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「元魔王の舞桜ちゃん」第1部・第1話、愛夢ラノベP

「元魔王の舞桜ちゃん」第1部・第1話 迷子と警察と異世界|愛夢ラノベP

第1部 元魔王の舞桜ちゃん
第1話 迷子と警察と異世界


『蔵王さん、伊勢佐木署まで来て下さい。お聞きしたいことがあります』

 バイトを終えて電車に乗るため、駅のプラットフォームに立っていた時だった。警察から電話があった。
 まず思ったのは、なぜ電話番号を知っているのかってコト。
 次に疑問だったのは、俺は警察に話を聞かれるような犯罪をしたのかってコト。
 胸に手を当ててみる。もちろん、20年の人生を振り返っても、思い当たる事は何一つない。しかし、いざ警察に呼ばれると、脱税なり交通違反なり、それなりの犯罪は思い浮かんだ。
 まさか殺人とか詐欺とか、ましてや幼児誘拐なんて考えられない。あったとすれば、冤罪である。そんな言い訳を並べていると、警察署に着く。
 ――令和8年5月9日の午後6時。
 ――神奈川県警の伊勢佐木署。
 京浜急行線の戸部駅から徒歩1分の場所にある。少し古びた建物だが、警察の威信を表すように聳え立つ。

「ヤッベー、緊張してきた」と手が震える。

 落ち着くために、少し前から吸い始めたタバコを取り出す。ウィンストン・バニラ・ホワイトのロングタイプ。ふんわり優しいバニラの香りで、軽めの吸い心地が魅力的。
 そんなタバコを燻らせながら、扉の反射を利用して、身だしなみをチェック。ガラスには、青ざめた俺が映る。

 蔵王連(ざおう・れん)――20歳の日本男児、百八十五センチ、61キロ、右利きでナチュラルボイス、独身貴族というか童貞。
 七三分けの黒い短髪には、べったりとワックスが塗ってある。今日は仕事の帰りだから、黒いスーツを着ている。大学の入学式のために購入した安物の背広だ。

 その時、扉が開く。俺の姿は、いつの間にかミニスカポリスに変わる。いや、違う。扉から20代の婦警が出てきた。

「あなた、そこで何をされているのですか?」

「いっいえ、呼び出され来たんだが、身だしなみを整えていて」

「……という事は、蔵王さんですか?」

「そっそう、俺が蔵王連だ。でも、罪なんて犯していない。無罪、潔白、無辜なんだ」

「ふふっ、別に蔵王さんは疑っていませんよ。立派な父親ですものね。こちらへ、どうぞ。娘さんが待っています」

 婦警は微笑みながら、俺を警察署に招き入れた。どこか周囲の警官も、俺を立派な一児の父として見ている気がする。
 しかし、俺には娘などいない。
 というか、セックスの経験もないし、何なら女性と付き合った事も、手を繋いだ事もない。それなのに、なぜ娘がいるのだ?
 頭の中は『なぜ?』でパンパンなのに、そんな事を意に介さず、婦警は俺に質問をしてくる。

「蔵王さん、娘さんを引き渡す前に本人確認をしますね。これが終われば、すぐに感動の再会が待っています。頑張りましょうね」

「えっ……えぇ」

「まずは、本名をフルネームで言って下さい」

「蔵王連」

「ご職業は何ですか?」

「法律事務所の事務員」

「素晴らしいですね、人のために働くなんて。あとは、住所や年齢など記載して下さい」

 婦警から書面を受け取る。そこにツラツラと個人情報を書き込んで返すと、婦警は俺を待合室に誘導した。
 その間に、いろいろと話しかけられたが、全く身に覚えがなくて怖い。もう冤罪の方がマシなくらいだ。

