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蒐集家、団結する 第一章 四、勝負師

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 その夜、小料理屋「七分咲き」のカウンター席には、ぴりぴりとした緊張感が漂っていた。苫小牧に出された焼き鳥を頬張る椛も、隣で治を問い詰める真木から目を離せなかった。昼間に尋問した男が、昨日の自分たちがどう動いていたかを知っていた件がどうも気になるようだ。そんな真木がふとこちらに顔を転じ、串へ伸ばそうとした椛の手を止めた。
「あんたも真面目に考えなさい! わたし達のことが『楽土会』に漏れたのよ? ここにいる人があそこに伝えた可能性も――」
「治くんがやったっていうの? そんなわけないじゃん!」
 真木の奥にいる治は一言も語らず、微笑んだまま片肘を突いている。自分が責められても構わないと示しているような態度に納得がいかず、せめて何か言ってもらいたかった。しかし椛がそれを訴えるより先に、真木が眉間に皺を寄せて懸念する。
「誰であれ、特定しない訳にはいかないでしょう。これからわたし達の蒐集が妨害されるかもしれないんだから」
 つまり、誰かのために品を返却できなくなるのか。そうなったら困る人が出てしまう。椛はようやく事態が重そうだと理解した。だが真木が執拗に治を疑うのは気に食わない。追われている自分たちを助けてくれた彼が、「楽土蒐集会」に情報を与えるなどするはずがない。それでも追及を続ける真木を椛が必死で抑える中、治がやっと口を開いた。
「悪いけど、俺はやってないね」
「ほら、あたしの言った通りじゃん!」
 椛の言葉を聞き入れる様子もなく、真木の鋭い眼光が今度は苫小牧へ向けられる。黙々と丁寧に作業をする彼女も容疑者に入れているのか。椛が止めようとした時、引き戸の開く音がした。店内の視線が、一気に出入り口へ集まる。目元の切れ込んだ一重の目は四白眼気味で、鼻も鉤鼻のようだと気付く。椛にも見覚えのある顔だが、誰だったか。小声で言う真木の話で、昼間に銃を突き付けてきた白神だとようやく気付いた。
 椛たちと距離を置いて座る白神に、苫小牧は慣れた手つきでお冷を出す。真木が訝しげに白神へ問うたところ、どうやら彼はこの店の常連らしい。
「まさか、『勝負師しょうぶし』もここに来るとはね」
 遠くから若い青年を見ながら治が呟く。白神は自らの意思で「楽土蒐集会」に入り、何事も恐れず蒐集に臨む姿から、やがて「勝負師」なるあだ名で呼ばれるようになったのだった。「楽土蒐集会」に入ったという点に、真木が興味を持つ。
「何故あなたは、『楽土会』に参加したのですか? 彼らに共感でも?」
「言うものか」
 注文した烏龍茶を受け取り、白神が素っ気なく答える。その態度が椛に苛立ちを覚えさせる一方、よく見れば虚ろな目をした彼が何となく気になった。テーブル上のお品書きを認め、苫小牧に声を掛ける。その間に真木は、白神へさらに質問をしていた。
「このお店をどこで知りました?」
「上司と言うべきか――平泉からの紹介だ」
「だそうですが、苫小牧さん。『楽土会』の副会長とも交流があるんですか?」
 他人に厳しい真木が、今度は女将を疑い始めた。闇雲に人を警戒するのは、彼女の悪い癖だ。いくら何でも苫小牧は関係ないと椛は言い張ったが、真木は気にせず推測を並べ立てる。苫小牧か治が、自分たちの帰宅後に店での出来事を「楽土蒐集会」に伝えたとすれば、平泉がそれを知っていたのも無理はない。
「これ以上活動を妨害するつもりなら、わたし達はあなた方と縁を切りますよ?」
「やめてよ! すぐ人を疑うのはよくないよ?」
「でもそうしないと、痛い目を見るばかりでしょう!」
 明らかにこの友人は、小学校卒業後に人への当たりがよりきつくなってしまった。一度別れてから何が起きたか、椛はざっくりと聞いている。確かにあの場では同情した覚えが何となくある経緯だったが、だからといって誰彼構わず厳しく接するのはいかがなものか。
「おい、こんなもの頼んでないぞ」
 眉をひそめる白神の前には、焼き鳥の盛られた皿が置かれている。「あちらのお客様から」と苫小牧が指した先――椛の方を彼が見た。
「おまえ、おれが『偽善家』って呼んだこととか脅したこととかに文句を言っていたわりに、なんてことをするんだ」
「だって、おいしかったんだもん。白神くんにもどうかなって」
「じゃあ彼の分は、君が払うのかい?」
 治の問いに背筋が冷え、椛は急いで財布の中を確認した。悪い予感の的中に、がっくりとうなだれる。到底自分では払えそうにない。でもせめて焼き鳥は食べていってもらいたいと、椛は白神を横目で見やった。彼は着信音を受けて、スマートフォンで何か話している。一分にも満たないやり取りの末、白神が通話を切ろうとした時だった。いつの間に移動していたのか、彼の近くにいた真木が端末を奪い取る。
「すみません、借ります! もしもし、『楽土会』の方ですか?」
 治や苫小牧へ示したような辛辣な態度で、どのように「七分咲き」を知ったのか友は通話越しに問う。どうやらその相手は平泉らしい。彼が「会長」なる人物から「七分咲き」の存在を聞いたことまでは分かったが、「会長」が何者かまでは把握できずに電話を切られてしまった。白神が返されたスマートフォンを使い、代金を払う。その様をかっこいいと椛が思っているうちに、彼は店を出た。
「ところで、『楽土会』に情報を流した犯人が富岡さんって可能性は考えないの?」
 治の思わぬ言葉に、椛は口に含んでいたジュースを吹き出しそうになった。面白がっているように笑っている彼を軽く睨む。
「それはないかと思います。椛はわたしと同じく、『楽土会』を昨日知ったばかりですから」
 組織と何の繋がりもない椛が連絡を取れるとは思わないだろう。そう庇ってくれた真木には、感謝してもし切れなかった。
「まぁ、そもそも椛が『楽土会』の人間だとしても、まともに連絡できる気がしませんけど」
「真木ちゃん、その話はやめてよぉ!」
 友が語る自分の失敗談を、椛は慌てて止めようとする。あれは他の人に電話をしようとしてうっかり真木に掛けてしまったという、度々ある間違いだ。結局最後まで話してしまった友人を、椛は直視できなかった。熱くなった顔をおしぼりで冷やす。その時、笑っていた治が一転して謝る声が聞こえてきた。
「お詫びの代わりといっては何だけど、君たちの蒐集に同行させてもらえないかな? 一度だけで良いから」
「もちろん!」
「ちょっと待ちなさい、椛。そんなすぐに決めないの。端さん、何故そんなことを?」
 すかさず承諾した椛とは対照的に、真木は至って頑なだった。「楽土蒐集会」については、治も詳しく知りたいようだ。彼の目的――得体の知れないものに自分たちを巻き込むつもりかと、真木が咎める。堅苦しい彼女を、椛は何とか宥めようとした。
「二人より三人のほうが安心だって! なんかあったら、治くんが助けてくれるかもしれないし!」
「人に頼るつもりなんて――」
「じゃあなんで真木ちゃんは、あたしと一緒に蒐集するって決めたの?」
 真木が口を閉ざす。そこで今年の初めごろにあったことを思い出していたのだろう。しばらく黙り込んだ後、友は弱々しい声で治の同行を許した。彼女が話す次の蒐集予定日を治が記録する。
 壁に掛かった時計が、夜遅い時刻を伝えていた。真木がこの店に来た目的も果たされたそうだ。食事に心も満たされ、真木と共に帰ろうとした椛は、苫小牧の立つカウンターに何気なく目を留めた。手書きの丁寧な字が、こまごまと綴られている。内容をよく見る余裕もなく、真木に呼ばれて椛は店を後にした。
 
