見出し画像

身の程あらず

純喫茶に行って、自分の身をその環境の馴染ませれば、なんだか良い人物になれるんじゃないか、と毎回期待している。

1杯1000円のコーヒーを飲みながら、自分を誤魔化すように過ごしている。でも、ファミレスに行ったら行ったで、自分より若い人が店内に溢れていて、そのエネルギーに圧倒されてしまう。身の程知らずという言葉があるが、純喫茶も、ファミレスも、自分の身に合っているとは思えない。自分の身の程ってなんだろうか、と真剣に考えても無駄で、確かなことは、信じた人さえたくさん集まってしまえば、なんだって本物になってしまう、とディズニーランドへ行くたびに思う。もし、信じている人数で本物なのか決まるのだとしたら、この世界は存在していない、と言っていた哲学者を論破できると思った。本物は、とてつもなく民主的であるけれど、それを利用する人がいるから、詐欺があるんだろうな。新しいことが出てくると、あれは本物じゃないと批判する人がいるように、印象派だって、最初は批判されていたんだから、本物なんて時代によって変わるし、本物になろうとするなんてバカらしいけれど、それでも何かしらの本物になろうとしてしまうんだから、本物が生まれてくるんだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?