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子どもの日本語教育とJSLバンドスケール [セルフ・ラーニング研修❶]

コース1 子どもの日本語教育

        ❶子どもを理解する3つの視点

1、実践をする前に知っておくことは?

「日本語を学ぶ子ども」のことばの実践を考える前に、子どもを理解するための視点が必要です。それは、子どもの「ことばの生活」「成長・発達」「心」の3つです。
 この「ことばの生活」とは子どもが複数言語環境で複数の言語に触れながら生活しているという点です。たとえ、日本語が第一言語と同じように使用できなくても、あるいは語彙に第一言語が混ざったり日本語の発言や文章が完成できず不十分な印象を与えても、子どもは多様な言語を吸収しながら生きているということを、私たちはまず理解しなければなりません。
 また同時に、子どもは、たとえ日本語が話せなくても、日々成長しており、身体的にも認知的にも成長・発達段階の途上にあるということです。その成長・発達の段階によって複数言語環境への対応の仕方やコミュニケーション力も異なります。そのことを無視して、ことばの実践をデザインすることはできません。
 さらに大切なのは、ことばの実践を通じて、子どもの心を支えることです。日本語を知らないまま親の移動にともない日本にやって来た子どもや、幼少期から日本で生活していてもなぜ自分が日本にいるかを納得していない子ども、また海外からいきなり「帰国」し、それまでの友達と切り離され孤独を感じている子どももいます。自分ではどうしようもなかった移動や環境変化を納得できず、学習に向かえない子どももいます。移動せざるを得なかった生い立ちを抱える子どもの心を支えることは、子どものことばの実践を考える上で最も大切な視点となります。

2、ことばの実践とは
 
では、この3つの視点に立って、どのような実践を考えたらよいでしょうか。ことばの実践とは、日本語の語彙や文法といった言語知識を子どもの頭の中に「入れる」ことではありません。そもそも、ことばの学びとは、子どもが思ったことや感じたことを、ことばを使って他者へ向けて発するときに生まれます。つまり、「子どもの主体的な参加」を促す活動が必要なのです。そのためには、子どもの発言に耳を傾け、子どもを受け入れる他者(他の子どもや大人)が必要です。
 このことを逆に言うと、子どもの「ことばの生活」「成長・発達」「心」に配慮せず、子どもに寄り添わない指導者は、どんなテキストや教材を利用しても、「子どもの主体的な参加」を促すことはできないということです。

事例①
 
ある国から来たばかりの「日本語を学ぶ」中学生に、「取り出し指導」で「日本語を教えている」現場を見学しました。その時、指導している教師は、見学に来た私に対して、次のように言いました。「この子は、小学校1年生の漢字もまだ覚えていないんですよ。だから、漢字を書き写すように指導しているんです。(生徒に対して)さあ、早く書きなさい。」と。
 そして、先生は黙ったまま、腕組みをして生徒が漢字を書き写すのを見ているだけでした。中学生の彼は、黙ったまま、言われたままに紙に印刷された漢字を、もう一枚のマス目のある白い紙にひたすら書き写していました。
 
事例①の「実践」は、子どもの「ことばの生活」「成長・発達」「心」に配慮した、子どもに寄り添った指導を言えるでしょうか。
 この指導に対する疑問は、いくつかあります。この生徒は確かに漢字を覚えていないかもしれません。いわゆる非漢字圏から来日したばかりの子どもが漢字を知らないのは当然ですし、自然なことです。漢字が書けなくても、第1言語の母語なら中学生らしくインターネットから情報を読みとったり、メールを書いたりできるかもしれません。そのような「ことばの生活」を想像していれば、生徒に対する教師の態度も変わったかもしれません。
 また、確かに日本語を使い中学校の学習をするためには漢字の知識は不可欠でしょう。しかし、教師自身が小学生の時に漢字を覚えたような方法で、中学生の生徒に漢字を覚えさせたり教えようと考えるのは、子どもに寄り添った指導と言えるでしょうか。
 つまり、生徒は中学生になる年齢まで、第1言語の母語で教育を受けてきたとすると、その年齢の子どもと同様に、身体的にも認知的にも「成長・発達」してきたことが予想されます。その「成長・発達」段階に応じた学習経験や学習スタイルをすでに習得しているかもしれません。そのことも踏まえて、漢字の覚え方や教え方を考えることも必要ではないでしょうか。
 さらに、この事例では、ほとんどの指導時間中、教師は「黙ったまま、腕組みをして生徒が漢字を書き写すのを見ているだけ」でした。確かに中学生なら自律的に学ぶことができるだろうと教師は思うかもしれません。しかし、この教師が生徒を小学校1年生と同じと考えていること、さらには、そもそも学習は一人で黙って行うことだという学習観を持っていることは言外に明らかでしょう。その結果、生徒にもそのような教師のまなざしは伝わっているかもしれません。つまり、中学生としてではなく、小学生と同じ扱いをされ、覚えていない知識をひたすら黙って覚えよという教師のまなざしは、中学生の自尊感情を大きく傷つけることになり、学習意欲を減退させることになる可能性があるでしょう。
 したがって、この事例①の指導は、生徒の「ことばの生活」「成長・発達」「心」に配慮した、生徒に寄り添った指導とは言えないと思います。

3、ディスカッション
 
では、このように、子どもを理解する3つの視点を得るには、どうしたらよいでしょうか。まず、子どもの様子、子どもたちのコミュニケーションの様子を観察しましょう。以下の課題を考えましょう。

課題1 あなたの目の前にいる子どもは、周りの人とどんなふうにコミュニケーションをとっていますか? 様子を観察してみましょう。
(もしまだ指導を開始していない人は、近くにいる日本人の子どもや外で遊んでいる子どもでも、いいです。)

*観察のポイントは?
・子どもはどんなことばを使っているのか?
・子どもの使っていることばの特徴は?
・相手のことばがわからない場合、どのような反応を示しているか?
・ことばと場面の関係はあるのか? など。

    










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