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"100歳おばあちゃん" 小百合さんから学んだ 健康長寿の隠し味  第2回   | 実話 (全4回)

第2回


( 第1回はこちら )


ガタンゴトン ガタンゴトン


こんな田園風景はいつぶりだろうか。
都心から少し離れた… いや、まあまあ離れた辺鄙な場所へ一定のスピードを保ちながら6両編成は走る。


ギィィイイイ ガコッ

IKKOは、額に流れる汗を拭いながら少しサビた窓を開けた。
野焼きをする煙が、顔いっぱいに当たる。

"くっせぇ。"

稲刈りをした後の田圃は、あっという間に火が放たれ、その炎は全てを無き事のように消し去っていた。

まるで、今年はすでに終わったとでも言うように。



" はぁ、今日からかぁ。"


ここには、始まりを告げる案内状を持った若者がいた。
愛用している紫リュックについた煤を払い、案内状を右ポケットにしまった。


ピポンピポンピポン プシュー


駅に降り立つと、鳥肌が立った。
慣れない土地に1人で迷い込んでしまった。気概を示せと昨日の私が笑う。

そそくさと右ポケットから案内状を取り出した。
案内状に書かれた道筋を指でなぞる。

"結構あるじゃんか"

ブツブツ文句を垂れながら、徐に足を動かした。



15分ほど歩いた。

"だるい。だるい。だるい。"
歩数を稼ぐごとに、"だるい" が加算されていく。


田圃の中にぽつんと浮かぶ、白基調の建物が見えた。


「あれま、ボランティアさん??」

田圃の中から声が聞こえた。

「あ、そうです!宜しくお願いします!」

真っ黒に焼けた顔に、真っ白の歯。
ロールベーラーに乗ったおっちゃんが笑ってみせた。
のそのそとこちらへゆっくり歩いてくる。

私は、足を止めておっちゃんを待った。



後々知ったが、このおっちゃんが特別介護施設の施設長だった。
施設長に連れられて、ロッカー室に案内された。
介護職員の制服を支給され、急いで着替え、9時の朝会を待った。

毎日、朝会をするらしい。


「え〜 それでは、今日は朝会の前に全体へ1つお知らせがあります。」

施設長がそう述べると、私に目線を向けた。
施設長の目線が私に向くと、スタッフ10人の目線も私に向けられた。
私の目線はやり場を失い、何故か天井を向く。
緊張していることを悟られたか、何人かの女性スタッフさんがくすっと笑った。


「今日から14日間、ボランティアで来てくれたIKKO君です。力仕事は全部この青年に任せちゃってね。えっと、それから…」

" えっと…??
あれ、7日間でボランティア証明は十分なはずだよ?? 
力仕事やるなんて聞いてないよ??"