「1年も待つなんて辛かったですよね?」

「たしかに、気が遠くなるような年月だな」と話を合わせる。

「でも、残念ながら犯人は捕まっていません」

「警察を手こずらせる程の悪人なんだな」

「そうなんですよ、7歳の女児を山林で誘拐したのに、逃げおおせているんです。まぁ、監視カメラがないので、仕方がありませんが」

「どこが誘拐現場だったかな?」と探りを入れる。

「思い出したくもないですよね。京都の鞍馬山ですよ」

「一時は神隠しなんて噂もあったっけ?」

「たしかに、犯人は鞍馬天狗だから、警察の出る幕はない……なんて批判されました。しかし、やっと娘さんを見つけたんです」

 鞍馬山……神隠し……そんなワードで思い出すのは、幼馴染の失踪事件だった。しかし、あれは俺が7歳の時の話。13年前、幼馴染が行方不明になった事件とは関係ないと思えた。
 だが、舞桜(まおう)ちゃんの顔が脳裏をよぎる。

「蔵王さん、お待たせしました。この扉の向こうに娘さんがいらっしゃいます。ギュッと抱きしめてあげて下さいね」

「あっ、はい……では、部屋に入るぞ」

 俺が心の準備をする前に、婦警は待合室の扉を開けた。何なら力強く俺の背中を押した。さも、シャキッとしろと言わんばかりだ。
 ズッコケながら部屋に入ると、長テーブルに椅子があり、そこに7歳の少女が腰掛けていた。

「そんなバカな」と言葉を失う。

「遅かったわね、蔵王連! 妾を待たせるとは良い度胸よ」

 その少女を見て、俺は自分の目を疑った。その女児は間違いなく、舞桜ちゃんだった。初恋の相手だから、見間違えるはずはない。
 しかし、信じられない。
 13年前の今日、結婚を誓った後で、舞桜ちゃんは鞍馬山で遭難した。あの日、舞桜ちゃんは俺と隠れんぼをしていたが、日没を過ぎても見つけられなかった。それから捜索隊が1週間も調べたが、靴の1つすら発見されなかった。
 もちろん、舞桜ちゃんの母親は情報提供を求めたが、世の中の誹謗中傷が酷くて自殺。滑落や誘拐や神隠しなど憶測が語られたが、結局、特別失踪が認められ、舞桜ちゃんは死んだ事になった。
 そんな舞桜ちゃんが目の前にいる。だが、13年もの時が経っているのに、彼女は7歳のままだ。

「ほっ本当に舞桜ちゃんか?」

「見ての通りよ。妾は舞桜だわ」と少女は名乗った。

 舞桜ちゃん――百四十二センチのAカップ、7歳の少女、俺の幼馴染に瓜二つ、右利きでウィスパーボイス。
 その白銀のロングヘアはスイスのゲレンデを思わせ、水色の瞳はネオンブルーアパタイトみたいに煌めく。シルクのワンピースは似合っているが、ドクロを模した髪留めやペンダントは年齢に似つかわしくない。

