蒐集家、団結する 第二章 六、魔法国家ライニア
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本部突撃を決行した日の夜、椛たちは「七分咲き」へ行くのも断念して各々の自宅へ戻っていった。逃走で体力も気力も使い切ってしまい、今日はそれぞれがゆっくり休もうと合意した。
翌日の夜になってようやく、椛たちは苫小牧へ結果を報告できた。初耳の情報はいくつか得られたが、肝心の異世界へ行く方法は分からなかった。消沈する椛に、女将がカウンター越しに慰める。
「あそこへ行っただけでも、勇気のある事よ。褒められるべきだわ。残念ながら私も、異世界へどう行くのか分からないけど……」
苫小牧は話を中断し、奥の部屋から新聞を手に戻ってきた。「早二野」の名付けに使ったそれと同じように椛は見えたが、すぐに別物だと気付いた。一面の最上部には、横書きで「ライニア日報」とある。最近よく聞くようになった国名に、椛はすかさず反応した。
「ライニア? これって、ライニアの新聞なの? ファンタジーな世界にも、新聞ってあるの?」
苫小牧から新聞を受け取った椛は、ざっと紙面に目を通して真木たちにも見せた。異世界で発行されたそうだが、椛たちにも問題なく読める日本語で書かれている。ページを一瞥した真木が、苫小牧へ視線を移した。
「別世界のものを、どうやって手に入れたんですか?」
「特殊な回線を使って、ライニア本国から注文できるのよ。日本語訳は業者を通さないと難しいけれど」
ここは開店した当初より異世界人の客が度々訪れ、女将も彼らの故郷に関心を抱いていたという。真木が納得できていないような顔で苫小牧を見ている間、他の三人はそれぞれがめくるページを奪い合っていた。そして最後の社会面を白神が開いた時、彼は紙面の上半分ほどを占める記事に声を上げた。真木を含む誰もが、その内容に食い付く。
「この博物館って、『楽土会』が計画しているものかな?」
「そうみたいだね。しかも、これだけじゃなさそうだ」
椛の言葉に治が頷く。「楽土園付属ライニア博物館」の外観として紹介されている写真は、横幅の広い地上六階建ての施設のものであった。黒い屋根の下にある、多色刷りで表された赤の壁や柱が目を引く。
写真のすぐ近くには、博物館の周囲――「楽土園」と称されている辺りの簡単な地図が掲載されていた。博物館の正面に、広大な池があると水色で示されている。他にも花畑や小規模な劇場、食事処の存在も図面から分かった。博物館はあくまで計画の一部、真の目的はこれ含めた、記事内で「楽園」と紹介されている敷地の完成ということか。
「こんなの、作って何になるんだ?」
紙面を軽く叩き、白神は唸る。思えば平泉が平和だ何だと言っていたが、それが計画とどう結び付くのか分からずにいたらしい。
「どうやら博物館自体が、ライニアではほとんどないもののようですね」
じっと文を追っていた真木が口を開いた。彼女の要約によると、ライニア――熊野や平泉の故郷では内乱があり、文化を発信する博物館や美術館の開館が難しかった。問題はその内乱がどのようなものだったのかだが、新聞に詳細は載っていなかった。ライニアの人々には説明も要らない事件なのだろうと、真木は息をつく。
「まだあちらの情報を知るには手段が足りませんね……。ああ、苫小牧さんはこの内乱について何か知っていますか?」
「随分ひどい物だった、くらいしかね」
曖昧に笑顔を作る苫小牧に、真木がうっすら顔をしかめる。彼女がさらに苫小牧を追及すれば切りがなくなると直感し、椛は慌てて友の興味を別の方に引き寄せた。
「ねぇねぇ真木ちゃん! この人、日本で生まれたみたいだけどこれにのってるよ!?」
真木以外の面々も新聞を覗き込み、「博物館設営に協力する日本出身のウォブラ氏」の顔写真に見入った。名前こそ変わっているが、容貌は日本人男性のようだ。割と高齢に見えて、不思議とエネルギッシュな印象も感じる。そんな彼は、「楽園」を設立する組織の関係者として取材に答えていた。完成間近の「楽園」について、「この国の平和をもたらす新たな一歩が踏み出されるのは感慨深い」など語っている。一通り記事を見て新聞を畳もうとした椛の手を真木が止めた。
「これ、もうすぐ完成するってことですか? となると……」
椛もはたと気付いて仲間と顔を見合わせた。「楽土蒐集会」は博物館の展示品とするために、世界中からものを盗んできた。ほとんど準備が整っているということは――。
「まずい! おれたちが壊滅させる前に、やつらの思い通りになるぞ!」
