川上郁雄
「移動する子ども」学が生まれるまでの軌跡
このプログラムは、子どもの日本語教育に関心のある人、これから子どもたちに日本語を教えたいと思う人、また今、子どもたちに日本語を教えている指導者のみなさんに、「子どもの日本語教育実践」とは何かをわかりやすく解説するものです。
2024年4月、フリーランスになったので、noteを始めました。 複数言語環境で成長する子どもの研究を行なっています。そのきっかけは大学院生の頃、ベトナム難民家族の調査で出会った子どもに、習いたてのベトナム語で話しかけたところ、「そんな言葉、知らない」と言われたことだった。その子の両親も、家庭内ではベトナム語を使っているのに、なぜ知らないと言ったのか。そのことも、その時の少女の気持ちも、理解できなかった。30年以上前のことだった。 その後、オーストラリアの大学へ留学し、さ
岩城けい著 『M』(2023、集英社) 豪州メルボルン在住の日本人作家、岩城けいさんの小説『M』。タイトルのMには、「エム」とカタカナのルビがついている。つまり、この小説の題名は「エム」と読む。「移動する子ども」研究をする私のイチ推しの本である。 どのような内容の小説か。本の帯文には、次のような文章がついている。 「父の転勤にともない12歳でオーストラリアに移住し、現地の大学生となった 安藤真人。憧れていたはずの演劇の道ではなく就職を選ぼうとしたところ、 マリ
このシリーズの9冊目にレビューする書籍は、川上郁雄編著『「移動する子ども」という記憶と力―ことばとアイデンティティ』(2013、くろしお出版)。 この書籍は、私の「移動する子ども」研究において、ターニング・ポイントとなる書籍でもあった。それは、なぜか? 本書の「序」は「思想としての「移動する子ども」」と題した。少し引用してみよう。 「本書は、幼少期より複数言語環境で成長した子どものことばとアインデンティ ティをどう捉え、どのように育んでいくのかをテ
『早稲田日本語教育学』は、早稲田大学大学院日本語教育研究科(以下、日研)の紀要ですが、先月(2024年6月)、その最新号、36号が刊行されました。その号の「特集」が「年少者日本語教育の現在地と展望」。 私が書いた「緒言 日研の年少者日本語教育研究22年」のほか、私の研究室で学んだゼミ生・修了生が書いた14本の論考が収録されています。そのすべては、以下のURLから無料で閲読可能です。 https://waseda.app.box.com/s/rrjv87r8hoeivl
<速報版> 「JSLバンドスケール」*をテキストとして3年間実施されたオンライン講座**に、1回以上参加された受講者、446名を対象にオンライン・アンケート調査を、2023年8月に行いました。ご回答くださった78名の方々、ご協力ありがとうございました。 なお、本アンケート結果の詳しい分析も含めた研究は、2023年11月26日の「日本語教育学会秋季大会」(山形市)でポスター発表しました。 *川上郁雄(2020)『JSLバンドスケール【小学校編】―子どもの日本語
コース2 JSLバンドスケールを使った日本語指導 ❻JSLバンドスケールを使った日本語指導 1、JSLバンドスケールから日本語指導へ さて、JSLバンドスケールを活用しながら、どのように日本語指導を行うかを考えてみましょう。 まず、「コース1 子どもの日本語教育」の考え方と観点と、そしてここまで述べてきた「コース2」の内容を踏まえ、子どもにとって意味のある日本語指導のポイントを確認しましょう。 ①子ど
コース2 JSLバンドスケールを使った日本語指導 ❺JSLバンドスケールによる「ことばの力」の見立て 1、JSLバンドスケールのフレームワーク では、JSLバンドスケールはどのように作られているのでしょうか。 JSLバンドスケールは、子どもの年齢に応じて、「小学校低学年(1、2年生」「小学校中高学年(3、4、5、6年生)」「中学・高校(中学1年生から高校3年生)」の3つ
コース2 JSLバンドスケールを使った日本語指導 ❹なぜJSLバンドスケールが実践に必要なのか 1、JSLバンドスケールが実践に必要なわけ⑴ では、「子どもとのやりとりが生まれる」活動を、具体的にどのように考えたらよいのでしょうか。 まず大切なのは、子どもの様子をしっかり見ることです。 具体的に言えば、例えば、日本語がまったく知らないという理由で、小学校1年生と中学校3年生に対して同じ活動を行うことは、子どもの「成長・
