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映画レビュー『水曜日が消えた』(2020)月曜~日曜、どれも本当の自分

説明でなく、映像で伝える力

朝、寝床で目覚めると、
ベッド脇のサイドテーブルには、
ゴミと吸い殻が山盛りの灰皿、

その横には、ちょこんと
小さな包みにくるまれたお菓子が、

「ごめん。あとはよろしく」
と書かれた付箋メモと
一緒に置いてあります。

男は、まだベッドの中ですが、
隣に誰かが寝ていることに
気がつきました。

まったく知らない女性です。

慌てて、男は彼女を
家から追い出しました。

ぶつくさ言いながら男は、
部屋を片付けはじめます。

部屋のいたるところに、
付箋メモが貼られ、

それぞれに筆跡の異なる文字で、
注意書きのようなものが
書かれていました。

さらに男は、新しいメモを書き、
付箋を貼りつけます。

「月曜日へ
 知らない女性を
 部屋に連れ込まないで
 火曜日」

やがて、男によって
乱雑だった部屋は、
みちがえるように
キレイになっていきました。

部屋の中には、
7セットの衣類やタオル、
歯ブラシやコップが
整然と並びます。

ハンガーにかかった
衣類の趣向は棚ごとに異なり、
タオル、歯ブラシ、コップも
全部、色違いでした。

これは本作の冒頭の描写です。

察しのいい方は
この描写だけでも、
本作の主人公がどんな境遇なのか、
知ることができたのではないでしょうか。

本作のすごいところは、
ナレーションや
テロップを入れることなく、

映像とセリフのみによって、
この特異な設定を
一瞬にして観客に伝えるところです。

なんせ、私も本作の設定を
よく知らずに観はじめのたのですが、
この10分にも満たない映像だけで、
主人公の設定を掴むことができました。

生涯ではじめての水曜日

本作の主人公である
青年(中村智也)は、
子どもの頃から、

自分の中に7つの異なる人格を
持っていました。

この設定だけでは、
ありきたりの
フィクションかもしれません。

本作のおもしろいところは、
その7つの異なる人格が、
それぞれに違う曜日を生きている
ということです。

つまり、7つの人格が、
曜日替わりで意識を
持っているんですよね。

月~日曜日までの自分がいて、
それぞれ別人格のため、
性格や趣味が異なります。

本作の主人公は、
火曜日の人格ですが、
夜になって寝ると、次に起きた時には、
来週の火曜日を迎えているわけです。

記憶を共有するために、
彼らは日記やメモを活用します。

ところが、日記はそれほど
詳細に書かれているわけでもなく、
日常生活で起こったすべてのことを
書くことはできないので、

記憶を共有することだけでも、
それほど簡単なことではありません。

街中で知らない人に
親しげに声をかけられても、
曜日が違えば、別人なので、
戸惑いながら相手を
探るしかないのです。

タイトルが示すように、
本作では「水曜日」の自分が
消えてしまいます。

すると、火曜日の自分が、
水曜日も過ごすことが
できるようになるのです。

これは火曜日の自分にとって、
非常に新鮮な出来事でした。

1週間が1日だけでなく、
2日もあるんです。

火曜日は休館日のため、
これまで一度も
訪れることができなかった
図書館に行くこともできます。

本当は、毎日、新しい自分

ここまでの設定の話だけでも、
本作の魅力は充分に
伝わったかもしれません。

とにかく本作は設定が
魅力的なんです。

誰もが経験している
日常を背景にしつつも、
こういう特異な設定を持つ物語は

「自分がこうだったらどうするか」

と、想像を巡らせるのもまた一興です。

私たちは生まれたその日から、
1日は24時間、
1週間は7日間、
1年は365日
という囲いの中で生きています。

しかし、そんなことは
誰が決めたのでしょうか。

きっと、過去の偉い人たちが
決めたんですよね。

しかし、劇中で生まれてはじめての
水曜日の朝を噛みしめる
主人公の姿を観ていると、

自分たちはなんて、
狭い囲いの中で生きているのだろう
と思ってしまいました。

たしかに、誰しも、
社会生活を送るうえでは、
日付と時間があり、

カレンダーと時計に
縛られることからは
逃れられません。

でも、昨日の自分と
今日の自分は、
本当に同じ自分でしょうか。

そんな風に考えてみると、
本作の奥深さが感じられます。

本作はフィクションですが、
ある意味では真実を
捉えていると思えるのです。

たまには、昨日の自分を
他人のようにいたわったり、
明日の自分を楽にするために、
頑張ったり、

そういった精神が、
生活を豊かにする一面が
あるように思います。

最後に質問です。

もしも、あなたが
本作の主人公と同じように、

一つの曜日しか
生きられないとしたら、
どの曜日がいいですか。


【作品情報】
2020年公開
監督・脚本:吉野耕平
出演:中村智也
   石橋奈津美
   中島歩
配給:日活
上映時間:104分

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