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マシなふたり

彼をカッターで刺した。刺した。抵抗されたのでアタシにも傷が付いた。ヒドい、これじゃ売り物にならないじゃない。彼にずっと残りそうな傷が付いて嬉しかった。これで彼は私のコトを忘れない。もう売り物にならないかもしれないけれど、これでオソロいの傷だね。でも、もう彼には会えなくなったケーサツに逮捕されちゃったから。なんで?私の心のキズの方が深いのに、好きなのに、愛してるのに。

刑務所の中で時間を過ごす中で段々と気持ちが落ち着いてきた。あれ?なんであんなヤツの事好きだったんだっけ?なんであんな男の為に毎日毎日、ゲスな男共の相手をしたんだっけ?

私に残ったキズは忌々しいけど、アイツに残った傷はざまあみろ、と晴れた空を見て思った。

これからどうしていこう。どうしたら良いんだろう。アタシはゲスな男共の相手をする生き方しか知らない。公園の前に立って2.3万でアタシを売ってネカフェに泊まったりして日々を過ごした。

その内に一人暮らしの適当な男の家に居座ることになった。「もうこんなことしちゃダメだよ」とか「傷を見てどうして?」とか私のことについてなんも聞かない。「なんで何も聞かないの?」と聞くと「ただそこに居るだけで良いし、僕一人で居るよりずっとマシだから」そう言って今日もアタシを抱いたりしない。

一通りの洋服や下着、何から何まで揃えてくれた。もしかして、この人は実は殺人鬼で私を殺そうとしてるんじゃないかと不安になったけど殺されることも無くただ日々が流れていった。抱かれない不安を感じていた。だんだん何だか申し訳なくなって家事を手伝ったりするとこの人は嬉しそうにしていたので私は安心できた。最初は全然何も出来なかった家事も一通り出来るようになっていった。

アタシは人間に戻ったような感じがした。そして、アタシはもう大丈夫になっていった。最後はなんと言ってここを去ろうか迷ったけれど結局何も言えなかった。

何か一つ言うなら「人に戻してくれてありがとう」と言いたかったけどそれも違う気がしたし恥ずかしかった。今もたまにこの人のマンションの前を通るとまた誰か住まわせてるのかな、と考えつつ洗濯物を見て生存確認をしている。私も今日を生きてる。

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