コース1 子どもの日本語教育 ❸子どもへの日本語指導の基本 1、実践をデザインする3つのポイント では、子どものことばの実践は、どのようにデザインしたらよいのでしょうか。 今回は、実践をするときに大切な3つのポイントについて解説します。それは、言語活動の「個別化」「文脈化」「統合化」です。以下に、説明します。 ①個別化 子どもが活動の主役になるようにすることです。子ども自身のこと や、子どもの関心
新しい本が出来上がりました。 Routledge Handbook of the Vietnamese Diaspora Edited by Nathalie Huynh Chau Nguyen 2024, Routledge https://www.routledge.com/Routledge-Handbook-of-the-Vietnamese-Diaspora/Nguyen/p/book/9780367463960 本書には、英国、米国、豪州、日本、ドイツ、カナ
コース1 子どもの日本語教育 ❷子どもの「ことばの力」を育成するとは 1、育成する「ことばの力」とは 前回の講義で述べたように、「日本語を学ぶ子ども」は、日本語だけではなく、第1言語の母語も含む複数言語環境で生活しています。そして、その環境で、日々、多様な学びを経験しています。したがって、日本語、母語などに関する多様な言語知識や経験、つまり多様な言語資源をすでに持っています。そのことは、子どもの豊かな未来につな
コース1 子どもの日本語教育 ❶子どもを理解する3つの視点 1、実践をする前に知っておくことは? 「日本語を学ぶ子ども」のことばの実践を考える前に、子どもを理解するための視点が必要です。それは、子どもの「ことばの生活」「成長・発達」「心」の3つです。 この「ことばの生活」とは子どもが複数言語環境で複数の言語に触れながら生活しているという点です。たとえ、日本語が第一言語と同じように使用できなくても、あるいは語彙に第一言語が混ざったり日本語の発言や文章が完成
はじめに このプログラムは、子どもの日本語教育に関心のある人、これから子どもたちに日本語を教えたいと思う人、また今、子どもたちに日本語を教えている指導者のみなさんに、「子どもの日本語教育実践」とは何かをわかりやすく解説するものです。 「セルフ・ラーニングで研修って、どういう意味?」 と思われる人もいると思います。 このプログラムは、各回に提示された解説文を読み、最後の「課題」を自分で考えて学ぶ<セルフ・ラーニング>方式をとっています。同時に、同じ関心のある方とともに学
今年(2023)3月に開催されたWBC(World Baseball Classic)に日本中が熱狂しました。大谷翔平投手をはじめ、侍ジャパンの選手たちが躍動し、日本チームは見事に優勝を勝ち取りました。多くの方が、選手たちのプレーに大きな感動を覚えたでしょう。 その中で、私が注目したのは、ラーズ・ヌートバー選手でした。彼の父親はオランダ系アメリカ人、母親が日本人です。WBCの規定では、両親のどちらかの親の国のチームに加わることを妨げないことになっているようです。 アメ
このシリーズの8冊目にレビューする書籍は、川上郁雄著『移民の子どもたちの言語教育―オーストラリアの英語学校で学ぶ子どもたち』(2012, オセアニア出版社)。 この本は、オーストラリアの移民の子どもたちがどのように第二言語の英語を学んでいるかについて、連邦政府の言語政策、移民の子どもたちを受け入れている英語学校の現地調査を踏まえて、まとめたものである。オーストラリアの移民の子どもへの言語教育を政策文献調査と、現地の学校の教室まで入って調査をした研究は初めであった。 私は
このシリーズの7冊目にレビューする書籍は、『「移動する子どもたち」のことばの教育学』(2011, くろしお出版)。 この本は、2006年から始まった「移動する子ども」シリーズの第6弾として編んだ本である。「序 「移動する子どもたち」のことばの教育を考える」の後、以下の構成で編まれている。 「第1部 なぜ「ことばの力」の把握が大切か」 (第1章、第2章、第3章)「第2部 「移動する子どもたち」のことばの学びをどうデザインするか」