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蒐集家、団結する 第一章 三、楽土蒐集会

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 青空の下、椛は意気揚々と歩道をスキップで進んでいた。後ろにいる真木も差し置き、無事に「仕事」を果たした喜びに浸る。昨夜に危ないことがあった分、こうして滞りなく品を持ち主へ返せたのは感慨深い。
 つい先ほどの昼過ぎ、真木と予定を付けて依頼人のもとへ向かった。相手は突然現れた椛を怪訝に見ていたが、すぐ後ろで顔を出した真木の説明に納得し、最終的に礼を告げて玄関の戸を閉めた。
「あの人は多分、あんたをただの怪しい人って見てたんじゃない? そもそも椛とは、さっきが初対面だったでしょう。私が直接に依頼を受けて――」
 真木の言葉は、椛の脳裏に留まらない。自分は感謝されている。その思いを胸に、今後の蒐集も頑張ろう。椛は意気込みつつ、さらに高く一回跳びはねる。
「やっぱり人の喜んでる顔を見るのはいいね!」
「そう言うあんたは、『偽善家』なんて呼ばれているみたいだけど?」
 真木の指摘が耳を貫き、椛は着地と同時に肩を落とした。気分もすっかり晴れていたところの一撃に、足を挫きそうになる。あの呼び方が、どうしても気に入らない。
 昨夜に店で聞いた話で、蒐集家が実は危険な人ばかりだというのは刻み付けられてしまった。法も平気で犯す彼らが、なぜ自分を「偽善家」と不名誉な呼び方をするのか。
「ひどいよ、ひどいよ! 『天使』みたいなのがそんなにいないなんて思わなかった!」
「だから『天使』なんて……」
 急に黙り込んだ真木に、椛の足が止まる。どうしたのか尋ねて振り返り、自分より離れて立ち止まっている友とその背後を見て絶句した。真木の側頭部に、拳銃が突き付けられている。両手を挙げる彼女を牽制しているのは、真木より少し背の高い男だった。治と比べれば幾分若そうだが、目元の切れ込んだどこか冷めた目が、異様な緊張感を醸し出す。恐らく警察官でもないのに武器を持っている点も、そうさせるのかもしれない。
「拳銃持ってるって、犯罪じゃないの!?」
「人のものを盗むやつが何を言っている、『偽善家』」
 昨日から度々聞かされている呼び名に反発しようとしたが、男がもう一つの拳銃を向けてきて諦める。裾の長い白のジャケットが風で翻り、裏地に弾を収めるためのケースがあるのがちらりと見えた。
「おれたち『楽土会』が苦労して集めた品を奪うなど、そっちこそ『犯罪者』だろう」
 どこかで聞いた組織の名前だ――美術品を狙う「悪い人」の集まりだったか。聞き捨てならない男の言い分に椛が反する前に、真木が冷静に尋ねた。
「わたし達に何のご用ですか?」
「『楽土会』から話がある」
 黙ってついて行けば殺しはしない。そう言われて、椛も従わざるを得なかった。白昼堂々、住宅の立ち並ぶこの辺りで殺されたくはない。いや、ただ単に死にたくない。銃を腰のホルスターに仕舞って歩きを促す男を一瞥した後、椛は指示された通りに道を進んだ。
 体感で十分近く歩いているうちに、どこか見覚えのある場所に辿り着いた。わずかな遊具しかない小さな公園の近くにあるビルで、八階くらいはありそうだった。幅が広く短い階段の先に自動ドアがあり、そこへ入るよう男に促された。入り口の正面にあるエレベーターではなく、非常扉に隠された階段を上らされる。三階に着いた所から最も離れた一室に着くと、今度は黄色のスーツを着た別の男が待ち受けていた。
「ご苦労だった、白神しらかみ
 白神と呼ばれた男が、部屋の隅に移る。扉の向かいに広い窓がある以外は椅子さえないこの部屋は、天井の電灯がほとんど切れているからかどこか薄暗い。その中で目立つのは、窓際で椛たちを見据える男の容貌だった。
 ウェーブが強い髪は金色であり、ヘアピンで留められた下にある左目もまた金に近い色だった。右目には金で装飾された眼帯をしている。やや色白で彫りが深めの顔立ちは、彼が名乗った「平泉尊ひらいずみたける」という名にどうも似合わなかった。彼が「楽土蒐集会」の副会長だという。いきなり現れた位の高そうな人に、椛の身が引き締まる。
「ここの四階より上が倉庫になっているが、昨夜そこから壺が一つ持ち去られた。加えて見張り・追撃をしていた会員がことごとく負傷している。『偽善家』または『審美家』、心当たりは?」
 またしてもの「偽善家」呼びに対する文句を抑え、椛は記憶を辿る。昨日は確かにビルへ行き、壺を持って帰った。そして平泉によると、持ち去られたのは両手で抱えられそうな益子焼で、立湧紋なる模様が描かれたものだという。だが忍び込んだのがこのビルと同じだったか、蒐集したものがどんな見た目をしていたか覚えていない。そうこうするうちに、真木が口を開いた。自分たちがここから、平泉が言った通りの壺を持ち去ったのだと。その蒐集品はどうしたのかなる男の問いには、椛も自信を持って答えられた。
「そりゃあもちろん、もともと持ってた人に返したよ?」
 途端に平泉が笑いを漏らした。窓から差す光による縁取りも相まって、その姿は不気味に見える。椛が扉の方へわずかに後ずさると、張り上がった声がこちらを逃さないと威圧せんばかりに響いた。
「やはり噂通りの『偽善家』か! これは驚いた」
「偽善じゃないって! あたしたちは心からやってるんだよ、心から!」
 破顔から表情を戻した平泉に、今度は椛が反発した。しかしいくら訴えても、相手は納得するどころか聞き入れる気もないように話を変える。
「こちらから問いたいことはほかにもある。二人とも蒐集の後は、『堕天使』とともに『七分咲き』へ行っただろう?」
 椛の隣でずっと大人しくしていた真木の顔が、突如強張った。『堕天使』が誰だったか分からない椛に、端治のことだと小声で教えてから彼女は問う。
「仰る通りですが、何故あなたがそれを知っているのですか?」
「だいたいの蒐集家にまつわる情報は掴んでいる。だが『審美家』、『堕天使』とは以前から親しかったのか?」
 真木は即座に否定し、昨日が初対面だと明かす。同様に尋ねられた椛も、似たことを主張した。平泉が一つ息をつき、そっと右目の眼帯に触れる。
「……あの『堕天使』も厄介だな」
 聞き取りづらい呟きが椛の耳に入る。それも束の間、最後と称した問いが投げ掛けられた。
「あんたたちはこれからも、『偽善』を続けるつもりなのか?」
 だから偽善ではないと言い張り、椛は頷いた。
「困った人のために動くんだよ、あたしたちは!」
「わたしも同じです。彼女がやめない限り、わたしはこの蒐集活動を続けるつもりです」
 真木の言葉が、椛には心強かった。仲間が一人いるだけでも、不安が消えていく。
 何か考え込む様子を見せていた平泉は、それまで待機していた白神に声を掛けた。自分たちをここへ導いた者がまだいたことに、椛は小さく叫びを上げる。それを無視した白神によって、今度は真木ともどもビルの外へ連れ出された。急に降り注いできた日差しに目を細め、椛は自動ドアの前に立つ白神を振り返る。早く行けと言わんばかりにこちらを睨む彼へ、咄嗟に噛み付いた。
「なんかよくわかんないけど、帰っていいんだよね? 帰るよ!?」
「帰れ」
 すげなく追いやられ、椛は怒りの湧き立つまま歩きだそうとした。すぐさま、真木に手首を掴まれる。うっかり反対の方へ行こうとしていた。二人揃って駅に向かう間、椛はずっと不満を零していた。人を脅して話を聞き出そうとする「楽土蒐集会」こそ、まさに「犯罪者」ではないか。こちらが犯罪者扱いされているとは、どうも納得できない。
「お怒りはご尤もだけど、それより大事なことがあるでしょう? 今夜、『七分咲き』へ行きましょう。端さんも呼び出してね」
 スマートフォンを手にする真木に、椛は目を瞬かせる。平泉とやり取りをする中で、深刻そうな話などあっただろうか。自分たちの蒐集活動を馬鹿にされたことしか頭にない。
 椛の疑問も差し置き、真木は治らしき人と電話をしている。それを見て急に、自分が寝落ちしたために彼の連絡先を聞いていなかったと気付いた。
 
