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tel(l) if... vol.9 メール三通

登場人物

千葉ちば 咲恵さきえ
 
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。

伊勢いせ
 特進コースの社会科教師。咲恵と卓実の勉強を見ている。

麹谷こうじや 卓実たくみ
 
特進コースの男子生徒。


私の携帯電話に、伊勢先生の連絡先が登録されている。
これはあくまで今日、確認を取るための連絡先だ。
学校の最寄り駅に到着したとき、
母と合流したときの二回の連絡を済ませば、無用の長物になる。

伊勢先生が私の連絡を待っている。
不謹慎だけど、ふわふわした気分で足元が覚束ない。

誰か今日一日のことをまとめてほしい。
いったい何があった?
卓実の冷たい視線や無駄に校舎を歩き回ったこと、クラスメートに怒られたことを思い出そうにも、頭の中は先生のことでいっぱいだった。

**駅に着きました。母と合流するのは20時頃になります。

From: 千葉 咲恵 To: 伊勢 直史 

了解しました。気を付けて。

From: 伊勢 直史 To: 千葉 咲恵

電車に揺られていると、胃が痛くなってきた。
お腹が空きすぎていたのだろう。

それに、今日の出来事は、どう考えても一日分のものではない。刺激が強すぎたのだ。
情報、感情、人との関わりが過多だった。
学校祭の準備のたびに、こう、いっぺんに何でもかんでも起きてはたまったものではない。

母と合流しました。
今日は本当にありがとうございました。
まだ準備期間は続くので、今後は遅くならないよう、気をつけます。

From: 千葉 咲恵 To: 伊勢 直史

無事についたようで安心しました。また学校で。

From: 伊勢 直史 To: 千葉 咲恵

その夜は何度もそのメッセージを読み返した。
帰宅して、ようやく食事にありつけたのに、心ここにあらずになってしまった。
なぜだかスッと飲み込めない。やけに食べる時間が長く感じた。

その週末、私は自宅でプラカードを仕上げた。
クラスと店の名前、食べ物の絵を描いたそれを見て、母が聞いた。
「100円ショップで何か材料買いに行こうか?」
「いいよ、みんなこんなかんじだし。私一人だけ凝っても浮くから」
「よくわからないけど、いいものを作ろうとしちゃダメなのね」
「頑張ってなんか言われても面倒だし、そもそも使ってくれるかもわからないしね。でも、とりあえずやっていれば文句は言われないから、これが一番ってこと」

私は完成度を上げるよりも、仕上がりを揃えることを選んだ。
そろそろ、文芸部用の原稿にもかからなくてはいけない。

必要な原稿は二種類ある。
学校祭で配る小冊子用と、高文連提出用だ。
学校祭で配るほうは一人のページをそんなに割けないから、詩歌やエッセイが望ましい。
高文連のほうは、小説、短歌、俳句を出す予定だ。

今はどれも完成していない。
まさか廃ホテルのことを書くわけにもいかない。

伊勢先生、今何しているんだろう。

そんな煩悩だらけの頭を抱えてパソコンに向かっても、書きたいことは何一つ出てこなかった。
他の部員は続々と入稿しているというのに。

去年、文芸の全国コンクールで佳作に入賞した。
高文連の全道大会で落選した私の小説が、そのまま別の賞の選考に回され、預かり知らぬところで思いがけない評価を受けた。
私はそのことを賞状と記念冊子が来てから知った。

つまり、まぐれで賞をもらったことで、無意識に、それよりも良い作品を書かなければいけないと思うようになってしまったのだ。

運動部なら、大会で入賞すれば全校集会で賞状の授与の時間が設けられる。
文化部がそうすることもあるが、私は辞退した。賞とともに題名を発表されるのが、なんだか恥ずかしかった。
だから、このことは文芸部員しか知らない。

去年は好きなことを好きなように書けた。
もちろん大人が読むことを考慮して設定を作ったり、起承転結を明確にするなどの工夫はしたが、自分の経験や思いを登場人物に託して、恥ずかしげもなく書くことが出来た。
「私には唯一無二の文才がある」という根拠のない自信もあった。それは他の生徒の作品を見ても揺るがなかった。

文芸部の原稿が書けなくて困っています。何かネタをください。

From: 千葉 咲恵 To: 麹谷 卓実

藁にもすがる思いで卓実にメッセージを送った。
一番ネタに事欠かなさそうだと思ったし、文芸部員に頼ると作品が似通ってしまう。
そうなると、卓実しかいないのだ。
すぐに通話することになり、事情を説明した。

「誰が藁だって?」
電話口でも、卓実が口を尖らせたのがわかった。


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