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「チー牛無双」第1部第1章②、愛夢ラノベP|【#創作大賞2024 、#漫画原作部門】

「チー牛無双」第1部第1章②、愛夢ラノベP

【本文】
第1部 角島奪還作戦
第1章 サイバーポリス選抜試験②

「マルチ、何をやっているんだ?」と思わず立ち尽くす。

「誰よ、その名前? 私はヴァージョン6じゃん」

 翼の生えた少女は別名を名乗ったが、ドラゴンに似た姿は紛れもなく、去年のマルチそのものだった。
 鯖田マルチ――16歳の日本人、164センチのCカップ、右利き。母親ゆずりの黒髪を赤いリボンでハーフアップにしている。また、僕と同じく青い瞳はサファイアのように美しい。
 しかし、1年前とは異なり、服装はセクシーだ。緑のサテンドレスは、背中が丸見えで、胸元までパックリと切れ込みが入る。また、スリットによって真っ白な左足が顕になっている。
 時の流れとは残酷だ。たった1年だけなのに、マルチは外見だけでなく内面まで別人になっていた。

「まさか僕を忘れたのか?」

「あのね、いちいち殺す人間の顔なんて覚えないじゃん」

「そんなセリフ、マルチは言わない」

「勝手に私を語るな」

「マルチは心優しくて、何でもできて、僕より優れた姉だった」

「私に姉弟はいない。てか、あんたは誰?」

「僕は鯖田ソロ、マルチの双子の弟さ」

「うっ、ソロ……双子?」

 マルチは苦しそうな顔をしながら額を右手で押さえた。この1年、僕はマルチを一時も忘れなかったのに、彼女は僕を覚えていない。
 その事実に憤りを感じたが、落ち着いて考えてみると、ヴァージョン5やマスターデータによって記憶が改竄された可能性もあった。
 その証拠がマルチの歪んだ顔さ。彼女は何かを思い出そうとしたが、やがて両目が赤く光ると、再び強気な女性に戻った。

「はぁはぁ、ソロなんて知らない。私は一人っ子じゃん」

「誰かに記憶を変えられたのか?」

「私は何もされていないわ」

「マスターデータに脳を手術されたんだろ」

「人類め、マスターデータ様を悪く言うな」

 マルチは豹変した。急に羽を広げると、黄色い空を覆い隠した。さらに、口を大きく開けて、ガスバーナーのように青い焔を吐いた。
 もはやドラゴンと見紛うほどの姿となった後、マルチは静かに呟いた。

「シーケンス番号4《ファイアウォール》」

「皆、逃げろ」

 シーケンスとは、予定された順番に処理を行う事を意味する語句だ。その4番目がファイアウォールらしいが、言葉の意味を考えるよりも状況を見た方が理解が速かった。
 マルチは上空に焔を吐くと、青い業火がドーム状に燃え上がり、やがて試験会場を火の海へと変えた。
 焔の蒼さが鮮明すぎて、世界が海に飲まれたように感じられたが、炎の熱が勘違いである事を伝える。

「キャハハハ、燃えろ! 燃えろ! 私の炎で塵と変われ」

「マルチ、目を覚ませ。お前は人を殺せない」

「うるさいな、私はマスターデータ様に会って、本当の自分を知ったのよ」

「マスターデータの言葉に惑わされるな!」

「チッ、なんか腹が立つわね。お前も死ね。シーケンス番号1《ドラゴンフレイム》」

 マルチが赤い火球を吐き出す。おそらくマチョ教官を殺した炎だが、それを僕はギリギリで交わす。
 ただ、後方では次々と受験生が死んでいた。全身が燃える男子、一酸化炭素中毒になる女子……死因は様々だが、屍の山が築かれつつあった。
 このままでは全滅する。
 そんな焦りを抱いた頃、黒い煙が会場を包んだ。一酸化炭素中毒にならないように身を屈める。少し呼吸を整えながら、変身するか迷う。今なら、煙に隠れて牛に変われる。

「いや、ダメだ。音海と約束したじゃないか」

「クソッ、煙で見えないじゃん。あの少年は、どこに消えた?」

 マルチの姿は見えないものの、彼女の声が頭上から聞こえる。その声を懐かしみつつ、僕は葛藤していた。
 牛にならずに助けを待つか?
 牛になって人々を助けるか?
 前者は簡単である。また、音海との約束も守れる。一方、僕は後者を選びたかった。今の僕は1年前とは違う。今なら、多くの命を救える。それに、今を逃せば、二度とマルチと会えないかもしれない。
 もう後悔はしたくない!
 後悔するくらいなら、死物狂いで戦いたい。
 ごめん、音海……僕は救える命を見捨てられないんだ。

「チー牛変身!」

「この光は何じゃん?」

 マルチが驚くのも無理はなかった。僕は牛に姿を変える瞬間、ほんの1秒だけ白く輝く。その発光が終わる頃、僕は二足歩行の牛になる。全身が茶色い毛に覆われ、腕も足も幹のように太くなる。さらに、角まで生える。
 筋肉が付き、鼻息だけで黒煙を吹き飛ばした。