「あり得ない。あの日、舞桜ちゃんは死んだはずだ」

「勝手に妾を殺すな。鞍馬山で異世界に転生して、今まさに戻ってきたのよ」

「異世界転生だってぇぇぇぇえ」と声を上げる。

「連、静かにして! まずは、ここを脱出する。父親のフリをせよ」

「警察を騙せる訳がない」

「案ずるな、妾の幻惑魔法で警察を支配しているわ」

 幻惑魔法って何だよ!
 俺まで困惑した頃、婦警が数名の警官を連れて、待合室に入ってきた。しかも、花束まで渡してくる。さらには、拍手喝采とともに祝われる。

「「「「「お父さん、おめでとう!」」」」」

「パパ、綺麗な花ね」と舞桜ちゃんが足にくっつく。

「舞桜ちゃん、離れろ。お巡りさんも変な対応をしないでくれ」

「「「「「娘さんとの再会は最高!」」」」」

「お父さん、家に帰ろう。妾はケーキが食べたいわ」

「舞桜ちゃん、押すな。警察官も止めないのか?」

「「「「「お幸せに」」」」」

 警察官に見送られながら、俺と舞桜ちゃんは夜中の繁華街を歩いた。黄色い満月が猫目のように俺たちを眺める。そんな視線を感じながら、電車を乗り換える。
 京浜急行線の座席はガラガラ。
 それなのに、舞桜ちゃんは右隣に座る。彼女が俺に凭れた。その体重が、マシュマロみたいに柔らかな体が、呼吸をするたびに膨らむ胸が、カイロのような体温が、顎に当たる息が性欲をかき立てた。
 ダメだ、ダメだ……誰も見ていないと言っても、幼女に手を出すな。
 性欲を振り切るため、外に視線を向ける。いつの間にか暗くなった街並みを、月光と街路灯だけが照らす。電車が速度を上げるたびに、その景色は輪郭を失う。モノクロ写真みたいな風景を眺めながら、舞桜ちゃんと何気ない雑談を交わす。

「なんで舞桜ちゃんが警察署に? 今まで何をしていた? なぜ7歳のままなんだ?」

「質問攻めはダメよ。妾も1つずつしか答えられないわ」

「なぜ警察署にいたんだ?」

「妾が異世界から戻ったら、迷子と間違われたの。そこで、警察官に幻惑魔法をかけて、連に連絡をさせたわ」

「冗談は置いといて、今まで何をしていた?」

「だから、異世界に召喚されて、魔王になるはずだったの。でも、大魔王に捨てられちゃったから、聖女の助けを借りて、この世界に戻って来たわ」

「なんで7歳の姿なんだ?」

「大魔王の呪いで年を取らないからよ」

「全く信じられないぞ!」

「なぜ? どこが? どんな風に?」と舞桜ちゃんは頬を膨らませる。

「異世界召喚なんて起きないからだ」

「でも、事実なんだから仕方ないでしょ。過去は変えられないし、これからの生活を考えなきゃ。という訳で、同棲生活のスタートね」

「ちょっと待て、俺と住む気か?」

「何か問題でも?」

「問題しかない。生活費も稼げないし、部屋も狭い。何より幼女と暮らしたら、誘拐だと噂になる」

「妾の錬金魔法で硬貨を鋳造できるわ」

「違法だろ」

「空間魔法で部屋も広げられる」

「それは魅力的だな」

「世間体なんて気にしなくて良いわ。幻惑魔法で結婚した事にできるから」

「なぜ俺と結婚したい?」

「忘れたの? 13年前にプロポーズしてくれたでしょ」

「あれは子供だったから」

「えっ、妾は連の気持ちを信じて、その愛だけを頼りに、この世界に戻ってきたのに」と舞桜ちゃんは目に涙を溜める。

「そうだったのか。じゃ、とりあえず数日だけ暮らそう」

「やったー」と舞桜は飛び跳ねる。

「今、泣いたフリをしたか?」

「そそそっそんな事はないわ」と舞桜ちゃんの目が泳ぐ。

「俺は命の恩人だぞ。異世界召喚とか、嘘泣きとか、そういう話はするな」

「命の恩人と言えば、異世界召喚された時も命の恩人にあったわ」

「俺の話を聞いているか? 異世界召喚でごまかすな」

「そんなに疑うなら、過去を見せるわ」

「ハハハッ、そんなの不可能だろ」

「記憶魔法《ムニミィ・スィマームゥ》」

 舞桜ちゃんがギリシャ語みたいな発音をした瞬間、湖面に石を投げ入れた時と同じく、世界が淀んだ。床が波打ち、壁がグニャリと曲がり、天井に波紋ができる。
 やがて全てが色や形を失い、また世界が再構築され、別天地へと飛ばされた。




『何が起こったんだ?』

『連、落ち着いて。タイムトリップをしただけよ』

『タイムトリップって、過去旅行か?』

『厳密には、妾の記憶を見せているのよ。まるで映画のワンシーンに入ったみたいに』

 んな、バカな……そう思う自分がいる一方で、目の前の光景を見て信じる自分もいる。
 たしかに、舞桜ちゃんが言うように、電車なんて消え果て、視界には城の地下牢があった。蝋燭の灯火に照らされた薄暗い空間には、魔法陣が描かれ、その中心に裸の舞桜ちゃんがいた。

