこよさが際立つようにフレームを設計し直したので、余計そうなんですが。ちょっと首を寄せたりする動きも、足元のカムだけでちゃんと再現されるところがすごいですよね。
 「Flagella(フラゲラ、鞭毛)」(2009年)は慶応大学の先生になってからだから約10年前です。「柔らかく見える動きって、柔らかい素材じゃなくてもできんじゃね」っていうのを、スタイリングを駆使して作ってみました。

 シンプルに円筒が曲がっているだけのものが、お互いねじりあうんだけど、そこで(動きを)破綻させないためには曲率の制御を結構丁寧にやらなくてはいけなくて。曲面の曲率の変化率がちゃんと接続されているカーブを使って、滑らかな曲面をコンスタントに保ち続けるんです。単純に反転させた円と円をぐるっと回すと途中で曲率が激変するので、つながっているように見えなくなるんですけど、それを崩さないようにきちんとスタイリングするっていうのを、当時学生で今は助教の村松充君が設計したものです。
 次はむしろ動作原理を機械化したものですね。これは、僕がドイツの研究者(Manfred Hild)とパリで出会った時に、カフェで描いたスケッチです。どちらもソニーCSL(コンピュータサイエンス研究所)の招きで客員研究員だったんです。彼の研究は、根本的には外力に逆らうことが生物の動きの基本原理なんじゃないかと見なして、外力に逆らうモーターを全身に配置するだけで、全体としては生物のような動きをするようなロボットができると考えていました。

生き物っぽいことと生物模倣のギャップ_ページ_085-2

それを端的に反映したのが、このプロトタイプ(「Fuhler(ヒューラー)」)です。江角一朗君という学生が作ったものですね。3つのモーターが、外力が受けると反発する以外のことを全く何もしてないんですけど、全体として何か協調動作してるかのごとく見えるっていうね。

Apostroph(アポストロフ)」(2011~2015年)も村松君が作ったロボットです。生き物って 手を引っ張られると引っ張り返すとか、 赤ん坊のプリミティブな動作もそうなんだけど、反発する動きが基本にある。我々が立つとか座るとかの姿勢をとっている時も、いちいち全筋肉を姿勢制御に使ってるというより、それぞれの筋肉が自分に負荷がかかったら反発するってことやっている。それだけで、自然に立つことができるんですね。

 例えば3つのモーターが外力がかかった時に反発するだけで、結果的に協調して立つものができる。その研究をベースに、村松君はいつまでたっても安定しないジオメトリーを考えた。ずっと意地悪に動き続ける、立とうとするんだけどうまく立てない状況をロボットにつくってやることを試みたんですね。

第2話へ続く


自在化身体セミナー スピーカー情報

ゲスト:山中 俊治 やまなか しゅんじ
デザインエンジニア
東京大学 大学院情報学環・生産技術研究所 教授

画像8

(Photo: Naomi Circus)

1957年愛媛県生まれ。1982年東京大学工学部卒業後、日産自動車デザインセンター勤務。1987年フリーのデザイナーとして独立。1991~94年東京大学助教授、同年リーディング・エッジ・デザインを設立。2008~12年慶應義塾大学教授、2013年より東京大学教授。腕時計、カメラ、乗用車、家電、家具など携わった工業製品は多岐にわたり、グッドデザイン金賞、ニューヨーク近代美術館永久所蔵品選定など授賞多数。近年は「美しい義足」や「生き物っぽいロボット」など、人とものの新しい関係を研究している。近著に『デザインの骨格』(日経BP社、2011年)、『カーボン・アスリート 美しい義足に描く夢』(白水社、2012年)。

ホスト:稲見 昌彦いなみ まさひこ
東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授

稲見昌彦_プロフィール写真3

(Photo: Daisuke Uriu)

東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野教授。博士(工学)。JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト 研究総括。自在化技術、人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会代表理事、日本バーチャルリアリティ学会理事、日本学術会議連携会員等を兼務。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)、『自在化身体論』(NTS出版)他。
「自在化身体セミナー」は、2021年2月に刊行された『自在化身体論』のコンセプトやビジョンに基づき、さらに社会的・学際的な議論を重ねることを目的に開催しています。
『自在化身体論超感覚・超身体・変身・分身・合体が織りなす人類の未来~』
2021年2月19日発刊/(株)エヌ・ティー・エス/256頁

【概要】
人機一体/自在化身体が造る人類の未来!
ロボットのコンセプト、スペイン風邪終息から100年
…コロナ禍の出口にヒトはテクノロジーと融合してさらなる進化を果たす!!

【目次】
第1章 変身・分身・合体まで
    自在化身体が作る人類の未来 《稲見昌彦》
第2章 身体の束縛から人を開放したい
    コミュニケーションの変革も 《北崎充晃》
第3章 拡張身体の内部表現を通して脳に潜む謎を暴きたい 《宮脇陽一》
第4章 自在化身体は第4世代ロボット 
    神経科学で境界を超える 《ゴウリシャンカー・ガネッシュ》
第5章 今役立つロボットで自在化を促す
    飛び込んでみないと自分はわからない 《岩田浩康》
第6章 バーチャル環境を活用した身体自在化とその限界を探る        《杉本麻樹》
第7章 柔軟な人間と機械との融合 《笠原俊一》
第8章 情報的身体変工としての自在化技術
    美的価値と社会的倫理観の醸成に向けて 《瓜生大輔》