 
「楽土蒐集会」東京支部の廊下で、白神は平泉に呼び止められた。その場で上司に聞いたのは、彼が「偽善家」「審美家」が次に蒐集を行う日程、さらにその活動に「堕天使」も加わると聞き付けたとの話だった。
「『審美家』といえば白神、あんたの電話に彼女が出ていたな?」
 何気ないように尋ねた平泉へ、先ほど店で知り合っただけで、彼女については何も知らないと断っておく。そこに煙の臭いが漂い、白神は平泉と同時に喫煙者を見た。「無縫者」は煙管を咥えながら、こちらへ歩いてくる。
「またあの人の情報を頼ったのかい? 全く、あまり関わらない方が良いよ。こっちのことも流しているかもしれない」
「その証拠は?」
 春日山は色々と言葉を並び立てるが、平泉は納得していないようだった。やがて諦めて女が去った後、副会長は白神へ話を続ける。
「今度の『偽善家』たちによる蒐集だが、あんたがそれを止める中心になってくれないか?」
 突然の提案に、白神の頭はすぐ回らなかった。やがて、自分がこの組織で大きく功績を得られる機会かもしれないと思い至る。このまま躍進して幹部にでもなれば、より自由に動くことが出来る。腰のホルスターを撫で、白神は逸る気持ちを抑えて同意を明かした。
「なぁ、『勝負師』君。君は本当にやりたいことをやろうとしているのかい?」
 副会長の姿が消えた後、どこに隠れていたのか春日山が再び現れた。その問いの意味を、白神は警戒する。今まで組織内で自分の狙いがばれないよう、心掛けてきたつもりだった。それがやたら馴れ馴れしいこの女に見透かされているのか。浅い息を吸い、白神は頷く。
「これも目標のためだ。手段を選ぶつもりはない」
 わずかに眉を寄せた春日山を無視し、白神は一人その場を後にした。

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