『……って、舞桜ちゃんに服を着せなきゃ』

『無駄よ、過去には干渉できないわ。ただ、動画を見るように観察するだけよ』

 舞桜ちゃんが説明した頃、暗闇から巨大な右手が現れた。鉄橋より太い指で、ひょいと舞桜ちゃんは摘まれ、親猫に捕まった子猫のように数十メートルまで持ち上げられた。

『おいおい、大丈夫か? 助けた方が良いだろ』

『妾たちは過去に介入できないの。それに食われたり、殺されたりしないわ』

 たしかに、どうする事もできない。まさに指を咥えて見ていると、舞桜ちゃんの前に巨大な眼球が現れた。
 いや、よく見ると、暗闇の中には、玉座に腰掛ける大魔王がいた。
 その鼻息はモンスーンより強く、目は太陽より大きく、口はブラックホールのようにデカイ。ガタガタの茶色い歯はエアーズロックみたいだ。

「よもや俺様の子孫が女とは」

「男じゃないと問題でもあるの?」

「良いか、魔物は男しか存在しない。非力な女など不要だ。それに占いでは、女が大魔王の座を奪うと言われている」

「まさか妾を殺すつもり?」

『このままじゃ、舞桜ちゃんが殺される』

『連、攻撃をしても無駄よ。黙って続きを見よう』

 舞桜ちゃんに止められたが、近くに落ちていたレンガを拾う。それを思いっきり投げた。まるで高校球児のストレートみたいな岩は、大魔王を通り抜けて床を転がった。
 本当に過去には関与できないようだ。

「……女であれ、俺様の子供だ。命までは取れぬ。しかし、部下の手前、魔王城で育てる事もできぬ」

「だったら、存在を隠せば良いわ」

「なるほど、小悪魔はおるか?」と大魔王が手拍子を打つ。

 すると、暗闇の中から、20代のムキムキな悪魔が姿を見せる。
 身長は百八十センチ。ボディビルパンツしか履いておらず、小麦色の肌が露出する。腕と足は幹のように太く、シックスパックや翼のような背筋が目立つ。その瞳は血溜まりのように赤い。臀部には、先端がハートの尻尾があり、ちょこんと2本の角が額から伸びる。そんな姿を時より羽ばたく漆黒の翼が覆い隠す。
 その筋肉と露出度なら、週刊誌の表紙すら飾れそうだ。

「魔王様、お呼びでしょうか?」と小悪魔は膝を突く。

「リリートゥ、ここに女が混ざっておる」

「それは不吉ですね。ここで殺しましょう」

「待て、まだ幼子だ。それに何の力もない。魔王城の外に放り出しておけ。そうすれば、俺様を殺す事もできぬだろう」

「しかし、女が大魔王の座を奪うと言い伝えられています」

「小悪魔の分際で、俺様に意見するつもりかあぁぁぁあ」と大魔王が怒鳴る。

「申し訳ございません。魔王城のご命令とあらば、女児を捨てて参ります」

「分かれば良い」と大魔王は舞桜ちゃんを投げた。

 リリートゥは舞桜ちゃんを受け取ると、大広間を抜け、門をくぐり、不気味な森を歩いた。そして、誰もいない事を確認すると、そっと舞桜ちゃんを地面に置いた。

「ありがとう、ここからは1人で旅をするわ」

「ガハハハ、ふざけた事を言うな」とリリートゥは嘲笑を浮かべる。

「何か面白い事でもあったの?」

「魔王様は子供を庇ったようだが、危険な目は弱いうちに摘むべきだぜ」

 リリートゥは鞭を操ると、まるで緊縛プレイ中のAV女優みたいに、舞桜ちゃんを縛った。いや、ロリ少女だから、もっとエロい。
 もうエロくてエロくて……いや、舞桜ちゃんが心配で目が離せない。

