子育てが孤育てになってないか?雑な親の関わりから考える
孫が生まれて37日目。
今日もひなちゃんを連れてお買い物へ出かけました。
途中でギャン泣きになり、急遽ドラッグストアの駐車場でミルクを飲ませていたとき、ジジの車の近くへ別の車がやってきました。
運転手はお母さんのようで、助手席に幼稚園か保育園の女の子を乗せていました。
チャイルドシートもジュニアシートも取り付けてなく、さらに女の子はシートベルトもせずに助手席で自由に動ける状態。
駐車場へ停まると、女の子は自分でドアを開けて店内へ向かうお母さんのほうへついて行きましたし、買い物を終えて車へ戻って来たときには、自分で助手席のドアを開けて乗り込んでいました。
一連の光景を見ていたジジとババの会話。
ジジ「雑な子育てだよなあ・・・。子どもがドアを開けるときとか親が横へ行って見てやらないと危ないで。」
ババ「これを子どもの自立だとか、躾だとかって思われると困るわ~。」
子どもが自分のことを自分でできるようになるのは大切なことですが、それは、親が子どもに手をかけないという意味じゃあないですよね。
幼い子どもには、危険から身を守るために目を行き届かせてやる責任が親にはありますから。
子どもを放任したり、無視したりすることは、絶対に自立へはつながりません。
子どもの気持ちへ共感し、甘えさせることをしない限り、子どもの心は育ちませんし、本当の自立とはならないんです。
そんなことを以下のブログへも書いているので、ご覧ください。
さてジジの車内では、ひなちゃんへミルクを飲ませてゲップが出るまで待ち、チャイルドシートへ乗せて、再出発しました。
時間はかかるし手間もかかるけれど、そうするしかないし、それが乳幼児の時期にするべきことだと思いますが、親一人では大変なんですよね。
ひなちゃんは幸いなことに、ジジババ、さらにオジちゃんまで関わってくれます。
学校から帰ってきたオジちゃんの足の上で寝んねが大好き。
オジちゃんもすっかり慣れてきて、ミルクも飲ませてゲップまで出させてくれます。助かりますねー。
我が家みたいにいろんな人が関われる家庭ばかりじゃないですから、子育てが『孤育て』にならないために、いろんなサポート体制がもっともっと充実していけばいいなあと、改めて感じたのでした。
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