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「チー牛無双」第1部第1章①、愛夢ラノベP|【#創作大賞2024 、#漫画原作部門】

「チー牛無双」第1部第1章①、愛夢ラノベP


【本文】
第1部 角島奪還作戦
第1章 サイバーポリス選抜試験①

 ――マルチ誘拐から1年、サイバーポリスの試験当日。
 あれからリアバーチャル空間は広がり、山口県はスッポリと全域が呑まれた。そのため、僕は音海に連れられて、広島県西部の廿日市市で暮らしている。日本三景たる厳島や秘境百選の宮島を有するだけでなく、ゆめタウン廿日市のような施設も多くて住みやすい。けん玉やカキ養殖も有名さ。
 ただ、時には下関が恋しくなる。
 だから、僕はサイバーポリスに志願した。故郷とマルチを取り戻すために。

「ソロ、そろそろ起きて」

「分かっているさ、すぐにリビングに行く」

 自室を出てキッチンに向かうと、鼻を突くような異臭がした。まるで実験に失敗したような現状だが、その原因は音海の料理にある。
 音海は素晴らしい鼻歌を歌いながら、見窄らしい料理を作っていた。紫のスープを混ぜる彼女は、もはや魔女にしか見えない。

「今からカレーをよそうわね」

「満腹だから、朝食は要らない」

「嘘つき、何も食べてないくせに。ほら、ちゃんと食べて」

 音海から毒なしのカレーを貰うも、すぐさまテーブルの端に置く。それを彼女は怪訝そうに見ながら僕に忠告をしてくる。

「なぜ食べないの?」

「音海の料理はマズイからさ」

「作ってもらって文句を言わない」

「音海には感謝している。あの日から親代わりになってくれて」

「だったら、カレーを食べて。ほら、あーん」

「生理的に食べられない。おっと、試験に遅れそうだ」

「いよいよ入隊試験ね。でも、安心して。この1年の努力は必ず報われるわ」

「本当に大丈夫かな?」

「試験が不安なのね。でも、安心して。マチョ教官じゃなければ、きっと余裕よ」

「試験内容よりも人が多い事が不安なのさ」

「ドテッ、急にチー牛のコミュ症を出すのね」

「1年が経っても人は変わらないのさ」

「たしかに、性格は変えられない。そもそも変える必要なんてない。でもね、心構えは変えられるの。ソロは精神的にも肉体的にも強くなった。だから、間違いなく合格できるわ」

「世の中に絶対はない。ただ、全力を出すだけさ」

「全力と言っても、牛になってはダメよ」

「分かっているさ、僕がデータ感染している事は秘密なんだろ」

「理解しているなら、問題ないわ。ほら、さっさとカレーを食べて。試験に遅れちゃうよ」

「カレーは食べないぞ」

 僕は逃げるように自宅を出た。それから広電バス『津田行』に乗って、バスに揺られること40分、 『佐伯中学校前』で降りて5分ほど歩いた。
 神様が世界に卵を掛けたように、未だに世界は黄色っぽい。しかし、その風景が日常になるに連れて、本当の色を忘れ、目に見える物が本物に変わりつつあった。
 偽物みたいな景色を観ていると、試験会場に到着した。
 ――佐伯総合スポーツ公園陸上競技場。
 ここは広大な自然の中に体育館を備えるだけでなく、野球場やサッカー場などの広大な敷地を有している。そのため、試験会場にはうってつけのようだ。
 会場には既に多くの受験生がいて、緊張に飲まれそうだった。また、普段から人混みを避けているため、あまりの人の多さに酔いそうだ。全ての視線が僕を捉えているようで怖い。
 そんな心情を見て取られたのか、ムキムキの教官に声をかけられる。

「そこの君、番号は?」

「僕ですか? えーと、1192番です」

「だったら、こっちだぞ。このマチョの担当とは運が悪いな。おっと、プロテインの時間だ」

 マチョという教官は、パンツからボトルを取り出すと、グビグビと緑色の液体を飲み干した。音海が名前を出した男なので、興味本位で注視した。
 マチョ――40代の中年男性、192センチ、ボディビルダーみたいにムキムキ。黒色の海水パンツ以外は何も着ていない。なぜかオイルを塗っているため、6つに割れた腹筋も大胸筋も太腿も、あらゆる筋肉がテカテカさ。
 そんな彼に連れられて、試験会場である野球場に導かれる。その道中で、なぜか話をされた。これも試験か?

