年月が紡ぐ世界観。前編 bar RR バーテンダー 大山 暁 さん
ひとりで、BARの扉を開いたのは、いつだっただろうか。緊張と不安と、ワクワクが入り混じったあの感覚。
一度、その世界を知ってしまうと、とても居心地が良く、ついつい寄ってしまう。だけども、経験から言って、女性がひとりで楽しく、安心安全に通えるBARは数が少ない。BAR選びは、多少は失敗も必要な世界だと、個人的には感じる。
敷居は高いが、一度入ってしまうと抜け出せないBARの世界。そんな世界の中にいる一人のバーテンダーに、お話を聞くことができた。
今回、お話を聞いたバーテンダーの大山 暁さん。20歳からバーテンダーの世界に入り、この道20年。広尾のオーセンティックなバーで経験を積み、2009年に自身が生まれ育った街、東京北区赤羽にbar RRをオープンさせる。今年の3月で開店12周年を迎える。
継承の文化に、惹かれる。
──たくさんのお酒がありますね。この中で、一番大山さんが、思い入れのあるお酒を教えてください。
うちのお店で一番人気のカクテルが、オリジナルのジントニックです。クラシックなジントニックに、シャルトリューズというリキュールを1,2滴ティースプーンで垂らしています。歴史背景などを含め、このお酒にすごく思い入れがありますね。
──シャルトリューズ。あまり馴染みのないお酒ですよね。どんな歴史背景があるんですか。
シャルトリューズは、1605年にフランスのシャルトリューズ修道院で誕生しました。この中に130種類もの薬草が使われているんですよ。実は、このお酒のレシピは、たった3人の修道士しか把握していません。現在は、シャルトリューズ修道院から24km離れた森に、建てられた工場で作られ、製造は修道士が遠隔操作で行うそうです。実際に工場で働いている人は、レシピを知りません。工程ごとにサンプルが修道院に届けられ、修道士がチェックする。そういった形で、1605年に誕生してから今まで、ずっとレシピが守られ続けているのです。
シャルトリューズ修道院には、様々なルールがあって、戒律が厳しい。見習いは基本一人部屋で、食事や祈祷の時間以外は、誰とも喋らず過ごさなければなりません。それを5年間クリアできたら、やっと修道士になれる。その修道士の中でさらに選ばれた3人だけが、このレシピを知ることができるのです。そういう厳格な世界観が、オーセンティックなバーの雰囲気と相まって、すごく好きなのです。
──すごい世界観ですね…。なぜ、シャルトリューズをジントニックに入れようと思ったのですか。
僕が20歳の時に働き始めたバーでは、後輩が先輩に、仕事終わりのまかないのような感じで、カクテルを作るんです。当時、お店のバーテンダーの間で、スタンダードなカクテルに、何か一滴垂らしてアレンジすることが流行っていていたんですね。それで、まかないカクテルを作る際に、色々と試しました。その中で、一番うまくいったのがクラシックなジントニックに、シャルトリューズを加えるレシピでした。ジンのハーバル感が、シャルトリューズの薬草感とマッチして、ボタニカルな世界が広がります。
きっかけは、トム・クルーズの「カクテル」。
──聞いていたら、ぜひ一度飲んでみたくなってしまいました。大山さんはなぜ、バーの世界に入ろうと思ったのですか。
子どもの頃からプロのサッカー選手を目指して、サッカーに打ち込んでいました。ですが、高校2年生の時に怪我をして、その夢は絶たれました。それまで、ずっとサッカーしかしていなかったので、文字通り空っぽになってしまったんです。人生で初めて挫折をしましたね。そんな時にたまたま、トム・クルーズ主演の映画「カクテル」を見たのです。
映画に出てくるバーは、すごく華やかな雰囲気でした。主人公のトム・クルーズは女の子にすごくモテて、最終的には自分のお店を持って…というストーリー。ただ単純にかっこいい、お洒落だな、と憧れました。自分が挫折をしたタイミングで出会えたことに、完全に運命を感じ、これしかないと思いましたね。ですが、実際にこの世界に入ってみたら、映画のような華やかな雰囲気ではなく、寿司屋の職人のような世界観で…。そのギャップは凄かったですね。笑。かなりオタクな世界でした。
クラシカルなものが、勝つ世界観。
──憧れていた世界に入ってみたところ、全然違った世界だった…。そこで辞めようと思わなかったんですか?
思わなかったんですよね。やっぱりトム・クルーズがカッコ良かったので、それが脳裏に焼きついていて、自分もそうなりたかった。あとは、会社を経営していた父の背中を見ていたこともあり、将来は独立して何かをしたいと思っていました。
お酒、カクテルのレシピって、新しいものがどんどん出ます。ですが、クラシカルな昔からのレシピが結局、勝つんですよね。ジントニックやマティーニもそう。バーテンダーの技術はどんどん進歩していて、氷の技術などのスキルは昔より今の方が、確実に高いんです。それなのに、昔のレシピが一番良いとされる。その世界観って、すごいなって思うんです。
ビジネスの世界をはじめとして世の中は、ブラッシュアップして、どんどん前に進むこと、新しいものがいいとされているじゃないですか。だけど、昔のものが勝ち続けるお酒の世界観って、全然違うものだな、と思います。そこに僕は魅力を感じて、のめり込んで行きました。
後編へ続く。
取材・文 :大島 有貴
写真:唐 瑞鸿 (MSPG Studio)
参考文献:SUNTORY.“Liqueur & Cocktail Essay オンドリのしっぽ 第1回 シャルトリューズヴェール”. SUNTORYホームページ.
https://www.suntory.co.jp/wnb/essay/01.html, (2021/03/20)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?