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生きている

風をきる。
きるというより、熱風に体全身を煽られている、気分。

歩道を走れば、邪魔だろうし。車道を走れば、邪魔だ。
どちらにいても邪魔な存在の自転車に乗って、今日は車道を選んだ。
歩行者が多い日は、左端ギリギリの車道を走る。

信号が変わり、いっせいに走り出すと、大きなトラックが横を抜けていった。

またひとり風に残されて、トラックからは懐かしい匂いがした。


高校生の頃、信号待ちをしていると、このように隣を通っていくトラックには、生きた鳥や豚が乗せられていた。生きている匂いは鼻腔を貫き、ハンドルを握る両手に汗をかいた。

田舎だからと思っていたが、東京でも同じように命が運ばれているのか。そう思い、丹田に力をこめ、トラックを目で追う。

自転車収集車と書いてあった。力んでいた体の力がふっと抜け、ふたたび熱風が吹いた。これからあの自転車はどこにいくのか。使われなくなった自転車の余生の充実を祈り、交差点を境に別の道へ分かれた。

生きている匂いは、強烈だ。鳴いている音より、舞う羽の数より、私の心を真っ直ぐに刺す。自転車収集車の匂いも、生きている匂いだった。まだ生きられた、帰りたい、死にたくない、そう聞こえた。

今乗っている自転車を駐輪場に止め、鍵をぬく。隣の赤い自転車のハンドルの上で、ピンク色の警告の紙が手を降っていた。生きているってそういうことか。


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