『なんか様子がおかしいぞ』

『この後は、本当に酷かったわ』

『助けたい。でも、俺には手が出せない。もう見る事しか叶わない』

『なんか連は嬉しそうね』

 ドン引きする舞桜ちゃんを脇目に、俺はリリートゥの鞭の行く末を眺めた。その鞭は撓る度に、舞桜ちゃんの胸や尻を赤くしていく。
 リリートゥの鞭は、まるでAV男優の優しい手のように、艶かしく舞桜ちゃんの体を触る。地べたに寝そべる彼女をギュッと縛る。
 リリートゥは、殺気立った目で舞桜ちゃんを雁字搦めにした。すると、舞桜ちゃんは敏感な感じ方で、変なプレイが始まったぜ。
 強調されるパイスラッシュ、強調される尻、イモ虫みたいに妖艶に動く四肢。そんな舞桜ちゃんの姿を見ていたい……いや、見ていられない。
 でも、ドSの女王さまも驚くほどリリートゥの鞭使いは上手く、決して顔は傷つけない。

「どう? ここが気持ちいいだろ?」

「痛い! やめて! 妾を攻撃しないで」

「いい声だぜ。もっと泣き声を聞かせろ。俺を欲情させて」

「あぁん、はぁはぁ……ダメよ、逝きっ逝きそう」

「まだ逝くな。十分に苦しんでから果てろ」

「そっそこで何をされているのですか?」

 俺たちの後方から女性の声がした。振り向くと、名も知らぬ修道女が佇んでいた。白いワンピースに、真っ黒なスカプラリオとペストマスクを身につける。
 そのため、顔は見えない。

「はぁはぁ、お仕置きをしていただけさ」

「どう見ても小悪魔ですよね? それに裸の子供を叩くなんて最低ですよ」

「あーあ、見られたからには殺すしか……グハッ」とリリートゥは吐血した。

「光魔法《ランプスィ》」

 修道女が呪文を唱えると、一条の光が空間を切り裂いた。その光線で、リリートゥの体に穴が空いた。さらに、高熱でマッチョな体を焼いた。

「ぐぅギィやあぁァァァ!」とリリートゥは断末魔を上げた。

「憐れな魔物よ、粛清します。しかし、寛大な神々は穢れた御霊も浄化するでしょう」

『うおぉぉお! あの修道女は強いな』

『でしょ、彼女がいなければ、妾は死んでいたわ』

『彼女が命の恩人か? という事は、聖女だな』

『妾も同じ事を思ったわ、食事をするまでは』

 なんて舞桜ちゃんに不吉な事を言われたが、どう見ても優しそうな修道女は舞桜ちゃんに服を着せた。少し勿体ないが、一安心だ。

「もう大丈夫です。あなたの名前を教えて下さい」

「舞桜」

「舞桜、なぜ森で1人なのですか?」

「妾は女だったから、後継者になれなかった。大魔王に捨てられたの」

「へー、それは大変でしたね」と修道女は声が低くなる。

「お願い、妾を助けて! お腹が空いたわ」

「もちろん、どんな魂でも救いましょう。近くに教会があります。来て下さい」

 修道女は舞桜ちゃんを抱っこすると、1時間ほどで森を抜けた。そのまま教会に着くと、舞桜ちゃんに水浴びをさせて、食事を提供した。
 どこまでも伸びる長テーブルには、何脚もの豪華な椅子が並ぶ。テーブルには、山のような果物から湯気を立ち上らせるスープ、出来たてのステーキまでもが用意されている。

