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知らされた「戦慄の未来」

「地球に住めなくなる日-「気候崩壊」の避けられない真実
著者:David Wallace-Wells / 翻訳:藤井留美(NHK出版)

このタイミングでの発売は偶然か?それとも必然か?

NY Times紙、2019年ベストブック100に選出された本書。
本稿執筆時点でまだ発売から2週間ほどしか経っていないけれど(日本での初版発行日は2020年3月15日)、既に帯のキャッチコピーが時代遅れに感じる。
知られざる「戦慄の未来」!?
否、既に「今そこにある危機」、「戦慄の未来」は既に現実のものとなり、世界中の人々に周知される状況が日々拡大している。

目次に目を通すだけでも、気分が沈む。

殺人熱波、飢餓、水没、山火事、自然災害、水不足、死にゆく海、大気汚染、感染症、経済崩壊...
よくもまあこれだけネガティブな要素を集めたものだ。
この本が20世紀末に発行されていたら、トンデモ本として片付けられ、多くの読者から非現実的な未来予想図として軽く受け流されていたはずだ。
だけど、2020年のいま、この本の内容を非現実的なデストピアとして受け取る読者はほとんどいないだろう。

地球に住めなくなる日

山火事… Eagle Creek ablaze near Beacon Rock golf course in North Bonneville, Washington, in September 2017.
Photograph: Kirsti McCluer/Reuters

ブラジルで蝶が羽ばたけばテキサスで竜巻が起こる
(負のバタフライ効果)

作者は出版業界で編集の仕事に長年携わっているジャーナリストであり、厳密にいうと気候変動のスペシャリストではないし、環境活動家でもない。
それが功を奏しているのか、各章で取り上げられる問題の一つ一つのヤバさが、環境問題に対して意識が高くない読者にもめちゃくちゃイメージしやすい。
世界でいま起きている様々な社会問題の原因が、根っこの部分で気候変動に端を発していること、少なくとも気候変動が一因になっている可能性があることなどが明らかにされていく。

戦慄の第14章 グローバル化する感染症

もはや説明不要だけれど、世界は今大混乱に陥っている。
Covid-19の蔓延をどのようにして食い止めるかに、いま世界中が躍起になっている。
「人工的に開発されたウィルスなのか?」
「コウモリが媒介しているのか?」
「絶滅の危機に瀕しており、世界で一番密猟されていると言われるセンザンコウが媒介しているのか?」など
世間の目は「今そこにある危機」に注がれている為、原因究明はそっちのけだが、この第14章を読むと、今回のCovid-19危機がのちに地球温暖化が原因と認定されても僕は驚かない。
過去からやってきたウィルスかもしれない、なんて事は大いにありえる話なのだ。

-北極圏の氷に閉じ込められていた病原菌が、空気中に出てくることもある
-疫学研究者が憂慮するのは昔の病気よりも、むしろいまある病気が場所を変えたり、変質したり、再進化することだ。
-地球温暖化で生態系が引っかきまわされると、病原菌は防護壁をやすやすと乗り越える。
(第14章 グローバル化する感染症 より)

臭い物にいつまで蓋をし続けるのか?

読み進める程に痛感させられるのは、
「利便性を優先する」「見て見ぬ振りをする」「ツケを後ろに回す」
といった、人間が本質的に抱えている「身勝手さ」が回り回って「気候崩壊」に繋がっている、という現実だ。
そして資本主義というシステムの中で暮らしていること自体が事態を深刻化させている大きな要因であることを容赦なく突きつけてくる。

認知バイアスのひとつがアンカリングだ。たった一つかふたつの例だけで全体を決めつける。自分がいまいるところは気候が穏やかだから、地球温暖化は問題なしということだ。(中略)
自己中心的思考は、自分の経験だけで世界観を形成してしまう認知バイアスだ。つまり、ほかの種の存続を揺るがす脅威に鈍感だということ。一部の環境保護主義者から「人間至上主義」と容赦なく批判され、気候科学者からは「地球は生きのこるが、人間はそのかぎりではない」と釘を刺されるゆえんだ。
(第19章 資本主義の危機 p.184-185)

テクノロジーの進化は環境保護への阻害要因なのか?