 
「偽善家」たちと出会ったその日の夕方、白神はビルを出ようとしたところを女に呼び止められた。振り向くより先に、煙草の臭いが鼻に突く。案の定、彼女はいつものように愛用の煙管をくゆらせつつ聞いてきた。
「『偽善家』さん達と会ったんだって? どうだった?」
 いくら組織の先輩とはいえ、彼女に関係ない話をわざわざする必要もない。そう思っていた白神は、続きの言葉に耳を疑った。
「僕だってあの子達について知りたいんだよ。そもそも君らに『偽善家』さんとかのこと広めてやったの、この凪さんなんだぜ?」
「楽土蒐集会」としての活動だけでなく、個人的な蒐集にも精力的な彼女――春日山凪かすがやまなぎは、意外にも人に興味がある性質らしい。さもなければ春に入ったばかりの自分にも気安く接しないか、と白神は思い至る。三十を過ぎた辺りという、白神や平泉よりも年上の女は、堂々としていてどこか抜け目がない。洋服の上に着ている、実家から持ち出したと語る少々黄ばんだ千早も、その独特な威厳を彼女に与えていた。
 組織に縛られない奔放さを持つ「無縫者むほうもの」が「偽善家」たちを知ったのは、数ヵ月前だった。一人で趣味的な蒐集をしていた彼女は、「偽善家」と「審美家」が二人で何かを持ち運びながら、品を返す計画を相談し合っているのを目撃した。彼女の話す時期と、「偽善家」たちにまつわる噂が出始めたころはちょうど一致する。
「それで、間近で『偽善家』さんを見た感想は?」
 薄く短い眉の下にある目を輝かせる春日山から顔を背け、白神は率直な思いを伝えた。「偽善家」も「審美家」も、本心である善意で動いていると言い張っている。だが口だけの可能性もあるので何ともいえない。
「馬鹿だねぇ。何であの子たちは、人のためなんかに尽くすんだろう。蒐集家の風上にも置けないよ」
 春日山が吹き出した煙が顔に掛かりそうになり、白神は思わず息を止めた。喫煙に厳しい世の中でも、彼女の態度は変わらない。「蒐集は自分のためにするもの」というのが、春日山のよく口にする信条だった。基本的に周りを気にしない自分第一の彼女にとって、他人優先の「偽善家」たちには呆れるしかないのだろう。
 エレベーターに乗り込もうとして、春日山からどこへ行くのか問われる。
「いつも通り。女将のところだ」
「ええ? やめとけって。あの人には話し過ぎない方が……」
 春日山の言葉が終わる前に、エレベーターの扉が閉まる。ようやく煙たさのない空気を吸えて一息つき、白神は夜の近付く街へ繰り出していった。

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