白神の叫びで、椛も事態の重さを理解した。「楽土蒐集会」が美味しい思いをする前に、何とかしなければならない。記事を読み返すと、彼らの「楽園」は来週に人々へ開かれると分かった。その時までに熊野たちを止めなければ。そう決意を固める一方、どのようにすれば良いのか分からない焦りも椛は覚え始めていた。
翌日の夜も「早二野」の四人は、「七分咲き」へ足を運んだ。苫小牧が新たな「ライニア日報」を見せるのを期待して来店したころには、既に先客が二人いた。一人は茶色の制服に身を包み、テーブルに伏したまま寝息を立てている。その隣には私服の男がちびちびとグラスの中身を減らしていた。二人を交互に見ていた真木が、男に尋ねる。
「そちらは国蒐構の所沢さんで……あなたは昨日の新聞に載っていた方ですか?」
「お、読んでくれたのかい? 嬉しいような恥ずかしいような……まぁ、座りなよ。取材の裏話とか聞きたい?」
興味を持った椛は早速男の隣に座ったが、他の三人は慎重に、あるいは警戒を露わにして席へ腰を下ろした。年を重ねているように見える男・日光春宣は、苫小牧も持っていた新聞を自身の鞄から取り出した。昨日とは違う読めない文字が並んでいる記事を開くと、日光は自分の顔写真を指差す。椛も見比べてすぐ、取材を受けていたのと同じ人物だと分かった。
「ちょうど今日のお昼くらいまで、ライニアにいたんだよ。開園前に様子を見に行ってね。『楽土園』を案内してもらったわけさ」
「新聞には『ウォブラ氏』と書かれていましたが、これはあなたのことで間違いありませんね?」
真木の問いに日光は頷き、ライニアで通っている名だと明かした。親の知人に誘われ、彼は二歳で家族と共に異世界へ移り住んだのだった。二十代で日本へ戻り、仕事をしているという。
それなら隣で寝ている所沢とはどのような関係なのか。真木が厳しく指摘すると、日光は小さく声を立てて笑った。
「たまたま店に入ったら出くわしただけだよ。彼女、一杯も飲み切らないうちに眠っちゃって、まともに話も出来なかった。それで、きみたちはどちら様だっけ?」
椛たちが名乗ると、日光はすぐに「早二野」だと気付いて手を打った。彼は蒐集家のことを知っているのか、椛が尋ねる暇もなく男は話し続ける。自分たちが「楽土蒐集会」を倒そうとしていることを見抜いていた日光は、陽気な顔から一転して神妙な面持ちになった。
「あいつらを止めるにはね、もうライニアに行くしかないよ」
既に日本で集められた会員は組織の会合に来なくて良いと言い渡され、地方における支部も解散されている。既に「楽土蒐集会」は日本から姿を消し、今後は結成初期よりいるライニアの会員たちのみで「楽園」運営に専念する予定となっている。
「つまりきみたちがこのまま日本にいれば、『楽土会』の目的はもう果たされてしまう。それを止めるためにもライニアへ行く必要があるわけだけど……異世界への行き方、知ってる?」
椛たちは即座に否定する。「楽土蒐集会」日本本部へ聞き込みをしようとしたが失敗したとも伝えた。ライニアへ行く方法を知るべく意気込む椛を、日光が両手を出して制する。
「まぁまぁ落ち着いて。まずきみたちはどうして、『楽土会』を倒したいって思っているのかな?」
「そりゃ、困っている人を助けたいから……」
「そうだね。おれも助けたいよ。どの国にとっても宝と呼べるようなものを奪う輩は、簡単に許しちゃおけない。その志は立派だね。でも一応聞くけど、ライニアの現状を知っても、同じこと言える?」
日光の目つきが険しくなる。彼は二十年前にライニアで起きた大規模な内乱、その余波を語りだした。大魔法使い・インディの率いた乱で首都はほぼ壊滅した上、各地で市民による暴動が起きた。その後、治安を守るため紆余曲折を経た結果、「自分の身は自分で守る」を前提として国民全員に武器の所持が義務化された。教育課程でも武器の使用方法を教えることになった、と続けていた日光が、元々顔にあった皺をさらに深くする。
「これがまた悲劇に繋がったんだよ。去年の春ごろ、首都で再び乱が起きた。その時は各地で騒ぎが起きて、特に首都にいた人々は多くが殺し合った。被害者、そして加害者の中に、学校で武器使用を教わった子どもたちもいたんだとさ……」
予想もしなかった展開に、椛は頭が真っ白になった。自分の知らない所で、子どもも巻き込む大惨事が起きていたのだ。一方では信じたくないという思いが、また一方では理解しなければならないとの気持ちが湧き上がる。「困っている人」は、日本とは別の場所にもいたのだ。
「……ああ、それで『楽土会』は、あんなことをしようとしているんですね」
