無傷では生きれない秋


「そのバンドでは成功しなかったんだ?」

オーディションが終わった。全ての審査が終わって、審査員の方が話してくださったとても優しくて率直で悲劇のような話を頭で何度も思い出している。

意気消沈しつつ体の軸が今日はぐだーっとしていて、飲むカフェラテはいつにも増して美味しいし、今日はゆっくり聴こうと溜めに溜めていた新しく見つけた音楽や、大好きな作家やアーティストのインタビューをじっくり見るつもりでいた。そしてまた明日から立ち上がるのだ。とか思っていたけど、失礼します、閉店のお時間です〜と顔を覗かれてしまった。閉店まで残るのはなんだか恥ずかしくて、「オーディションが終わったらやりたい事リスト」を全てチェックして、閉店30分前には満足した顔で帰る気満々だったので、とても消化不良になった。

日常レベルでの恥ずかしい話なんて山盛りてんこもりあるのやけど、何故か小学生の時の事を思い出した。私は納豆が味も見た目も匂いも食べ方も世界で一番苦手なのですが、学校の給食では恐ろしいほど頻繁に登場する食べ物でした。納豆を食べ物と認識した事が生まれて此の方なかったもので、先生の言う一粒でいいから食べなさい!を尽く無視していたし、一粒でいい理由も全然見つけられなかった。

色々と打開策を練った結果、ちょっとトイレに行ってくるわ〜とか言って、服の中に納豆のパックを忍ばせ、トイレの便器の横にちょこんと置いてきた事があります。嫌な事から逃げて向き合わず、挑戦もしなかった自分がそこにいたのだ。という感じ。納豆を置き去りにし、その場を立ち去って、誰も見ていないのに無駄に平然を装ったりなんかもした。そさくさとトイレに秘密を残して出てきた風貌は滑稽そのものだったと思う。

その時の自分と比べれば今日は逃げなかった。少しは逃げなかった自分を褒めることも大切だと言い聞かせたい。でもやっぱり、一粒ならもう食べても食べへんくても同じやん。ちょっと先生も絶対意地なってたやん。そして私のパーフェクトクライムは、完璧に成し遂げられたと安心しきっていたけど、次の日から渡り廊下で高学年の先輩達とすれ違う度に、何故か好奇の目で見られるようになった。裏垢でもバレてもたんかなと分かりやすく顔が赤くなった。やっと先輩達のヒソヒソとした声が耳に届いてきた。あの子納豆の子やで...


あの子納豆の子...あの子納豆...

怖すぎだ。何故かバレている。


どうやらトイレから立ち去る私を後から入った先輩が見ていたらしい。後悔先に立たず。後の祭り。お食べ物の呪い。おにぎりは大好きやから、愛国心がないとは思われたくないし、そしてもうそんな事してないよ。

たった5秒の選択が自分の人格や印象まで歪めてしまう事もあるのかと怖い。でも数分しか掛からないのにすぐ出来るのに面倒くさくなったり、怖くなったりするものって沢山あるなあ。後悔するくらいなら、感情を感じる前に自分自身を動かさなきゃ。それか感じてしまってもコントロール出来るようにならなくちゃ。分かっててそれでも出来ない時もあるけど。出来るだけ自分の事は自分が操作してたい。脳に支配され尽くす前に、あの納豆の事とか、あの夜の事とか色々思い出したりしてみよう〜





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