この時、力仕事の意味を深く考えなかった。


「1人、ボランティアで来たいと言っている友人の友人がいまして、大変やる気があるようです!」

「ちょうど人手も足りなくなってるし、助かるな。男の子??」

「はい、そうみたいです!」

「じゃあ、14日間くらい活躍してもらおう。」

こんな会話が1ヶ月前、内密に執り行われていた模様である。

7日分の追加でまた "だるい" が加算された。


こうして、就業時間になった。

1日目の始まりである。

そして、"100歳おばあちゃん" との出会いの日であった。



「そしたら、改めてIKKO君ね!まずは、館内案内するから付いてきて!」

絵に描いたような、ハイテンションでガハハハと笑いそうなおばちゃんが早速声を掛けてきた。

おばちゃんと言ってしまったが、本人もおばちゃんって言ってるから、おばちゃんでいいかと思う。


「しかし、なんでまたここを選んだのよ!大変よ!!」

「え、やっぱキツイんですか…?」

「キツイも何も、ここはジャングルよ!ガハハハ」


やっぱり笑い方はガハハハだった。

ジャングルに迷い込んだみたいだが、このおばちゃんといればなんとかなりそうだ。


「まずはここが食堂ね〜!結構広いでしょ?車椅子が多いからこんな広いのよ。」

「えっ…」

私は呆然とした。


「うぎゃぁあ。んまぁああ。ふんにゃぁああ。ぎゃあああ!!!」


悲鳴と言えようか。怒号と言えようか。
ポツリと車椅子に座った30人ほどの入居者さんが喚いている。

「あ、あの…皆さんは、何か怒っているんですか…?」

今でも鮮明に覚えている。
それくらい、何かを伝えようと日本語にならない日本語が一斉に発せられていた。
私が知っている「おばあちゃん、おじいちゃん」ではない。

ここでやっと、これから起きうるであろう全てのことを察した。

ジャングルじゃない。戦場だ。



「ごめんね、ちょっとビックリするよね。初めはね。慣れるから。IKKO君も今日のお昼から "食介" してもらうからね〜!」


"食介" とは、「食事介護」のことで、認知症の方の中には手や口、足が自由に使えない方がいて、その方の食事をサポートするということである。

さらりと爽やかに表現したが、実態は食べやすく粉々に潰したご飯をスプーンですくい上げ、「嫌だ嫌だ」と騒ぐ入居者の口に無理矢理ご飯を流し込む作業である。


*介護・医療関係者の読者の方で気分を悪くされた方はごめんなさい。全く無知なボランティアのリアルな感覚を着色せず書いております。


「俺も食介するんだ… 後3時間後に…」


「ちょっと、食堂の中入って見てく?」

「はい。」

嫌だとは言えない。
少々奇妙な匂いがする食堂の中をおばちゃんと徘徊した。


「はい、口開けて〜。はい、いいよ。もう一回口開けて〜。」

「うぎゃああん。ぎゃゃあん。」

「後もう少しだよ。全部食べるんだよこれ。」

「んまぁ。んん。ぎゃあん。」


頑なに口を開けようとせず、涙を流しながら 「もう食べたくない!」と主張する方もいた。



"こんなの絶対出来ない…。一歩間違えれば、虐待だぞこれ…"

もちろん口には出せない。
脳裏に "虐待" の文字が浮かんでは消し、浮かんでは消した。

「あれ?あの方は?」

食堂の奥にポツリと1人、おばあちゃんが座っていた。
背筋をピンと伸ばし、自分の手でスプーンを握りゆっくりと着実にご飯を口に運んでいる。
1人だけ、時間がゆったりと流れている。

「ああ、あの方も入居者なんだけど100歳なのよ!元気よねぇ。」

「え、100歳? 100歳ってことは大正生まれ?」

「ガハハハ。そうよね。そうなるわね!」

なんとも、100歳を迎えた方に出会ったことはあるものの、とにかく所作がこれほどまでに美しい方は初めてだ。

「約80歳離れているのか…」

時を超えた夢のコラボレーションである。


しかし、車椅子に囲まれた中での100歳おばあちゃん…完璧に浮いている。

さらに驚いたことには、食介していたスタッフさん皆に愛されていて、手が空いたと思えば寄って話しかけていた。


" めっちゃ人気じゃん。"

名前は知らなかったが、世代を超えて愛されているという理由で勝手に 「吉永小百合」 とあだ名をつけた。

我ながら、中々良いあだ名が出来たと思った。


「IKKO君を紹介してみよっか。」

おばちゃんは、私を引き連れて "吉永小百合" のもとへ向かった。

「今日からお手伝いきてくれたIKKO君ね。宜しくお願いしますって。」


吉永小百合 改め、小百合さんがこちらを向いた。

「あら。大きいのねぇ。」

IKKOは巨人である。

「ありがたいねぇ。あぁ、ありがたい。ありがたい。」

小百合さんは合掌した手をスリスリし始めた。


まるで、その姿は神社で拝んでいる参拝者である。

" 俺、神になってる?"

ちょうど、朝日が私の背中から差し込んでいたからだろうか。
小百合さんからは、影で顔が見えない巨人が目の前に現れた様子に映る。

「ガハハハ。拝んでる。拝んでる。」

"嗚呼。俺、神になったんだ。"

人生で一度、あるかないかの神の時間である。

"神って、こんな気分なんだ。気分良いもんだな。"


どんな神でもここでは忙しい。

「そしたら、ベッドシーツ洗うからついてきて!」

神をぞんざいに扱うおばちゃんは、そそくさと神を洗濯機エリアに連れ出した。




"なんなんだろうか。小百合さん"

IKKOは、その不思議な存在が印象に残っていた。





第3話へ続く
























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