真木が腑に落ちたように呟く。博物館や劇場は、人々に多様な文化を知ってもらい、またそれを楽しむ余裕を持ってもらうために。そして池や花畑などの自然は、人々に穏やかな気持ちを与えるため、もしくは「楽園」を想起させるものとしてあるのだと。「楽土蒐集会」が「平和な地」を作りたいことは確実だろうと真木は話した。
「どう? 何か思うところはあった?」
日光に促され、椛はテーブルに頬杖を突いたまま考えた。盗品を取り返すよう依頼をしてくる人も大切だ。しかしより多くの人が、内乱の起きたライニアで平和の象徴を求めているのかもしれない。彼らの思いに応えようとしている「楽土蒐集会」は、倒すべき存在ではないのではないか――。
「何か手間暇掛けているみたいだけど、本当に熊野たちの思い通りに行くのかな?」
突然話しだした治を、椛は驚いて振り返る。博物館が出来たからと言って、見に来る人全員が熊野たちの期待――平和に向けての動きを理解するとは限らないのではないか。「楽園」の風景も、ただ「景色の良い場所」としか受け取らないかもしれない。そう述べた治に、日光は頷いた。先ほどとはまた顔が変わって、片方が閉じかけている目を輝かせている。
「その通り。ライニアの人がすぐ、知らない異文化を受け入れるかどうかも分からないしね。熊野たちの意図することは、一朝一夕に出来るもんじゃない。それにさ、そもそも展示されているのが盗品だと知ったら、見に来たお客さんはどう思う?」
椛はぱっと閃いて答えた。
「そんなの、がっかりするに決まってるよ!」
目的はどうであれ、「楽土蒐集会」は悪いことをしているのだ。なら、それを止めなければならない。いずれライニアの人を困らせてしまうのなら、なおさらだ。再び「楽土蒐集会」打倒への決意を固めた椛に、治が苦笑を浮かべる。ついさっきまで悩んでいるように見えたのは何だったのかと呆れているようだった。
「素晴らしい心意気だね。よし、おれも協力してあげよう。ま、元からそのつもりだったんだけどね」
目を細めて喜ばしげに笑ってから、日光は異世界への行き方を教えた。椛は聞き漏らさないように説明へ耳を傾け、脳内で何度も繰り返しながら真木の用意したメモ帳に書き殴った。日光が話し終わった後、黙っていた真木が厳しい声で問う。
「あなた、『楽土会』の計画を手伝っていたんですよね? だのにわたし達が有利になるような情報を教えたとは、どういうことですか?」
「何、おれも本気で手を貸しているわけじゃあない。こっちは潜入捜査ってもんをやってきたのさ」
その言葉に何か引っ掛かったか、真木は相変わらず日光を訝しげに見つめている。その目をものともしないように、老人は会計を済ませる。そうして店を出ようとした彼を、今度は白神が止めた。
「おまえ、ライニアに住んでたんだよな? 熊野は魔法が使えると言っていたが、異世界じゃ魔法なんてのが普通にあるのか?」
「そうだよ? おれも含め、ライニアでは誰もが『魔法使い』だ。きみたちが魔法をどんなものと思っているか知らないが、少なくともあの世界じゃ、魔法はそれぞれの頭から生まれている」
言われた言葉にぴんと来ず、椛たちは固まった。苫小牧も興味を持ったようで、レジのそばに突っ立っている。
「みんな、魔法で『これをしたい』『あれをしたい』って考えたことはあるだろう? それと似たようなもんさ。頭の中で思い描いたのが、個人の使える魔法となって現れる。ただ、その人がどのような価値観・願いを持っているかによって変わるけどね」
例えば、「完成したものはいずれ壊れる」という考えを強く持った者がいるとする。その思いが反映され、あらゆる物体を破壊する魔法を扱える。それは完成度の高いものほど、容易く壊せるのだと。
「今例に挙げたのが、おれの『破壊』魔法だよ。『魔法は架空のもの』なんていう同調圧力――大勢の思い込みとか常識があるここじゃ無理だが、あっちじゃ使えるのさ。これでクロウの顔を真っ青にしてやりたいね」
耳馴染みのない単語に、椛は首を傾げた。真木と治も疑問符を浮かべている。ただ一人、白神がややあって反応した。
「もしかして、『楽土会』の誰か……いや、熊野のことか?」
日光が皺だらけの両手を打ち合わせた。
「さすが鋭いね。そう、異世界から来た会員たちは、日本では本名とは別に名乗っている。おれが『ウォブラ』としていたみたいにね。熊野が与えられた名は『クロウ』、そしてその友・平泉は『オーロ』って呼ばれていたんだ――」
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