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書籍レビュー『ECMの真実』稲岡邦彌(2001)アーティストとレーベルの意向がバッチリハマる時



日本唯一の
ECM 解説本かもしれない

このところ音楽レビューの
洋楽紹介では ECM の音源を
連続して取り上げています。

ECM レコード
'69年にドイツで設立された
ジャズのレーベル。
クラシックや現代音楽の作品も
リリースされている。

最近、静かな音楽に
惹かれるんですよね。

昔は賑やかな音楽が
好きだったので、
ECM はまったく聴いたことが
ありませんでした。

今の自分の感性に
ものすごくフィットする音楽
という感じがするんです。

若い頃に聴いても、
この魅力は
わからなかったかもしれません。

そんなわけで ECM に興味を持ち、
もっと知りたいと思ったのですが、
意外にも ECM に関する文献
というのは、少ないんですよね。

普通、長年にわたって続いている
メジャーなレーベルであれば、
雑誌で特集されたりというのが
あってしかるべきなんですが、

意外とそういうものが
少ない印象です。

そんな中で日本で唯一、
ECM について専門的に
書かれた本がこれでした。

'09年に増補版も
発行されたようですが、
私が読んだのは’01年に発行された
旧版の方です。

もちろん、絶版で、
入手困難につき中古本を
オンラインで購入しました。

私はあまりオンラインで本を
購入することはないんですが、
そこまでして、知りたかったのが、
ECM レコードのことだったのです。

こだわりが強いプロデューサー、
マンフレート・アイヒャー

著者は元・ケンウッドの
CD 部門にいた方で、
トリオレーベルをけん引した
音楽プロデューサーです。

このトリオレーベルが
まだ日本でそれほど知名度のなかった
ECM と独占契約をし、

日本盤としても ECM の作品が
リリースされるようになりました。

どこかのレビューを読むと、
「また聞きの話が多い」
というような批判も見かけましたが、

独占契約を結んでいたとはいえ、
直接的なつながりというのは、
それほどなかったのではないでしょうか。

一度だけ著者が、
ドイツにあるオフィスを訪れた時の
話も書かれていますが、

そのオフィスの静かさと、
そこで聴く音響システムの
素晴らしさについての記述が
逆に際立っていました。

ECM を語るうえで、外せないのは、
なんと言っても、創業者であり、
プロデューサーの
マンフレート・アイヒャーの存在です。

彼のこだわりこそが
ECM 作品のクオリティーに
繋がっており、

彼のエピソードの数々は、
「なるほど!」と唸ってしまうほど、
説得力のあるものばかりでした。

それだけに、マンフレートと
揉めて離れていったアーティストも
かなり多く、

その辺の内部事情についても、
かなり詳しく書かれているのが
印象的でした。

アーティストとレーベルの
意向がバッチリハマる時

時にはもめたアーティストの音源を
すべて廃盤にしてしまうほど、
こだわりが強すぎる
マンフレートですが、

逆に相性のいいアーティストとの
コンビネーションは、
他のレーベルでは考えられないほど、
密なものです。

例えば、ECM を
代表するアーティストに
キース・ジャレットがいます。

キースは'70年代に、
マイルスのバンドで活動していた頃に、

マンフレートが目をつけて、
熱烈なラブコールを
手紙にしたためたそうです。

当時のマイルスのバンドでは、
エレクトリック化が進み、
キースもエレクトリックピアノを
演奏していました。

(最初は嫌々ながら)

そんな時にマンフレートは、
彼がピアノでソロ演奏をしたら、
という打診をしているのですから、

先見の明があるというより、
他にないでしょう。

キースはかなり繊細な人のようで、
ツアー中はマンフレートも同行し、
滞在先なども彼の神経が休まるように、
ケアを怠らなかったそうです。

私自身はまだキースの
ソロピアノ作品はそれほど
聴けていないのですが、

そういう見えない部分への
細やかな気遣いがあったからこそ、
キースの数々のライブ音源が
名盤になったのは間違いないでしょう。

(アーティストが集中できるように
 環境を整えることに腐心した)

そういうエピソードを知ればこそ、
逆にマンフレートがスタジオで
激昂したというエピソードに

「なんで!?」という戸惑いを
感じざるを得ませんが、

そこはやはり相性なのでしょう。

アーティストそれぞれに、
「自分がやりたい音楽」
「自分の得意な音楽」
というのがあると思うんですが、

それがレーベルと
バッチリハマる場合もあれば、
ハマらない場合もあるんですね。

だからこそ、ECM のケースに限らず、
他の音楽ジャンルでも、

あっちのレーベルでは
パッとしなかったのに、

こっちのレーベルでは
大成功を収めた、
なんていうこともるんですよね。

本書の構成としては、
マンフレートと ECM の歩みを
まとめたもの、

さらに関係者のコメントも
巻末にまとめられており、

一つの視点によらない
複数の観点から見た
ECM というレーベルの性質が
わかる内容になっています。

キース・ジャレット以外の
アーティストのエピソードも
興味深いものが多かったです。


【書籍情報】
発行年:2001年
著者:稲岡邦彌
出版社:河出書房新社

【著者について】
1943年、兵庫県生まれ。
音楽プロデューサー。

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