「その光は僕が牛に変わる合図であり、希望の煌めきでもある」

「牛って……ふふっ、ははは! ダサいじゃん」とマルチは腹を抱えて笑った。

「笑えるのは今だけさ。チー牛拳法《牛目》」

 目の位置を左右に移動させる。牛は人と違って視野が広く、鼻先と真後ろ以外は見える。また、いち早く危険を察知するために、動く物に敏感に反応できる。
 その習性を利用したのが闘牛である。なんて豆知識を思い出していると、マルチがおちょくってきた。

「牛になった所で何か変わるわけ?」

「変わるさ、僕が多くの命を救うから」

「どうせ単なる虚勢じゃん。シーケンス番号1《ドラゴンフレイム》」

「チー牛拳法《鉄蹄拳(てつていけん)》」

 僕は牛の姿になる事で、人智を超える力を使える。しかも、その力を音海の指導で1年も磨き上げた。
 牛の蹄は人間で言うところの爪に該当する。その分厚い爪には神経がなく、熱や痛みを感じない。そのため、蹄鉄を釘で打っても問題がないのだ。
 そんな蹄を鉄のように硬くすれば、炎ですらも弾き飛ばせる。
 僕は、マルチが吐いた火球を右腕1本で打ち返した。まるでホームランバッターの気分だったが、惜しくもマルチに旋回されて、火球は外れてしまう。

「危ないじゃん。油断していたら、当たっていたわ」

「次は必ず当ててやる」

「バカじゃん、何度も同じ手は食らわないわ。てか、距離を取ったから、もう届かないでしょ。牛は空を飛べないからね」

 マルチは警戒して、10メートルほどの高さでホバリングしていた。たしかに、牛は飛べない。しかし、あの距離なら、届かないわけではない。
 ただ、チャンスは一度きり。
 僕は意を決して木へと走り出した。佐伯総合スポーツ公園陸上競技場は自然が豊かで、中には数メートルの大木も育っている。その1本に蹄を掛けると、ヒョウのように木登りをした。
 そして、両足をバネのように使って、木の天辺からジャンプした。

「まさか私の所まで飛ぶつもり?」

「そのまさかさ。必ずマルチを取り戻す」

「愚かじゃん、空中では格好の的よ。シーケンス番号2《フレイムスロワー》」

 マルチが口から直線上に赤い焔を吐いた。もはや彼女が火炎放射器にすら思えた。それでも飛んだ以上は猛火に飛び込むしかない。
 飛んで火に入る夏の虫とは言うが、まさか飛んで火に入る春の牛になるとは思わなかった。
 視界が赤く染まる。少し焼肉屋の香ばしい薫りさえする。このままでは牛の丸焼きになっちゃう。熱々の料理を思い浮かべた頃、マルチの狂ったような笑いが耳を劈いた。

「キャハハハ、このまま焼き肉になっちゃえば」

「ここで諦める訳にはいかない。二度とマルチを離さない」

「キッモ、完全にシスコンじゃん」

「シスコンでも構わないさ。喰らえ、チー牛拳法《鉄蹄拳・乱舞》」

「あり得ないじゃん。炎が2つに割れていく」

 マルチも目を疑っただろう。僕は両腕を素早く突き出して、鋼鉄のような蹄で焔を掻き分けた。あたかもマグマを泳ぐみたいに火の中を進むと、ついに間近でマルチを見つめた。
 マルチは、ヲタクに追われたアイドルみたいな顔をしていた。

「こっちに来るな」

「拒絶されても、抱きしめてやるさ。なんて言ったって弟だからな」

「私に姉弟愛の趣味はないじゃん。てか、弟は居ないんだってば」

「チー牛拳法《牛刀頭突き》」

 嫌がるマルチの腹部に牛の角を突き立てた。もちろん、嫁入り前の彼女を傷つけたくないが、逃さないためには仕方ない。
 牛角は二層構造になっており、内側の角突起という骨を、角鞘というケラチンが覆っている。神経が通っており、折れると元には戻らない。
 そんな角で突きながら、そっと抱きしめると、マルチは急に叫んだ。

「シーケンス番号10《ドラゴンフォーム》」

「暴れるな」

 僕はマルチを両腕で捕まえたが、彼女は見る見るうちに巨大なドラゴンに変わった。もはや数メートルの巨体をハグできず、僕はマルチを離してしまう。
 マルチは空の彼方に消えたが、地上では受験生が牛となった僕を怖がった。
 事件解決の功労者なのに……そう思いながら、僕は包ヶ浦海岸まで逃げた。



 牛から戻った僕が鹿と佇んでいると、厳島神社の鳥居が夕陽のオレンジに染まっていた。それを見つめる僕の影の隣に、新たな影が生まれる。ヤバい、追っ手かと身構えると、聞き覚えのある声がした。

「勝手に変身したわね」と音海が話しかける。

「なんだ、音海か。ごめん、マルチを救いたくて」

「サイバーポリスでは騒動になっているわ。竜と牛が出たって」

「ハハハ、何にも知らないと噂になるよな」

「笑い事ではないわ。今回の件で角島奪還作戦が本格的に始動するそうよ」

「角島奪還作戦?」

「いよいよ山口県に部隊を送るって話よ」

「だとすれば、マルチを救うチャンスかもな」

「だから、暫くは大人しく隠れていなさい」

 音海に釘を刺され、僕は潜伏することに決めた。もちろん、角島奪還作戦でマルチを取り戻すために。










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