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"100歳おばあちゃん" 小百合さんから学んだ 健康長寿の隠し味 第1回  | 実話 (全4回)

第1回


"敬老の日か〜"

マスクの下にじんわり汗を滲ませながら、夜風をロードバイクで切っていく。

今では風物詩とも言えようか、20時以降のゴーストタウンを無言で走り去る。


IKKOは、普段気にもしない祝日の理由をはた頭に浮かべていた。



私の祖母は80歳台後半、その祖母の姉も90歳台と聞き、そのまた親戚も80歳台後半と聞き、そのまたまた… 完璧なる長生きネットワークである。

とりわけ、私が幼少期の頃からいわゆる「おばあちゃん家に行ってくる!」で登場する「おばあちゃん」は80歳台後半の祖母である。


お嬢様として育てられた幼少期、
太平洋戦争の渦中に身を投じた思春期、
在日アメリカ軍のお世話しながらチョコレートの味に感動したという青年期、

そこから時代は流れ……

慣れない手つきでPCを操作し、慣れた手つきで株式投資をする現在、

パワフルすぎる。



"どうせ今日もにんまり笑みを浮かべてパチパチやってるんだろうか"

そんな空想ですら笑えてくる。


私は休むことなくロードバイクを漕ぎ続ける。

3kmほど漕いだであろうか、信号が赤になった。

"結構冷えるな"

罵声を浴びせ合うように声を枯らしたセミもいつの間にか消え、寝苦しさとは無縁の穏やかな夜だ。


ふとポケットに入れた携帯を覗く。

iPhoneの思い出プレイバックと言えようか、過去の同じ日の出来事をアルバムにして私に見せてきた。


"こんな時期だったか"

信号が青になり、そそくさとiPhoneをポケットにしまう。画面が真っ暗になると、無意識に足をペダルに置いた。
一本道を再び走り出したロードバイクは、私を懐かしいカメラロールの中に広がる「あの日々」へ誘っていった。

これは数年前、実際に体験した21日間の「あの日々」の記憶である。






ゴォオオオオオ

" Attension Please, We are making our final approach to Narita International Airport. ”

緑緑しい山々と眼下に広がる灼熱で火照った大地を長方形の窓から覗いた。

海外に滞在していた私は、日本に帰国する寸前だった。



「わぁ、帰ったらやることいっぱいあるなぁ。復学届に、成績証明に、どこどこに電話しないといけないし、後は… そうだ!介護実習先探さなきゃ!!」

当時の私は、帰国後すぐに卒業論文に取り組み始めながら、すっからかんになった銀行口座を潤すためにアルバイトを探し、既に内定を頂いた会社のインターンシップに遅れて参加予定でありながら、介護実習を詰め込んで、4年で卒業してやる!と前代未聞な強行スケジュールを試みていた。

「ああ、面倒臭い。介護実習ってなんで教員免許取るのに必要なんだ。てか、中学生や高校生と接する職業への免許なのに正反対じゃないか。」

口を尖らせた若者は、日本へ帰国した。


ひとまず家に荷物を置いた私は、すぐさま介護実習先を探した。
何故なら、秋実施の介護実習は原則春までに応募しなければならないと聞いていたからだ。

「簡単に終わる実習先が良いなぁ。カラオケして、人生ゲームやって、たまに卓球とかしながら。」

そんな楽観的な若者に、国が決めた制度は優しくない。


来る日も来る日も福祉施設に電話をした。

"もう募集終わってるんで"
"どこの大学の学生さんですか。学校を通してください。"
"この時期はどこも受付してないのでは。"

「だって、国が決めた条件には介護ボランティアを実施した証明が出来るものを提出って書いてあるから、個人的なボランティアでお願いすればいけるし!!」

我ながら、かなりのエゴイストである。
グレーゾーンを攻める、エゴイスト爆誕である。


そんなエゴイストに手を差し伸べてくれる友人がいた。

「友達が働いている特別養護施設なら、なんとかしてくれるかも。」


そこだ。

そこしかない。

「ただ…」

「ただ…?」

私は次の言葉に耳を疑った。

「要介護4の現場だから、かなり大変かも。」


介護を必要とする度合いによって、要支援(1、2)と要介護(1、2、3、4、5)の7段階に分かれるらしく、
要介護4では、認知症の進行が激しい高齢の方が多くいる現場で、重度の周辺症状(徘徊、妄想、誤食、不潔行為)なども散見されるという。


全く知識もなく、ただ国のカリキュラムに従うべく介護実習に乗り出した新参者は、なんとなく普通の介護実習ではないことだけ悟りながら、

「OK, OK やっちゃおう!」

と、所謂ノリで攻めることにした。
というか、状況がよく分からなかったからノリでOKするしかなかったと言える。


こうして、介護実習先が要介護4の現場に決まった。


"まあ、卓球は無理だとしてもボードゲームくらいは楽しめるかなぁ。"


そんな淡く、薄い考えを持ちながら9月後半からの介護実習へと時が進んでいった。




第2回へ続く。






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