『美味そうだな』

『食べちゃダメよ』

『過去の物に触れられないからだろ?』

『いいえ、見ていれば分かるわ』

 なんて舞桜ちゃんに釘を刺された頃、過去の舞桜ちゃんは肉にがっつく。スープを飲み干す。果物にも齧りつく――まるで野獣のように。

「魔物のような食べっぷりですね」

「もぐもぐもーぐも……うっうぅーーん!」と舞桜ちゃんは喉を詰まらせる。

「こらこら、落ち着いて食べなさい。ほら、グレープジュースですよ」

 修道女は血のように赤い葡萄ジュースを手渡した。それを舞桜ちゃんが飲み干した瞬間、彼女に異変が起こった。
 突然、彼女は吐血した。

「グハッ、これは毒ね?」

「ふふっ、はははっ、当然でしょ。あなたのような魔物に与える食事はねーんだよ」

『なんか修道女の様子が変だな』

『そりゃそうよ、彼女は魔物ハンターだもの』

『まもの……はんたー?』

『魔物を駆逐する戦闘員ね』

『じゃ、舞桜ちゃんは危ないだろ』

『その通り、ここで妾は死んだのよ』

『じゃ、助けなきゃ』

『でも、妾は生きて帰ってきた。だから、連も黙って見ていて』

 舞桜ちゃんがネタバレをした時、修道女は笑いながら退く。すると、長テーブルに裾が触れ、ジュースのボトルが倒れる。コトコトと音を立てながら、赤い液体が床に溢れた。
 そのワインは血液のように。
 また床の血溜まりみたいに。

「なぜ……毒を」と舞桜ちゃんが苦しむ。

「テメェみたいな魔物は全て駆逐してやる。この穢れた化け物があぁぁぁあ」と修道女が豹変する。

『この女は命の恩人じゃねーな!』

『まるで魔王みたいな女でしょ』

『……って、いつ命の恩人が現れる?』

『そろそろ会うわ。そこから妾の旅が始まったのよ』

 舞桜ちゃんが話している間に、過去の彼女は息絶えた。すると、修道女は死体を縛って、教会の外にある墓地に鳥葬した。
 鳥葬とは死体を放置して、鳥に食わせる埋葬法である。

『この後、どうなるんだ?』

『そこに女の人が寝ているでしょ』

 舞桜ちゃんは墓地を指す。たしかに、月光に照らされた死体置き場には、舞桜ちゃんの遺体など数々の屍の他に、1人の成人女性が鼾をかいて寝ていた。
 その女性は、左手に酒瓶、右手に装飾された聖典、そして背中に上半身ほどの竪琴を身につける。名も分からぬ美女は、シルバーブロンドの長髪に整った顔立ち、スラッとした細身の体型だ。また、真っ白なチュニックに、金色のスカプラリオを着こなし、髪には白薔薇を模したファシネーターを付けている。

『よく死体置き場で寝られるな』

『やっぱり聖女は根性が違うわね』

『へー、聖女なんだ……って、彼女が聖女だと!』

『最初に話したでしょ』

『ちょっと待て……という事は、この泥酔した女が』

『妾の命の恩人で、大魔王を討伐した聖女、その人よ』

『なんだってえぇぇぇぇえ!』

 俺が悲鳴を上げた時、その声は聞こえないはずなのに、聖女は目を覚ました。そのまま寝返りをして、舞桜ちゃんを見るや否や、即座に聖典を紐解いて詠唱を始めた。

「蘇生魔法《アナニプス》」

 そう聖女が唱えると、空から2人の天使が舞い降りて、その身に舞桜ちゃんの御霊を戻した。それはまるで神々が為せる御業のように、聖女と呼ばれた美女は、いとも容易く舞桜ちゃんを蘇らせたのである。

「ふっ、はぁー、妾は生きているのか?」

「いいえ、私が蘇らせたのよ」

「ならば、あなたは妾の命の恩人ね」

「そうとも限らないわ」

「どういう意味よ?」

「簡単な話ね。私は第8代マリアナ聖女、大魔王を倒さんとする者よ。だから、命の恩人として、あなたの身柄を拘束するわ」

「えっ、ちょっと……そこはダメよ。妾の股が擦れちゃう。いやぁん、きつく縛らないで。うわぁーー!」

 聖女は舞桜ちゃんを縛り上げると、そのまま漆黒の闇へと彼女を拐ったのであった――それはまるで世界を救う勇者ではなく、悪事を企む幼女誘拐犯のように。

『って、この後は何が起こるんだぁーー!』

『気になるなら、第2話を読むしかないわね』

『いや、メタ発言をするな』

『でも、事実だもの』






 

 













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