地球温暖化や気候変動に警鐘を鳴らすだけでなく、具体的にアクションを起こして社会に貢献している経営者やセレブリティなどの著名人が与える影響力は素晴らしいし、それが多くの人の目を覚ますきっかけに繋がっている事は間違いないことのように思われる。
そして、スマートフォンなどのコミュニケーション・ツールに実装されているテクノロジーがなければ、彼らの社会貢献活動がこれだけ多くの人に周知させる事はなかったに違いない。
しかし、それと同時にこのテクノロジーの発達とそれを使いこなせることが「臭い物に蓋をする」ことを助長していることを著者はそれとなく指摘する。

健やかでクリーンな自然が人間の侵入と介入で毒されたーーー
環境保護主義のそうした視点は、放射線汚染を危惧する人びととも通じるものがある。だが、「テクノロジー教」の教えはむしろ逆だ。スマホ画面のなかの世界こそが現実であり、緊急性があり、意味がある。そこでは実際とちがって環境崩壊も起こらない。(中略)
テクノロジー教の教義をすでに実践中の人も多いだろう。(中略)
シリコンバレーの批評家たちまで、一種の依存症状態と考えられるほどだ。だが依存症はどれも価値観の表出だ。画面の世界のほうが価値がある、安全だと判断される以上、そちらのほうが「好ましい」のである。「好ましさ」はしだいに大きく成長し、文化のように伝播していくが、そのあいだにも現実世界は荒廃が加速する。いまから一世代もすれば、テクノロジー依存さえも環境への「適応力」として評価されるのかもしれない。
(第20章 テクノロジーは解決策となるのか? p.212-213)

最後に残されたチャンスかもしれない

僕たちは今、とてつもなく乱暴な世界規模の社会実験に強制的に参加させられている。
Covid-19の蔓延に端を発し、「中国の大気汚染が解消された」「ヴェネチアの水の淀みが消えた」などと報道されるケースも既に発生している。
大気汚染、地球温暖化のA級戦犯とされている飛行機の運行や、工場の操業をストップさせるにあたってこれほど残酷な方法はないけれど、世界中の人々が「対岸の火事」ではなく、この問題を自分ごととして受け止めざるをえない状況にある。
もちろんウィルス蔓延の危機が過ぎ去った後には多くの混乱や痛みが待ち受けていることを覚悟する必要はある。
全ての国と地域が復興に向けて動き出すとき、これを教訓として異なる一歩を踏み出すグループと、同じ過ちを繰り返すグループとに二分されるだろう。
この分岐点から次の進路を決めることが僕たちの世代に託された責任であることを、僕たちは自覚する必要がある。

「地球温暖化は過去の行為の結果である。」(歴史学者アンドレアス・マルム)(第22章 進歩が終わったあとの歴史(p.233)

私的編集後記-Self-Editorial Note

春休みに子供たちとキャンプにでも行こうと、消化せずに取っておいた有休休暇は読書の時間に費やした。
その時に購入した数冊のうちの一冊が本書である。
中身を吟味して選んだわけではなかったので、感染症のくだりには本当に背筋が寒くなった。
とにかくこの本の良いところは、意識高い系の人が鬼の首を取ったかのようにマウンティングを取り、真実を突きつけてくる、というようなスタイルではないところにある。
日常生活の中で、「グレタ・トゥーンベリさんは若いのになんであんなに環境問題に熱心なのかなぁ」とのんびりとタイムラインを眺めてるような人の背筋が自然と伸びるようなトーンで展開されていく。
全米#1人気ポッドキャスト番組「Joe Rogan Experience」に著者が登場した回のJoe Roganのリアクションはまさに僕がこの本を読みながら心の中で取っていたリアクションと同じだった。
もし英語がある程度理解できるのであれば、一聴の価値がある。




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