「そんなにガリガリで大丈夫か?」

「言うほど細くないですよ。細マッチョです」

「いいや、心配だな。戦場で頼れるのは、己の肉体のみ。おっと、プロテインの時間だ」

「たしかに、マチョ教官ほど体は鍛えていません。でも、体が軽い分、機敏に動けます」

「口だけだな。俺くらいになれば、筋肉の装甲でNPCを蹴散らせるぞ。おっと、プロテインの時間だ」

「どれくらいNPCを倒したんですか?」

「ざっと1000体だ。おっと、プロテインの時間だ」

「って、プロテインを飲み過ぎな!」

「仕方ないだろ、体が求めるのだから。おっと、プロテインの時間だ」

 マチョ教官と話していると、試験会場に着いた。僕は音海に憧れていたから、歩兵部隊に申し込んだ。おそらく会場にいるのは、僕と同じような志を持つ若者だろう。
 同世代の男女を眺めていると、いつの間にか、マチョ教官は全員の前で説明していた。プロテインを飲みながら。

「お前ら、今から歩兵部隊の試験を始める。分かったら、返事をしろ。おっと、プロテインの時間だ」

「「「「「イエッサー!」」」」」

「試験内容は簡単だ。お前たちには既に番号が書かれたゼッケンを付けて貰っている。そのゼッケンを奪え。おっと、プロテインの時間だ」

「「「「「イエッサー!」」」」」

「あと、後ろでゴソゴソしている者、お前たちは不合格……いや、受験生ではないのか」

 マチョ教官の顔から笑みが消えた。もはやプロテインを飲んでいた頃の彼とは違う。なんなら時間になったのに、ボトルを捨てて、両手に鉄製のグローブを嵌めた。
 マチョ教官の射るような彗眼の先には、数名の黒い人影が蠢いた。受験生のようにも見えるが、データであるがゆえに影ができない。
 そう、なぜかNPCが紛れ込んでいた。
 受験生は敵襲に気がつくと、蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げた。これからサイバーポリスになるのに情けない、そう思いつつも僕も2歩だけ退いていた。
 しかし、マチョ教官だけは違った。
 マチョ教官は高台からジャンプすると、真っ先に敵陣に切り込んだ。NPCたちは意表を突かれて動けない。その隙に、彼は技を決めた。

「マッスル演舞《上腕二頭筋》」

「「「「「グギャーーーー!」」」」」

 マッスル演舞が何かは分からなかったが、マチョ教官が両腕を振るたびにNPCが空で7色の破片になった。その勇姿を見て、彼が数多のNPCを屠った話は嘘ではないと確信を持てた。
 このままマチョ教官が押し切る。
 その場にいた受験生は、そう信じていた。僕だって明るい未来を予知していた。しかし、予想は外れる。

 マチョ教官の胸部を火球が貫いた!


 マチョ教官に風穴が空いた姿が信じられず、まだ夢を見ているのかと思った。
 はやく音海は起こしに来いと願った。
 『ソロ、そろそろ起きて』と言って欲しかった。
 だって、これが悪夢でないならば、マチョ教官の心臓がない事が事実になってしまう。あれだけプロテインを飲んで鍛え上げた体躯に穴が空いた事が真実になってしまう。
 そんな事態を心が拒絶した。
 また何もできない自分が嫌いになりそうだった。1年も努力したのに、マルチを失った僕から成長していないように感じた。
 いや、あの日と僕は違う。今なら1歩は踏み出せるさ。

「マチョ教官、大丈夫ですか?」と右足を踏み出す。

「グハッ、近寄るな。おっと、プロテインの時間だ」

「もう飲めないですよ」

「1192番、そんな事は分かっている。だがな、教官たる者、受験生に心配をかけてはならんのだ」

「僕は1192番の前に、鯖田ソロという名前があります」

「鯖田……もしや透の息子か?」

「父さんを知っているのですか?」

「昔、ヴァージョン5に襲われた時、透には助けられた。まさか死に際に息子に会えるとは」

「死ぬなんて簡単に言わないで下さい」

「いや、アイツは強敵だ。鯖田ソロ、俺は透のように時間を稼ぐ。だから、逃げ……」

「シーケンス番号1《ドラゴンフレイム》」

 マチョ教官が話し終わる前に、彼は火ダルマになった。赤々と燃える筋肉を見て、彼の死を実感した時、犯人が空から姿を見せた。会場の上空5メートル辺りを飛んでいる。
 マチョ教官がアイツと呼んだ少女を見上げて、僕は絶望していた。
 その母親ゆずりの黒髪も。
 僕と同じ青い瞳も。
 白い背中から生えた緑の両翼も。
 僕には見覚えがあったからさ。そう、何を隠そう、マチョ教官を殺害したのは、姉のマルチだったのだ。思えば、1年ぶりの再会である。



【第3話】
「チー牛無双」第1部第1章②


 https://note.com/im_ranobe_p/n/n1ea042896820






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